アエルちゃん出版社にお呼ばれしました。
褒めリストのみんな、どうもアエルちゃんです。
今アエルちゃんはなんと渋谷近郊に来ています。ここまで来るのにオシャレなお姉さんやお兄さんがたくさんいて驚きました。アエルちゃん思わず回れ右しそうでしたが、何とか小鹿のように足をぷるぷると震わせながら耐えました。でもそれには訳があります。
なんと、出版が決定! ……はしてないですが、出版社さんがアエルちゃんのお話を聞きたいと言ってくれたのです。これはまたとないチャンスです、もしかしたらこれが元でアエルちゃんの出版が決まるかもしれません。
「何をそんなに意気込んでいるんですか」
一緒に来ていた同じ会社のAさんが話しかけてきます。
「だって、もしかしたら出版して貰えるかもしれないじゃないですか!」
アエルちゃんの夢は知っているだろうになんでそんなことを、と思いました。
「今回は話を聞きたいだけ、らしいですが……でも、まあそうですね」
Aさんにやっとアエルちゃんの言ったことが伝わったみたいです。……なぜか優しい目で見られているのが気にかかりますが。
「あ、ここですね」
そんなこんなで数分後。アエルちゃんたちは出版社のオフィスにたどり着きました。
「ここが……」
思わずアエルちゃんはそこを見上げます。あ、アエルちゃん小さいから。とか思った人はあとで呼び出ししますね。
それはそれとして。出版社のオフィスですよ、オフィス。アエルちゃんの夢を叶えてくれるかもしれない場所。そう思ったら何の変哲もない扉も神々しく思えてきました。
「早く行きますよ」
思わず足を止めていると、いつの間にかオフィスの扉に手をかけていたAさんにそう言われました。
Aさんに続いて中に入ると今までどこか夢を見ていたような気がしていたことが、現実味を帯びてきます。アエルちゃんの心臓はバクバクです。
「ほら、そこのインターホンで受付をするんですよ」
「知ってます。……それでは、いざ」
何かおかしなことを口走ってる気もしますが、緊張しているアエルちゃんにそんなこと気にしている余裕はありません。
『はい、K社ですが』
つながりました。つながってしまいました。まあ、そのためのものですので当然のことです。
「あっあっ……15時から……」
緊張から声がでません。それでも相手は受付を長い間して経験を積んでいるプロです。そんなアエルちゃんの情けない声でもしっかりと伝わります。
『あ、アエルちゃんさんですね。少々お待ちください、迎えに行きます』
そう話が終わったあと一分とせずに可愛らしい編集者さんが現れます。そして軽く会釈をすると名刺を渡されました。
そこには【編集】と書かれていました。あの編集者さんです。アエルちゃんもこの業界で働いていて全く見知らない職種ではありませんが、実際に目にするとやはり違うものがあります。
「こちらでおかけになってお待ちください、今編集長を呼んできます」
アエルちゃんをオフィスの中へと招き入れた編集者さんはそう言って去っていきました。
編集長……その名の通り編集者さんの長です。一番偉い人です。この待つ時間の一秒一秒がとても長く感じられます。
「大丈夫ですかアエルちゃん」
緊張が表情にでていたらしくAさんに心配されます。この人は会社でもいつも優しいのです。
「ほら、頭についているプロペラのことを思い出してください。そのプロペラでその緊張を吹き飛ばすんです」
訂正します、優しいけれどデリカシーが無い人でした。
「お世話になっております。編集長です」
そうこうしていると、ついに先程の編集さんが編集長さんと共に戻ってきました。。
眼鏡をかけていて落ち着いた佇まいとても知的です。どれくらいかと言うとアエルちゃんの五億倍くらいです。アエルちゃんが賢くないという意味ではありません。
「アエルちゃんさんはVtuberを……やられてるそうですね?」
編集長さんはそう切り出しました。
とうとうきました。アエルちゃんの、Vtuberの話です。
「あっ、あっ……」
「今はVtuberとして活動しているけれど長年シナリオライターをやってきて、この度本を出したいと。なるほど」
「あっ、あ、あっ……あっ」
「そうなんですか、頑張ってきたんですね」
アエルちゃんの拙い話でも編集長さんはちゃんと理解下さり温かい言葉をかけてくれます。
長年アエルちゃんは創作ばっかりやってきました。その影響もあってコミュ症で喋りも拙いです。そのことは自覚もあります。それでも編集長さんはしっかりアエルちゃんの言葉に耳を傾けてくれました。
そんな編集長さんたちにアエルちゃんは話続けます。
「あっ……あっ」
溢れる創作の気持ちに編集長さんたちは熱心に聞いてくれます。そのうち熱が入りすぎて思わず涙が出てしまいそうです。
そんなアエルちゃんにAさんがフォローをいれてくれます。
「Vtuberは人気が出てきたとはいえまだまだ知名度の低い文化です。実物を使った説明をしたほうがいいですよね」
「そうですね」
「そこで、このタブレットで動画を実際に見てみようと思います」
え、アエルちゃんその話聞いてないんですけど。
どうにかしてアエルちゃんが止めようとしている間に、動画が再生され始めます。
『はいどーも、アエルちゃんです』
なにしてくれてるんですか。打ち合わせをしている部屋の中にアエルちゃんの声が響き渡ります。
「あ、それで私のお勧めがこれと……これですね」
そう言ってAさんが操作し、二つのシーンを表示させました。
『みみじゅきゅ』『光のじゃがり……』
やりやがりました、Aさんはアエルちゃんが一番気にしている場面をピンポイントで再生してきました。Aさん、帰るときタピオカ奢ってくださいね。それで許してあげます。
「可愛いですね」
編集さんが気を使ってかそう言ってくれます。誰かさんとは違ってとても優しい人です。
「Vtuberってどのあたりの年代の人に人気があるのでしょう?」
「あっ、あっ……」
「十代から二十代ぐらい……ふむふむ」
編集さんの質問にアエルちゃんは答えます。
「弊社も若い層へ向けて手を広げようと以前から色々と模索しています」
それまで静かに行方を見守っていた編集長さんがそう切り出します。
「弊社も様々な取り組み方を考えている最中でして、ご協力できることもあるかもしれません。確定ではありませんが、できれば一緒にそう言った取り組みを考えていきたいと思っています。どうか今後もよろしくお願いします」
その言葉にアエルちゃんは光をみました。
出版社さんも仕事でやっているのです。採算が取れないと思えば実際に行動に起こしてくれることは無いでしょう。つまり、これからの頑張りにアエルちゃん自身の未来がかかってくるということです。
「ありがとうございます」
それでも今は前向きにとらえてもらえたことがとてつもなく嬉しいのです。今日のAさんとのことももう気にしていません。このための出費だったと思えば安いものです。
それからも少しお話が続きましたが、正直な話アエルちゃんは舞い上がっていたためあまり覚えていません。
「ありがとうございました」
それでも最後には誠心誠意心を込めてそう言ったことは覚えています。あれ、何気にちゃんと喋ったのここだけの気がするぞ?
まあそんなことはいいのです。とりあえずアエルちゃんは今日のこの出来事で今まで頑張ってきたことが報われたような気がしました。それでも、まだ出版が決まったわけではありません。
「よーし、これからも頑張るぞー!」
アエルちゃんはそう思いを新たに帰路につきます。早く戻ってモノカキの続きをしなければなりません。
あ、タピオカはちゃんと奢ってもらいました。美味しかったです。
VtuberのSS置き場 橋場はじめ @deirdre
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。VtuberのSS置き場の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます