ツングースカ大爆発

 1908年6月30日7時2分頃、ロシア帝国領中央シベリア。

 "それは"何の前触れもなく発生した。

 エニセイ川と呼ばれている世界でも五番目に大きな河川にいくつもある支流の中の一つツングースカ川、正式名称をポドカメンナヤ・ツングースカ川。その上流。

 周辺には数多くの樹木が生えており、村落など一つも存在しない僻地で突如この世のものとは思えない程の大爆発が起こった。半径三十キロメートル以上の森林が炎上し、その衝撃で千キロメートル以上先に存在した家にあった窓ガラスが割れ、同シベリアにあるイルクーツクと呼ばれる都市ではその爆発の影響で地震が発生し、アジアは勿論ヨーロッパでさえその爆発から数日にわたって夜空が明るく輝くなどといった通常では考えられないほどの大爆発。

 それはとある一人の人物によって引き起こされた。歴史には登場しない世紀の天才科学者。

 その人物が賢者の石と呼ばれる特殊な霊薬を作りだした結果起こってしまったのが、後世にツングースカ大爆発と呼ばれ伝わるものの正体だった。

 これだけの爆発で死者が誰もいないとされているのは、この科学者があえて人のいない場所を選んで実験を行っていたためだ。しかし死者ゼロ人というのは誤報である。爆発地点である実験場。その場にいた科学者がその爆発に巻き込まれない訳がなく惜しくも帰らぬ人となった。

 しかし、科学者が作り出した賢者の石によって命が一つ失われたと同時に一つの命が誕生した。

 その場に現れた新しい生命は人間に似ていてどこか違う存在。その証拠に、生まれ持った髪の毛はやや濃いめの空色で瞳は透き通った蒼。少し幼めの体躯。

 ホムンクルス――。本来の生殖方法以外で人が人を生み出すこと、つまり人造人間。

 科学者の命を材料とし、賢者の石が自ら一つの生命をホムンクルスを作り出したのだ。

 そこにあった様々なものが吹き飛ばされ何も存在しなくなったその空間に、一体の人造人間がポツンとたたずみ、周囲を興味深そうに眺めている。

 世紀の天才科学者と呼ばれるほどまでの実力を持ちながら人里離れた場所で、賢者の石を生成していた理由。それは数年前に起こった戦争で失った妻と子を生き返らせるためだった。

 死者蘇生、それは遥か昔から方法が考えられ未だに一度も成功したことが無い秘術。それはこの科学者にとっても難しく、成功する見込みが全くと言っていいほどなかった。しかしそれでも諦めきれずに研究を続けていた科学者はある時、発想を変えることにした。

 ――零から一を作り出そうとするから難しいのだ。一から一を作るのであれば難しくない、と。

 それからは生き返らせるのではなく、亡くした妻と子の記憶や性格などを再現したホムンクルスを作る方法を考えるようになった。そしてたどり着いたのが賢者の石。

 だが賢者の石を作り出すのも決して簡単な道のりではなかった。それでも年単位で時間がたち今日6月30日、この日に科学者は賢者の石を作り出すことに成功した。しかしその時問題が起こってしまったのだ。

 賢者の石は科学者の制御の手を離れ勝手に活動を開始、そして暴走を開始した賢者の石は自身が耐え切れないほどの破格なエネルギーを蓄えた結果、自壊し蓄えたエネルギーを辺り一帯にまき散らしたのだ。そしてその爆心地には一体のホムンクルス。

 生み出されたホムンクルスは当然自身が生まれる前のことを知らない。つまり生みの親である科学者のことも。賢者の石を作り出せたとはいえ、科学者はいまだに亡くなった者の記憶等を宿らせる方法は見つけていなかった。

 けれど何者かに生まれてくることを切に望まれ、必死の努力の結果自分が誕生したことだけはぼんやりとだが心の奥底に存在する温かい気持ちから不思議と伝わってきた。

 ホムンクルスは人間の形をしているが、人間ではない。人間に限りなく近い存在ではあるものの、生まれた時からある程度成長した姿でありそこから成長することは無い、などといった違いがある。

 それでもホムンクルスは心にある温かな気持ちを大事にして生きようと決めた。何故だか分からないが、人として幸せに生きていくことを望まれていた気がしたからだ。

 そのホムンクルス――否、少女は一先ず人がいるであろう方向へと足を向ける。

「何かあったかい食べ物があるといいなあ……」

 ツングースカ大爆発。それは後にモノカキ・アエルと呼ばれ多くの人々に愛されるようになる少女の誕生の瞬間だった。

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