アエルちゃん戦場に立つ

 ――カランッ、カッ、カッ、コロコロコロ。

 何か硬い金属物が壁へと衝突し、そのまま床を這うような音が響き数秒。

 ドォオオオオオオン。少し前までの静かさなど嘘のような爆発が起き金属片が周囲にまき散らされる。

「もう嫌ああああああああああああああ」

 現実世界のアエルは思わずそう叫びながらキーボードを操作し、自身が操るキャラクターを物陰から走らせる。

 すると複数個所、正確には三か所から同一の銃声が鳴り響きアエルが操るキャラクターに数発が命中し、残った数十発が身体をかすめていく。幸いにして6Aと呼ばれるこのゲームで一番の防弾性能を誇るボディアーマーを装備しているため、被弾しても即死することはない。それでもこのゲームになれていないアエルはダメージ表現と銃弾が風を切る音に冷静ではいられない。

 ゲーム。そうこれはゲームだ。EscapeForTarkov。通称EFTと呼ばれるパソコンで行うFPSゲーム。それをアエルはプレイしていた。理由はいたって明快。次に書くことになったシナリオのイメージを固めるためだ。

 今現在、ゲームを始めてから初の敵との撃ち合いの最中だが、不幸にも相手は三人でパーティを組んでいるプレイヤーだ。銃弾を潜り抜けなんとか自キャラクターを近場の物陰へ隠し、遮蔽をとる。

 バチッ、バチバチ、ジジジジと先ほどのグレネードにより天井からぶら下がっている電灯が壊れかけな音を奏でる。そこに追跡してくる足音は混ざっていない。そのことを確認し、ショートカットキーを使い傷の手当を始める。

 ゲームを始める前に仕様や操作方法を隅々まで記憶していた。尚且つ普段シナリオライターとしてキーボードと接する時間が長いため、初の戦闘でもしっかりと自キャラクターを操作できている。

 三人対一人という不利な状況ではあるが、勝機がないわけではない。ちらっと見えた限りでは相手の装備はそこまでではなかったからだ。

 アエルの操作するキャラクターが持つ銃はAK-74M。ハンドガードやストックが取り替えられ、狙いを付けやすくするためのドットサイトと反動を殺すためのフォアグリップが付けられ、マガジンは複数人相手にしても対処できる六十連マガジン。

 弾薬等のアイテムも潤沢で熟練のプレイヤーであれば、難なくこの状況を打破できる装備がそろっている。

 しかしマップも十分に覚えていないために辛い状況でしかない。そのうえ相手はしっかりと連携をとりリロードするタイミングも重ならないようにしているため、何時反撃に出ようとも最低でも二人以上から撃ち返されてしまう。

 だがなにも反撃しなければ距離を詰められるだけだ。そうなれば数で負けているアエルに勝ち目はない。

「女も度胸、ライターも度胸、ゲームも度胸。全てにおいて度胸!」

 このまま何もしなければ負けてしまうだけだ。覚悟を決めたアエルは壁から体を半身だけ乗り出しAK-74Mに取り付けたサイトを覗く。すると丁度敵が場所替えしようとしているタイミングと重なる。

 これをチャンスと照準を敵に合わせフルオートで発砲する。リコイルコントロールに慣れないアエルは跳ねる銃口を制御しきれず次第に明後日の方へ向いてしまう。それでも最初の数発はしっかり相手に命中したようでうめき声があがる。

 いくらかのダメージを負ったようだが、傷を回復できるこのゲームにおいて多少の怪我は意味をなさない。かといって敵は他に二人いる以上安易に飛び出すわけにもいかない。

 一度身を潜め残り少なくなった弾倉を交換。弾はいっぱいあった方がいいよね、とリグいっぱいにマガジンを詰め込んできているためカランッと音を立て地面に落下。それを拾おうとし視線をしたに下げようとし、微かに足音が聞こえて踏みとどまる。二人分の足音が聞こえるため、大方味方の隙を潰すため距離を詰めてきたのだろう。

「ゲームの中で人気になったって嬉しくないよ! どうせなら作家として人気になりたい!」

 潜んでいるとはいえそれはあくまでゲームの中での話だ。現実世界でいくら叫ぼうとも関係ない。

 一度恨みつらみを吐き冷静になった頭で必死に思考する。

(思考を放棄したら負けだ、行動しなければ何も変わらない、手を伸ばさなければ――)

「なにも掴めない!」

 ポケットに詰め込んだグレネードを取り出し、足音がする方へと勢いよく投げつける。カランッと音がしたと同時に左右に走り出す音。それから遅れてバンッッと何かが弾ける巨大な音と共に薄暗かった室内が真っ白く染めあがる。アエルが投げたのは普通のグレネードではなく、スタングレネードだったのだ。直視してしまえば約一分間悪影響を及ぼす。

 チラリと顔を少しだけ出して周囲を見回すが撃たれることも、敵の姿を発見することもない。

 恐らくスタングレネードが効果を発揮しているのだろう。仮にそうだとしなくても、グレネードの予備がない以上ここで仕掛けなければジリ貧になってしまう。意を決し物陰から飛び出し先ほど足音が聞こえたほうへと駆け抜ける。

 ジャリ、ジャリと風化したコンクリートを踏みつけるたびに音がするがそれを気にしている暇はない。

 先ほど敵の足音が途切れた場所。そこはいくつものロッカーが並んで壁のようになっていた。そこをぐるりと回り込む。すると敵がしゃがみ込み臨戦態勢をとっていた。しかし敵はアエルに背を向け眩しそうなモーションをしていた。これはこのゲームでスタングレネードの効果が及んでいるプレイヤーがとる固有のモーションだ。

 アエルはすぐさま相手の頭部に狙いを付け、容赦なくトリガーを引き絞った。AK-74Mから吐き出されたのは5.45x39mm弾。小口径弾とはいえその威力はヘルメットを装着した相手でも仕留めることができる。

 その例に漏れず相手はバタリと力なくその場に倒れる。

「一人!」

 しかしそう喜んでばかりもいられない。相手はまだ二人残っているのだ。それを証拠付けるようにすぐさま銃弾が襲い掛かってくる。左腕、そして左足に命中。そしてそれから逃れるようにアエルは自キャラクターを走らせる。目の前にあった遮蔽物に身を隠す直前、部位別に設定されている体力、その左足部分がすべて失われる。いくら防弾性能の高いボディアーマーといえど足までは保護できない。

「あ。むう、でもまだ戦える! アエルちゃんはまだあきらめないもんっ」

 持ってきていたモルヒネを使い、足を引きずるようにしか移動できなくなった自キャラクターを普通に歩けるようにまで回復させる。だがそれも時間制限付きだ。この効果がきれる前に相手を倒し切らなければ勝ち目はほぼなくなる。

 殺された味方の敵をとろうと二人同時に追いすがってくる。距離を詰められるのはできだけ避けたい。相手の行動を阻害するためAK-74Mを腰だめで発砲し銃弾をばらまく。相手もそれに対抗し撃ち返してくるため双方を数十発という銃弾が行き交う。数発おきに曳光弾を仕込んでいるため時折レーザーのような光が走る。

「あっ」

 やがてすべての銃弾を撃ち尽くしてしまう。すぐにリロードしようとするがアエルが弾切れになったことを察した相手のうちそれを好機とみた一人が突き進んでくる。ここにきて始めて相手の足並みが崩れる。しかしそれはアエルをしとめる自信があるということだ。

「間に合え間に合え間に合え間に合えッ……」

 急いで空になった弾倉を外しリグから新しいものを取り出す。

 その間にも敵の一人は目前へと迫る。

 AK-74Mに装填されているマガジンを新たなマガジンで弾き飛ばし、入れ替えるようにして装着する。

 敵の足音は目の前の曲がり角。

 コッキングレバーを引き射撃体制へと移行するのと敵が姿を現すのがほぼ同時。その瞬間激しい銃撃戦へと移行する。

 即座に発砲したため狙いを付ける時間もなくアエルはレーザーサイトの光を頼りに微調整して相手に銃弾を当てていく。それは相手も同じでアエルも至る所に被弾していく。

 互いにマガジンを空にするまで撃ち続けると打って変わって静寂が辺りを支配した。

 ――ダメージレースを勝利したのはアエルだった。満身創痍となりつつもなんとか生き残り最後の敵を迎え撃つため再度リロードしようとし、重大なことに気付く。予備マガジンをすべて使い切ってしまっていということに。

 この場所に来るまで途中にある武器ボックスで拾ったPMと呼ばれるハンドガンを所持していることはしているのだが、非力なこの銃でアサルトライフルを持つ相手を倒せるとは考えづらい。

 なんとかしてここから生き残る方法を考え着かなければならない。が、与えられた猶予は少ない。足音はしないがジリジリと近づいてきている雰囲気があるのだ。ゲームの仕様上足音を一切立てないで近づくことは可能で、歩行スピードが極端に遅くなるというデメリットはあるものの相手に気付かれずに接近できるというメリットがある。

「どうするどうするどうする……」

 他に使える銃があればまだ対抗できるのに、と考え――。

「あ……。あった」

 目の前に落ちているではないか。先ほど相手が使っていた銃、SA-58が。

 急いで敵からSA-58を奪い取りリグからまだ使用されていないと思われるマガジンを取り出す。そして残弾が不確かな装填済みのマガジンと取り替える。

 ガサッ。

 その時だった。真後ろから衣擦れのような音が聞こえアエルはすぐさま振り返る。

 そこには同じくSA-58を構えた相手がいた。慌てて銃口を向けるが相手の方が早い。マズルフラッシュと共に銃弾がアエルが操作するキャラクターを襲う。それに僅かばかり遅れながらアエルも発砲する。狙いは勿論マズルフラッシュで浮かび上がっている頭部だ。

 跳ねる銃口を無理やり抑えつけ勝ちたい一心で二十連マガジンが空になるまで撃ち尽くす。咄嗟に付けたにしては良い狙いで、数発胴体に命中した後反動によって上にずれそのまま頭部に命中した。

「はあ、はあ……勝てた……?」

 目の前には死闘を繰り広げた相手が物言わぬ身体となって倒れている。自身の体力を確認するとHPを示すバーが真っ赤になっていた。

「ぎりぎりだあ……でも勝ちは勝ちだよね」

 勝負に勝ったアエルは少なくなった体力を回復する。

「さてと、倒した相手の装備を貰って早く帰ろ」

 他にまだプレイヤーがいる可能性がある。SA-58も使い慣れない銃のため長く扱うには不安が残る。

 倒した相手の二人の装備を奪い取り残る一人の相手を取りに行く。

 そしてガサッと物音がしすぐさま一つの銃声が鳴る。

「あ」

 スキャブと呼ばれるNPC。それがいつの間にか背後に立っていてモシンナガンと呼ばれる威力に優れたスナイパーライフル。それを耐久力のなくなったボディアーマー部分に命中させられ、減っていたアエルの体力をすべて奪い去った。

「もおおおおおおおおおおおおお」

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