5 大阪市内、モーニング・カーチェイス

 天王寺公園を横目に、近鉄百貨店本店を右へ。

 飛田とびたをかすめて、ハンドルを左へ。


 白のセルシオが傍の料金所を強引に突破し、逮捕劇の舞台はハイウェイへと移った。

 高速14号松原線を、大阪市街へと走り抜ける。

 左手に通天閣を流しながら、車はランプを難波方面へ。

 ここから先は北へと向かう一通だ。

 その後ろ、一般車を追い抜きながら、黒の32型GT-Rが迫る。

 

 「チッ!」


 ジローは、それをサイドミラーで確認すると、並走するタクシーに体当たり。

 側壁に激突、こすりながら横転する車体。

 それを華麗にGT-Rが避け、直後にセダンが一台、タクシーに衝突。

 更にトラックが激突、大爆発を起こすのだった。


 「警部、これは早く止めないと危ないですよ」


 ルームミラー越しに、朝焼けに上がる黒煙を見ながら、国木田は叫んだ。


 「分かってる。飛ばせ! 国木田!」

 「了解です。

  舘ひろしのように、クールとはいきませんが…捕まっててくださいよ!」


 ギアチェンジ。

 アクセル全開。

 GT-Rのスピードが更に上がる。

 

 ラッシュアワーを目前に控えたハイウェイ。

 ハンドルを切るたびに、クッ、と座席に押し付けられる感覚が、守屋警部に掛かる。

 多くなりつつある交通量の中、丸いテールライトが、一触即発のデットヒートを繰り広げる!


 「いい車だ…RSと挙動が全く違う」

 「おいおい。府警から借りてるモンを、試乗車代わりにするなって」

 

 ようやく、相手の背後についた! 

 途端に、セルシオが車体を揺さぶり、前に出さんと抵抗を始める。

 GT-Rも隙を見せれば、と、揺さぶりをかける。

 

 2台は湊町ジャンクションを通過。

 そのまま北へと走る抜ける。


 「各移動に通達。対象は湊町みなとまちランプを、阿波座あわざ方向へ。

  尚も、ハイウェイを北上中!」

 「名神に逃げる気なのか?」

 

 湊町を超えると、車線は一気に4本に増える。

 それは車同士の間隔が広くなるのと同時に、相手も逃げやすくなることを示していた。


 2台は、動くポールと化した一般車両を交わしながら、走り続ける。

 タイヤを鳴らしながら、大型トラックやタクシーの、僅かな隙間を縫う。

 両者のテールライトが、前へ前へと消えていく。


 セルシオが、強引に左車線へ。

 突然の割り込みで、4WDがブレーキ。

 詰めすぎた車間距離。

 中型の過積載トラックが、ハンドルを切りながら横転!


 「!!」


 後ろから走ってきたGT-R。

 スピードを上げて、トラックが倒れる前に車線を通過した――が!


 積んでいた廃品の家電が、次々と高速道路に散らばる。

 後続の車が白煙を巻きながらブレーキをかけるも、止まれずに突入し、大破。

 更に車間を詰めに詰めて、走る車が事故車に突っ込み、玉突き。

 巻き込まれたドライバーに、逃げる隙も与えない。


 「大阪の交通マナーは、破滅的に悪いって聞いてたが…まさかここまでとはな」


 守屋警部が唖然とする中。


 「ん?」

 

 唐突にサイレンが、横をかすめて置いてけぼりを食らった。


 国木田がサイドミラーを見ると、府警のパトカーが5台。四ツ橋入り口からサイレンを上げて合流してきた。

 フェンダーミラーに朝日を反射させて。


 「ようやく、応援が来たか!」

  

 しかし、セルシオは止まる気配すらない。

 ちょこまかと、一般車の間をすり抜けていく。


 その時、守屋警部は頭上を流れた標識を見逃さなかった。

 

 「国木田。この先に分岐がある。どっちに行くかで、様子は変わってくるぞ」

 「ですね…」


 国木田の言葉に反応したかも不透明なまま、守屋警部は無線を引っ張った。


 「後ろを走ってるパトカー! 速度を落として、後続車を止めろ!」


 今度は素直に従った。

 すぐさまパトカーが車線一杯に並走し、ハザードを焚きながら減速。

 後ろの車列が、みるみると小さくなっていく。

 

 これで、一般車は巻き込まれずに済みそうだ。

 ―― 後続車だけは。


 「止まる気配がない…っ!」


 国木田も、追跡への精神的な負荷が強くなってきた。

 なんせ、周りの車の車間距離の短さ、ウィンカーを出さない車線変更と、交通規則の悪いパイロンを避けながらの追跡だ。

 何が起こるかが、余計に分からない。


 刹那!


 「あぶないっ!」


 ギャギャ、とタイヤが悲鳴を上げたセルシオ。

 並走するトラックの前を、ワゴン車が大胆にも三車線跨ぎ。

 トラックもクラクションを鳴らして、ブレーキをかけるが、こちらは間に合わない。

 

 大型車の陰から現れたセダンは、ワゴン車の側面に突っ込み、Tボーンクラッシュ!


 転がるワゴン車をジャンプ台に、セルシオが宙を飛んだ!

 アスファルトに着地。

 叩きつけられた車軸が折れ、前輪が泣き別れた車体が火花を散らしながら滑走し、エンジンが炎に包まれていく。

 

 そして後方では、鉄くずと化したワゴン車に、並走していたトラックの一台が乗り上げて横転。

 側壁に近い、もう一台も、そちらに運転台をこすりながら沈黙。


 おそらくワゴン車のドライバーは即死だろう。  

 後続車を止めていたことが、せめてもの幸運だろうか。


 事故現場を超えて、炎上するセルシオの前にGT-Rは停車し、中から守屋警部と国木田が出てきた。

 炎は間もなく、運転席を包もうとしている。

 だが、あまりの熱さと勢いに、2人は近づくことができない。


 「くそっ…手遅れか!」


 守屋警部が舌打ちし、恨めしそうに燃え盛る車を見ていた。


 すると、停止した一般車の間を縫って、一台のパトカーがやってきた。

 白黒に塗装され、シングルランプを頭にのっけたスポーツクーペのドアには、大阪府警のゴシック体。

 ポルシェ928 S4ベースのパトカーは、府警に一台しか存在しない、都市伝説級の車両である。


 「ポルシェのパトカーって、本当にあったのか」


 国木田が感嘆の声を上げる手前。

 降りてきたのは、守屋警部と同い年くらいの、白髪交じりの男性。


 「久しぶりやな。守屋」

 「青柳! お前、検非違使庁から異動になったなんて、聞いてないぞ?」

 

 彼は青柳あおやぎ警部。

 特殊犯罪対策係京都府警別室。通称、検非違使庁けびいしちょうのリーダー。

 要するに、守屋警部と同じ位置、同じ世界にいる警察官。


 因みに2人は同期である。

 

 「大阪府警にも、妖怪犯罪専門の部署を作る計画が上がってな。その指導役として、今月から入ってるっちゅーわけ。

  それより、犯人は?」

 「炎上している車の中に…あっ!」 


 守屋警部が声を上げたのも当然だ。

 手遅れと思われたジローが、ゆっくりとシャボン状のバリアに包まれながら、運転席から出てきたのだから。

 外観では、ススどころか、擦り傷の一つも見当たらない。


 それどころか、骨折や打ち身で痛がるそぶりも。


 「防御魔法か!」

 「確保っ!」

 

 ジローのバリアが、パチンと消えると、青柳警部は駆け付けた警察官に怒号をかけた!

 それを合図に、屈強な男たちが、ジローの中肉中背を黒い地面に押し倒す。

 最早、力の差は歴然だ。


 「くそっ! 放せや!」


 足をばたつかせ、なおも抵抗するジローに、守屋警部は言うのだった。


 「諦めろ。これ以上逃げても時間の無駄だ」

 「そいつはどうかな。残りのマンドレイクは、あの車の中や!

  それが、全部灰になったんやで!

  時間の無駄は、アンタの方ちゃうんか!」

 「御託は、後でみっちり聞いてやる」


 警官に抱えられ、立ち上がらされた彼は、どう見ても無傷。

 どうやら、衝突前に運転席に防御魔法を張ったようだ。

 妖怪や魔術師の作った麻薬を売りさばく死の商人。そんなことができても不思議じゃない。


 「時間や! 今の時間は!」

 青柳警部が叫ぶと、背後にいた警察官が、時計を見て叫んだ。


 「13分。7時13分です!」


 瞬間、彼の顔に笑みが浮かんだ。


 「!?」


 国木田と守屋警部は、それを見逃さなかった。

 逮捕されることへの余裕なのか。それとも――


 「まずは、道路交通法違反の現行犯で逮捕や!

  ジロー! アンタの余罪は、搾りかすも出ぇへんぐらい、みっちり吐かせたるさかい。

  覚悟せえや!」

 

 朝日を反射させ、彼の腕にはめられる無機質な手錠。

 消防車と救急車のサイレンが近づく中、ジローはパトカーの後部座席に乗せられて、現場を後にする。

 

 未だに浮かべる、不敵な笑み。

 その気味悪さを、脳内の歯がゆい部分に引っ掛けたまま、2人の視界からパトカーは、脱兎のごとく走り去るのだった。

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