第2話 俺が女の子!?

 お尻の周りを探ってみたが、股に挟まっているわけでもなく本当についてない。股間はつるつるとしていて、一筋の割れ目がチンチンの代わりにできている。中に窪みがある。生温かいしょんべんの液体の濡れた感触があるから間違いなくここから出ていた。やはり男性器から女性器になっている。男から女になっている。


 ……なんで? なんで!?


 「なんで」という言葉が頭の中に駆け巡り、どうすればいいか考えを巡らせた。これは夢か? しかし頬をつねれば痛く、その跡が虫歯のようにじんじんと痛みの余韻がある。シャツの中に手を入れて女の象徴である胸をつかむが、男と変わらないぺったんこさで、もう一つ腫れをつくっただけだった。よく見ると下したパンツは股部分の布面積が小さく、明らかに男物のパンツでない。


 自分の体の違和感だけでなく生活用具までもが異なっていることが分ると、体温が急に下がり、下着をトイレの中に置いたまま自分の部屋にへと駆けだした。

 廊下の構造も、部屋の位置も、家具の場所も俺の記憶の中の通り同じなのに、どうして俺が女になっているんだ!? 俺は男のはずだ。チンチンもちゃんと生えていた。パンツもあんなほっそりとしたものじゃなかった。すべてが同じである中、自分だけが異なる不可解さに理由が欲しかった。しかし走るといつも股の下にあった物の感触がないことが、今女であることを如実に物語っている。


 自分の部屋の中にあるタンスの引き出しを開けてみると、丸められている白のパンツが列をなして行儀よく鎮座している。その中のひとつを手に取って広げてみると、それものパンツだった。全てのパンツを手に取って広げてみるが、どれも同じパンツだ。


「全部女物のやつじゃん!」

「どうしたの秀美。帰って早々大声出して」


 俺の声を聞きつけて、手に洗濯物を抱えて女の人が入ってきた。その人が俺の母さんであることを見間違えることもなかった。母さんは下半身丸出し俺を口に手をあてて目を丸くした。自分の息子が女の子になっているのに戸惑っているのだろう。


「か、母さん。俺、チンチンない」

「何言ってるの、元からないでしょ。それに女の子がそんなはしたない恰好しちゃだめじゃない! ほら、お昼ご飯作っておくから、下のもの穿いて、パンツきちんと片付けてなさいよ」


 母さんは恰好を注意するだけで、洗濯物を器用に空中で折りたたみながら部屋から出ていった。予想していたのと違った反応が返ってきて、手にパンツを持ったまま俺は放心状態になった。


 元から? 俺は女の子だった? 





 トイレに置いてきた下着とズボンを穿きなおすと、ベッドに横になって自分の記憶を引き出そうとする。今より未来のことは思い出せないが、過去のことは容易に思い出すことはできた。幼稚園で遊んだ奴の顔も、家族で海に旅行に行ったことも。そして父さんが俺の頭を撫でて「俺の息子だ」というフレーズが出てきて、俺は男として生まれてきたことも憶えている。


 そうだ。俺は男として生まれてきた。けど、こっちでは女の子として生まれてきたということになっている。どうして男の時の前世の記憶が残っているかまではわからない。目線を上げて本棚を見ると、少年漫画や月間コミックにRPGゲームと男の子的な遊び道具が整然と並んでいる。下着は丸ごと変わっていたが、自分の趣味の部分は全く変わっていないことに改めてここは俺の部屋なんだと認識された。


 プルルルルと俺の勉強机の上で携帯電話が鳴る。画面に『大枝浬』とデジタル文字が浮かび、電話を取った。


『秀美、浬だけど。今家に帰ったんだが、やっぱり学校も俺の家も昔と同じだった』

「ああ、こっちもだ。ほぼ、同じだった。その……俺が女になった以外は」

『どういうこと!? 秀美が!? 女に!』


 ケータイのスピーカーが割れんばかりの驚愕した声が流れてきて、鼓膜が張った。突然襲った声に耳をケータイから遠ざけた。鼓膜がキーンとなるのが収まると、ケータイを耳に当てそして真剣な声で返した。


「……大枝。俺、やっぱり男だった?」

『当たり前じゃないか。だって秀美は、前世は間違いなく男だったはずだ』

「ちんちんついていたよな」

「あっ……あった!」


 一瞬言葉が詰まっていたが、大枝は俺のちんちんがあったことを恥ずかし気に放った。


 大枝の話によると、大枝も俺も同じタイミングで亡くなり目覚めたら同じあの始業式だったという。どうやら目覚めるタイミングは俺の方が一歩遅かったようだ。

 死んだと思ったら、過去に逆行していた。そんなどこかのSF小説やファンタジーが現実になって起こっている。ただなぜか俺が女の子になったことを除いて……


「つまり何か、俺と大枝も同時に死んだってことか?」

「ああ。けどそれがいつの時期で何が原因で死んだのか思い出せないんだ」


 やはり大枝のほうも同じだった。死因がいつ、どこで、どうして起こったのかかの未来が見いだせないのだ。


「でもなんで、俺が女の子になってんだよ。しかも見た目もそのまんま。やり直すなら男でもいいのに」

「わかんない。けど、俺たちはもしかしたらこっちでも前と同じことでもう一度死ぬかもしれないから、慎重にした行動したほうがいい」

「わかったよ俺も早死にとか勘弁だし。あとありがとうな。俺一人だと不安だったから事情を知っている友人がいてくれて気持ちが和らいだよ」


 お礼を述べると、大枝が電話越しに出もわかるほど照れくさい声が漏れた。


「そっ、そうか。こっちこそあんがと」

「なに言葉濁してんだよ。女子に話しているんじゃないんだから……あっ、俺今女子か。じゃあまた明日な」


 ケータイの通話が切れると、ふっと肩につるされていた重石が風船に変わったように飛んでいった感触を憶えた。もう一回ベッドに体を落とすとベッドのスプリングが体を包み込む感触が、目に入ってくる生成り色の壁紙の色彩が、前世の記憶というものから離れて、体に慣れていった。やはり俺の部屋のものだという安心感がそうさせてくれたのだろうか、どこかあった違和感が薄らいでいた。

 女子としての生活。どーなんだろう。全然想像できない。キャキャ恋バナして、おしゃれとかをすべきなのだろうか。


「秀美、ご飯できたわよ」


 母さんの声が部屋に運ばれてくると、ベッドから跳ね起きてリビングにへと足を進めた。

 鏡があった。ちょうど大人一人分の全身が写り、俺の姿が監視カメラで見た時よりも鮮明だった。しかし投影された鏡の向こうの俺は、男の子にしか見えなかった。試しに手を頬に当てたり、体をくねらせて女っぽくしてみた。似合わねえ。


「へへ、やっぱ似合わねえ。女のマネとか」


 鏡に映っているのは俺自身だ。女になったからってなんだ、うっかり死なないように気をつけて過ごせばいいだけだ。大して人生変わるわけでもないだろう。

 ふんと鼻息を鏡に吹きかけて、リビングに入っていく。リビングはソースと鰹節が香ばしく焼けた匂いが漂っていて、腹の中にいる虫が音のスイッチを押しそうなほどだ。手を合わせていただきますと同時に、じゅるると豪快に焼きうどんを豪快にすする。うん、美味い。慣れ親しんだ味だ。なんも変わってない。

 だが、俺が食べている途中で向かい側で同じものを食べていた母さんは、箸を止め、眉間にしわを寄せていた。


「秀美、お行儀が悪いわよ。それに椅子の上であぐらをかかない」

「うるさいなぁ。いいじゃんか食べ方ぐらいさ」

「ダメよ。男とか女とか関係なく綺麗に食べないと、下品な子に見られるわよ。特に女の子は周りからよく見られるのだから、秀美が今のまま大人になると彼氏とかできなくなるわよ」

「別につくんねぇよ」


 母さんの小言を右から左に聞き流しながら、茶碗に入ったご飯を流し込み食器とかをそのままにして置いたら追撃にと怒られた。

 はぁ~あ、こんなことまでもいちいち言われんのかよ。女の子って不便だな。

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