源さんに分けてもらったお弁当を急いでかっ込み、手早く片付けを済ませて集合場所として指定されていたグラウンドまで源さんと一緒に向かう。


 どうやらもう殆ほとんどの人が集まっていたみたいで、僕たちがグラウンドに着くと熊野さんが声を張り上げた。


「全員集まったみたいですね。それじゃあ体力試験を始める前に準備運動をしておきましょう。これはダンジョンに入る時もそうですが、いきなり激しい運動をすると血圧が一気に上昇して筋肉や腱などに傷害が起こりやすくなり心臓にも負担がかかってしまいます。なので、入念に準備運動をする事で体に対してこれから動くぞ、と合図することが重要になります」


 熊野さんの指示に従って百人を超える受験者がグラウンドに散らばって準備運動を開始する。


 小中高と学校で習うようなものから聞いたこともないような専門的なものまで一通り終わるとようやく本番。


「えー、今回の体力試験は全国の学校で行われている体力テストとやることは変わりありません。握力、上体起こし、長座体前屈、反復横跳び、立ち幅跳び、五十メートル走、持久走の七項目で評価いたします。まずは握力から始めます」


 そこから体力試験が始まった。握力は用意されていた十個の握力計を回して計測。測る時は絶対に傍に計測員の人がついていたのでズルはできない仕組みだ。


 次に上体起こし、長座体前屈、反復横跳び、五十メートル走、持久走と続いた。


 僕は全体的に良い記録を残せたと思う。


「源さんはどうでした?」


 横で神妙な面持ちを浮かべている源さんに声をかける。見ていた感じ悪いところはなかったように感じたけど……なんだか落ち込んでいるみたい。


「いや、前四つは良かったんだが、五十メートル走と持久走がな……」


 どうやら鍛え上げられた筋肉が十全に活かせる握力、上体起こし、反復横跳び、そして意外と体が柔らかかったらしく長座体前屈も好成績を残したのだが、体が重すぎて五十メートル走と持久走はあまりタイムが伸びなかったらしい。


「だ、大丈夫ですよ。その二つ以外はよかったんですから」


 などなど、僕がネガティブになった源さんを励ましていると熊野さんがマイクを持って壇上にあがった。


「皆さま、お疲れ様です。試験の方はどうだったでしょう。普段運動などされない方はさぞかし疲れたことかと思います。しかし、時間も差し迫っておりますので休んではいられません。これよりここから最寄りのダンジョンへと向かいます。バスでの移動となるので、速やかに正門まで集合して下さい」


 さっきよりも早口の若干焦りの含まれた言葉に受験者たちは慌てて荷物を整え始める。


 僕も大したものは持ってきていないが、サッサと荷物を整えて源さんと一緒に正門へと足を運ぶ。


 僕たちは比較的早めに出た方だったが、一番乗りと言うわけではなかったらしくもう既に何人かが到着していた。皆座って本を読んだり音楽を聴いたり、深呼吸をしたりなど思い思いに過ごしているようなので僕は少しばかり源さんと会話をすることに。


「そういえば、源さんはなんで探索者になりたいんですか?」


 話の切り出しとしての軽い質問。この人がどうして探索者なんてものになりたいのかが気になった。その理由はなんなのか。僕とどんな違いがあるのか……それを知りたいがための問いかけだったのだが……


「俺の妹がな……あの大震災の時に大怪我を負っちまってよ。遷延性意識障害――要するに植物状態ってやつになって、今もまだ病院で寝たきりなんだ。自分で動くことも、物を食うことも、声を出すことも出来ない。医者が言うには治る可能性もほとんどないらしい。……でもダンジョンから出るポーションってのを使えば治るかもしれないって話だ。俺はなんとしてでもそれを見つけてあいつを治してやりたいんだ」


 思っていたより百倍重い話だった。僕は勝手に力試しとかそういう感じかと思っていたけど、でも――


「すごいですね」


「は? 俺みたいな、妹がピンチの時に何もしてやれなかったクソ兄貴が……すごいか?」


 源さんはまた自分を卑下する。今日からの短い付き合いだが、この人のことは少しずつわかってきた。見た目と似合わず結構ネガティブなことをよく言うんだ。


 謙虚、といえば聞こえはいいけど、この人の場合は違う。本当は優しい人なのに周りに怖がられるあまりになんでも自分が悪いと思ってしまうようになってしまったんだろう。


「僕なんて自分のことしか考えていません。源さんみたいに誰かの為に探索者になりたいなんて思って今回ここに来たわけじゃありません。なので……やっぱり源さんはすごい人です。尊敬します」


 だから僕は、僕くらいはこの人を認めてあげよう。この人の味方になってあげよう。


「僕が源さんより先にポーションを見つけたら最優先で渡しに行きますよ!」


 急に変なテンションになったからか、僕たちの間に沈黙が流れる。


「……お前は、今日会ったばっかの俺になんでそんなに良くしてくれるんだ?」


 心底不思議そうな顔。困惑の混じった声。内面を理解してきたからか、もうその怖ヅラにビビることもなくなってきた。ニコリと、できうる限り明るい笑みを浮かべて僕は思ったことをそのまま伝える。


「貴方と友達になりたいから、ですかね」


「は?」


 再度、沈黙が流れる。源さんは何を言っているんだとばかりに呆然してしまっている。


「貴方みたいな凄くて、尊敬できる良い人と友達になりたいんですよ。……っていうかこっちに来てから僕、友達が出来なくって困ってるんです。だから貴方と友達になりたいって思ったんです」


「……ブフッ。んだよ、それ。俺はもうダチだと思ってたんだけど、そう思ってたのは俺だけだったみたいだなぁ」


 呆けた顔から一転。今日一番の笑顔が浮かぶ。


「ええっ! い、いやそういうわけじゃなくて」


「冗談だよ。でも、友達になりたいんならせめてその敬語はやめろ。ダチってのは対等なもんだろ?」


 手を差し伸べる源さん……いいや、源。たしかに友達になろうというなら対等に話すのが普通か。


「わかった。それじゃあ、今から僕たちは友達だ!」


 差し伸べられた手を強く握り、僕たちは友達の契りを交わした。

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