ダンジョン法

「皆さんも知っての通り、今から四ヶ月前に大地震と共に現れたあの塔がダンジョンと呼ばれる物であるわけですが、先日制定されたダンジョンに関する法律についてはご存知でしょうか」


 いかにも軍人といった風貌の熊野さんが壇上に立って黒板に向かう。

 カッカッカとチョークが黒板を叩く音が静まった講堂によく響く。


「ダンジョンに関する法律、ダンジョン法」


 黒板には熊野さんが言ったように大きくダンジョン法と書かれ、さらにその下にズラッと内容が箇条書きで書き連ねられている。


「まず第一として、ダンジョンを探索できるのは探索者として国によって認められ、ダンジョン探索許可証を所持している者だけである。また、探索者となった者は武具の携帯が許され、それ以外にもスキルや魔道具に関する優遇が認められています」


「へぇ、スキルとか魔道具ってどんなのがあるんすかぁ?」


 ここで質問が飛ぶ。

 さっきの大学生グループのうちの一人。髪は金髪で雰囲気はチャラ男って感じ。


「うん、良い質問です。うちの部隊では【火魔術】やら【怪力】なんてスキルを習得した人がいますね。魔道具では転移石や護符なんてものが有名ですよ」


 チャラ男らしい軽い言葉遣いだが、熊野さんは気にした様子もなく人当たりのいい笑みを浮かべて返答。それに気をよくしたのかチャラ男は矢継ぎ早にさらに質問を重ねる。


「熊野っちはなんかスキルとか持ってんの?」


 ついには申し訳程度にはあった敬語が完全になくなってタメ語に。しかし、こんな無礼にも熊野さんは動じない。心の広い人だ。


「私も一応スキルは持っていますが、大したものではありませんよ。さて、少し脱線してしまいましたが話を戻しましょう。ダンジョンには他にも魔物という凶暴な生き物が生息しています。その魔物は完全に息の根を止めると黒い靄になって消えてしまいます。しかし、その靄の消えた後には魔石と呼ばれる次世代を担うエネルギー源、そして魔物の体の一部が残されます。それを持ち帰って貰えれば、国が高額で買い取ってくれます。勿論、売らずに自分で使うのもアリですが、現段階での魔石の利用価値はエネルギー源以外では見つかっていないため、売ってしまうのが無難な選択でしょうね」


 ツラツラと資料に目を向けることなく言い切る。内容を全部覚えているのだろうか。だとしたら相当すごい。恐らく身体的にも優れているのに加えて性格面、頭脳面どれを取っても一級品だ。若干戦闘狂気味の師範が見たら喜びそうだな。なんて考えていると話は次へと移っていた。


「先程、探索者として認められた場合武具の携帯が許可されると話しましたが、それを法律に違反する形で用いた場合重い処罰が下されます。また、スキルに関しても同様に悪事への使用は決して許されないことであると認識して下さい」


 それ以外にも――と話は続いたが、この後の話は大して重要ではなく半分くらいが眠りについてしまっていた。かくいう僕も眠気を抑えるのに必死であまり内容は覚えられていない。


「午後からは体力テストがありますので、一時間のお昼休憩の後はグラウンドに集合して下さい」


 熊野さんは講義が終わると資料をまとめて颯爽と去っていった。


 にしても、お昼か。


「なんも持ってきてないんだよなぁ」


 試験に丸一日かかるのだから昼飯が必要だと普通なら気付くものなのだろうけど、僕はそんなの全く気付きはしなかった。どうしようかと途方にくれていると、背後から声がかけられた。どこかで聴いたような野太い重低音の声だ。


 振り向くとそこには厳つい顔をしたゴリゴリのマッチョ男が。


「何やってんだ、アンタ」


 周りの人たちが講堂を去っていく中で一人動く気配のない僕を心配してくれたみたい。やっぱり思った通り見た目とは違って優しい人だ。


「えっと……お昼ご飯を持ってくるの忘れちゃって……」


 優しい人だと分かってもやはり怖いものは怖いもので失礼ながらまた少しビビってしまった。


「食堂に行ったらどうだ?」


「い、いえ……今日は食堂が開いてないみたいで……」


 少しキョドッてしまったが、それを指摘するでもなく男は思案げな表情を浮かべた。


「……そんなら、俺の弁当分けてやるよ」


 男は手に持っていた風呂敷を指差した。それは申し訳ないと辞退しようとしたのだが、あれよあれよという間に強引に話は進められ、いつのまにか僕達は外にあるベンチで弁当を広げていた。


「おにぎりしかないけど……なんか食えない物とかあったか?」


「あ、いやそういうのは無いですけど……本当にいいんですか?」


 男はキョトンとした顔で首をひねる。


「困ってる奴がいたら助けるのは普通じゃ無いのか?」


 まるで当たり前のことのように言い放った彼に僕は心打たれた。人間として尊敬できる、すごい人だと、本当にそう思った。ただ、顔のせいで毎回怖がられているのだとすると相当可哀想な人だとも思ってしまった。


「ええと、ありがとうございます……」


「ん……ああ、そういやまだ自己紹介してなかったな。俺の名前は藤堂 源之助とうどう げんのすけ。二十三歳、土木関係の仕事をしていた。呼び方は……まあ、源とでも呼んでくれ」


 僕が言い淀んだのを察してか自己紹介を始めてくれた源さん。また名前も厳ついなと思っていると年齢で驚いた。


「ええっ!? 二十代だったんですか!?」


 失礼な話、三十は超えているものだと勘違いしていた。あの鍛えられた体に恐ろしいまでの形相はとても二十代前半とは思えない。


「って……すみません。大袈裟に驚いちゃって」


「いや、いいさ。いつものことだからな」


 朗らか、とはとても言えないが幾分か柔らかくなった表情で源さんはそう言うがそれでは僕の気がすまない。


「何か僕にできることがあったら言ってください! できる限りお手伝いしますから!」


「ん、おう。あんがとさん」


 若干困ったように笑いながら「そういや、アンタの名前は」と聞かれてようやく自分の自己紹介をしていないのに気がついた。


「僕の名前は柊木 奏。歳は十八、大学生です」


「そうか、じゃあ奏。さっさと飯食っちまおう。時間ももうあんまり残ってないみたいだしな」


 腕時計をちらりと見ると集合時間の十分前を切っているところだった。

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