アエルちゃんとあなたと。
※アエルちゃんキャラ崩壊注意。
あなたはカーテンの閉められた薄暗い自室で目を覚まします。
「んん……確か昨日はアエルちゃんの動画見てて……寝落ちしちゃったのか」
目の前には画面の付いたままになっているモニターがあります。あなたは頬についたキーボードの痕を気にするようにさすりながら目をしばたかせます。
「あれ?」
モニターにはアエルの動画が映っています。その動画は途中で止まっているのは恐らく眠っている間にどこかに触ってしまったからなのでしょう。
「ん? アエルちゃんがいない?」
映っているのはアエルの動画なのですからそこにはアエルがいるはずです。ですがあなたの見つめる先にはアエルの姿はありません。その代わりに何故かダチュラ、チョウセナサガオとも呼ばれる花が映っていました。しかしあなたは変なタイミングで止めてしまっただけなのだろうと思い深く考えることはせず一先ずパソコンの電源を落とそうとマウスに手を伸ばします。
「消しちゃうんですか?」
「え?」
自分一人しかいないはずの部屋に聞き覚えのある少女の声が背後から響く。だがそれは聞こえるはずのない声であり、あなたはまさかと思いつつゆっくりと後ろを振り向いた。
「まさか……アエルちゃん!?」
そこにいるのは現実離れしたアシンメトリーの青い髪の毛と大きなサファイアのような瞳、そしてトレードマークでもあるパーカー。バーチャルの世界の住人である彼女が今現実に目の前にいることにあなたは驚愕します。
「そうです、シナリオライターのアエルちゃんです」
ワザとらしくシナリオライターの部分を強調して告げます。同時にドヤと言わんばかりに胸を張るので慎ましやかな胸が嫌が応おうにも目に入ります。
「いや……それは分かってるけど……」
あなたはアエルのことを一つ目の動画が上がった時から知っていました。あなたも小説家になりたくて頑張っている身です。同じ想いのアエルに一目見た時から惹かれ密かに目標にしていました。彼女はプロのシナリオライターであり、短編小説もあげています。あなたは当然のようにその小説を読んでいて、その面白さに思わず心震えたことを今でも覚えています。
「なんでアエルちゃんがここに? というよりもなんでこの世界に」
アエルはバーチャルの世界の住人であり、現実世界には当然現れることができません。ですが、現にアエルは今あなたの目の前にいます。
「それはアエルちゃんにも分からないんです。いつも通りお仕事をして少しうとうとってして気付いたらここにいました」
そう言うとアエルはあなたの前で周囲をきょろきょろと見渡します。ここがどこなのか知ろうとしているのです。
「あ」
そしてアエルは驚いた様子で声をあげます。
「あなたも小説書いてるんだね」
一点を見つめるアエルは嬉しそうにそう言います。アエルが見つめているのはアエルの動画が映し出されているデスクトップパソコンのモニター、ではなくその隣に置かれた小さめのノートパソコンです。これはあなたが執筆するさいに使用しているパソコンです。
目が覚めた時には奇妙な状態で映し出されている動画に注意がいってしまい、執筆中だったノートパソコンの存在をあなたはすっかり忘れていました。
アエルはそこに書かれている文章をよく見ようとノートパソコンの前に移動します。しかしあなたは慌ててその後を追いアエルが文字を読み始める前にノートパソコンを閉めようとします。
するとどうして? とアエルは振り向いてあなたに視線で伝えてきます。
「僕の小説なんてアエルちゃんが……プロのシナリオライターが読んで面白いものじゃないから」
あなたはこれまでに小説家になりたくていくつもの新人賞に応募していますが、結果は芳しくありません。いまだに創作活動は続けていますが、辞めようかなと思ったことも一度や二度ではありません。
「なにか悩んでるみたいだね。アエルちゃんでよければ話聞くよ」
目の前でしゅんとしているあなたを心配したアエルは声をかけます。
あなたはアエルちゃんに話していいものか逡巡しますが、これまで一人で悩んでいて何も状況が好転しなかったことから素直に話します。
「……実は小説書き始めてもう数年たつんですが、いまだに結果が出せてなくて」
「あー、アエルちゃんにも同じ経験ありますよ。特に文章って自分でも上達してるかって分かりにくいもんね」
あなたの相談にアエルは自分にも昔同じことがあったと語ります。
「でもアエルちゃんは今はプロのシナリオライターですよね。何か秘策とかあるんじゃないですか?」
不躾な質問だとは理解していますがそれでも聞かずにはいられません。こんなチャンスがまた来るとは限らないのです。
「秘策なんてそんなものはないよ。アエルちゃんはただ愚直に書き続けてきただけだよ」
あなたの質問にアエルは包み隠すことなく答えます。
「……」
そのことはあなたも分かっています。地道に練習し続けることが一番だと。それでも憧れるクリエイターや上手い文章を書く作家に出会うたび、何か秘密があるのではないかと勘繰ってしまいます。
思わず無言になってしまったあなたにアエルは言います。
「まあ人気ある要素を上手く組み合わせてオリジナリティを少し足す……みたいな小技があるにはあるけど」
そう言いながらアエルはその大きな瞳であなたをしっかりとらえて話を続けます。
「でもそういうやりかたは結局あなたのためにはならないよ。あなたもいくつも作品を見てきてるなら分かるよね、オリジナリティある作品とそれの真似をした作品の差」
優劣という話ではなく、単純にどちらの方が人気が出やすいか、長期的に続けられるかと言う話だ。妹モノやVRモノ異世界転生など、あとから続いた作品でも人気が高いものはありますがやはり火付け役となった作品と比べるとどうしても差が出てしまっています。後続で出た作品の方が前の作品を分析してより良い作品になっている、にもかかわらず。
「影響受けるのは別に問題ないけどコピー作品みたいなので人気出そうとするのはアエルちゃんはあんまり好きじゃないかな。別にあなたが創作したくてやってるんじゃなくて、称賛されたいからとかって理由でやってるならそれでもいいと思うけど。……でも、違うよね?」
あなたは一言として何も言っていないのにもかかわらずアエルは自信を持って言いきります。
「あなたは創作がしたくて、小説が書きたくて、物語がつくりたくてやってる。そうでしょ?」
「そんなこと分かるんですか?」
何を根拠にして言うんだと、あなたは問いかけます。
「だってこの小説独りよがりな書き方してるから。自分の好きなキャラクターに、自分の好きな事をさせて、自分の好きな展開にして。そんな感じの小説」
あなたは馬鹿にされたような気がして思わず言い返そうとします。しかしその前にアエルは言いました。
「創作するのが好き、楽しい! って感じの書きかた。人気が欲しいとかって理由で書き始めた人は読者が好むことだけを詰め込んだ書き方するから、こういう書き方にはならないんだ」
読者のことだけを考えて創作するのが間違っているということはないですし、その逆もしかりです。強いて言うのであれば創作する理由は人それぞれでありそのどれもが正しいのです。
「でもアエルちゃんは、自分はこういうのが好き! って書かれた小説のが好き。その作者のことが凄い伝わってくるから。あなたの書いた小説もまさにそんな感じだよ。……まあそれがちょっと強すぎて読みにくいとこもあるんだけど。だからもうちょっと万人受けするようにすればもっと良くなると思うんだよねアエルちゃんは」
アエルは曇り一つないサファイアの瞳であなたを見つめてそうアドバイスします。
「これが正解、正しいってのがない世界だから、今言ったことすべてを受け入れる必要はないんだけどね。一番大切なのはあなたがなにをどうやりたいかってことだから」
真面目に語ったことが恥ずかしくなったのかアエルはそう付け加えました。しかしその言葉に嘘はありません。どれだけ異端扱いされる作品であろうと、その作品が面白く売れるのであればそれが正しいということになるのがこの世界です。面白いイコール正義。極論を言ってしまえば面白い作品が出来上がるのであれば、文法を守る必要もありません。
「アエルちゃんに折角そう言ってもらえたのは嬉しい……けど、僕才能ないし、自信も持てなくて」
「何かを始めるのに好き、やりたいって以外の気持ちは必要ないよ。生まれも環境も性別も才能の有無も周囲の人の目も関係ない。あなたが書きたいか書きたくないか。ただそれだけが本当に必要なこと。アエルちゃんは…………ううん、私はそう思う」
「……」
あなたはそう言われて思いだします。最初に考えたキャラクターたちを。物語を。初めて長編小説を書き終えた時のことを。誰に褒められたわけでもありませんがとても嬉しく楽しかったことを。
「……そうですね。忘れてました初めて作品を書いた時の事。頑張ってみます、アエルちゃんに負けないように」
あなたの目に小説家を目指し始めた頃の輝きが宿ります。
「ん、その意気だよ。アエルちゃんも頑張るからあなたも一緒に頑張ろっ!」
「あと、もう一つだけ。アエルちゃんが創作始めた理由を教えて欲しい、です」
「アエルちゃんの?」
小首を傾げ当時を思い出したのかアエルは柔らかな笑みを浮かべます。
「ある作品を見て感動した時に、ふと思ったんだ人の心を動かせるのって凄いって。別に小説だけじゃなくて、俳優さんや声優さん、音楽関係とか漫画家さん、別に創作関係の人じゃなくてもいいんだけど、自分がしたことで人の心を震わせて、もしかしたらその人の人生を左右することになるかもしれない。そういう人たちってなんて素敵で凄いんだろうって。アエルちゃんも少しだけでもその真似事ができればいいなって始めたのが小説だったの。まだアエルちゃんにはそんなことはできないけど、それでも出来るようになれたらいいなって思って頑張ってる」
あなたは思わず黙ってしまいます。アエルが言ったことがあなたが密かに思っていた想いと同じだったから。そして目を閉じ、あなたは深呼吸をします。
「よし! これからも創作活動頑張るぞ!」
そう宣言し、あなたが目を開けた瞬間にはもうアエルの姿はそこにはありませんでした。あなたの悩みがなくなったからかもしれません。しかしあなたはそれを気にせず、いつの日か本屋にアエルの書いた小説と共に自分の本が並ぶ光景を夢見て、椅子に座ります。
才能の有無なんて、活動を始める時期が遅くたって、誰にその想いを否定されたって、もうあなたは止まりません。何故ならあなたが創作活動をしたいと心の底から思うから。
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