VtuberのSS置き場

橋場はじめ

アエルクエスト

 ここではないどこか別の世界。

「【禁酒きんしゅ】ストロング・ゼロっ!」

 少女がそう叫ぶと突如何もない空間から、液体がスコールのように降り注ぐ。その落下地点にいた巨大なワイバーンはそれをあびた瞬間、ドロドロと溶けてその場から消滅してしまった。

「アエルちゃんは小説書きたいだけなのに、どうしてこんなことになってるですか」

 ローブをまとった少女はモノカキ・アエルと言い小説家を目指すシナリオライターだ。それがどうしてローブを着て魔法少女のようなことをしているかというと、事の始まりは数週間前にさかのぼる。



 ――バーチャル東京に住んでいたアエルはもう少し念願ので書籍化決定というところまできていた。その瞬間を待ちわびながらシナリオライターの仕事をしていると「アエルちゃん、大変です!」と叫びながら顔見知りのプロデューサーが慌てた様子でドタドタとやってきた。

「どうしたんですかプロデューサー。そんなに慌ててると転んで頭打ちますよ」

「大変なんですよ。アエルちゃんの今担当してるシナリオの納期が変更されて来週までにして欲しいと!」

「ああ……頭打ったあとでしたか。電話、電話……」

 そんなことあるわけないじゃないですか、と残念な人を見るような目つきで見つめると病院に連絡しようとスマホを手に取る。

「正気なので電話しないでください。本当のことなんです」

 落ち着いてください、と前置きしてから詳しく話始める。

「――ということなんです」

「無理です。というかなんでそんな話受けてるんですか。無理に決まってます」

「いやその……その分支払いは倍以上出すと言われまして」

 申し訳なさそうにプロデューサーは言う。

「お金で時間は買えません。どうやっても間に合う訳がないです」

「困りましたね……断るにしてもこちらからの連絡先は知りませんし」

「なんでそんな依頼受けてるんですか……」

 アエルは半眼で睨みつける。

「前金でその時の依頼料半分貰えたんで……あ、でも大丈夫です。住所は分かりますのでアエルちゃん行ってきてください」

「こんなひ弱でか弱い少女に行かせる気なんですか? プロデューサー行ってきてくださいよ」

「これから打ち合わせがあるんですよ。アエルちゃん以外に手の空いている人がいないんです。場所はバーチャルグンマーなのでそんな遠くないので行ってきてください」

「バーチャルグンマーはドラゴンとかスライムとかいるんですよ。アエルちゃんには無理です」

「伝説のストロングゼロの魔法が使える可愛くて最強のアエルちゃんなら大丈夫ですよ」

「何だか馬鹿にされているような気がするんですが……まあいです。アエルちゃんの信用問題にもかかわりますし一言言ってやりたい気分です。……頑張ってきます」

 そう言ってアエルはバーチャルグンマー目指して旅に出たのだった。



 ――そして現在。

「ちょっと疲れたのでマシュマロでも食べて休憩です……もぐもぐ」

 近くにあった大きな岩の上に腰掛け旅に出る前に用意してきたマシュマロをちびちびと口にはこんでいた。

「というか……もぐもぐ……当人に相談せず締め切り早めるとかやめて欲しいです……もぐもぐ」

 数十分マシュマロを堪能したアエルは再び歩を進める。

「もう少しです……それにしてもクリエイターに外でお仕事させるとかプロデューサーはどうかしてます」

 ぶつくさと文句を言いながら辺りを警戒しつつ景色を楽しむ。

「まあでも……この辺りは景色がいいのが救いです。アエルちゃん、ずっと部屋の中でパソコンとにらめっこすることが多いからこういうの新鮮って言えば新鮮です」

 そうしてしばらく歩いていると、巨大な山が見えてくる。少しづつ近づいていくと頭に付けているリボン型のセンサーが反応し始めた。

「……? モンスターの反応はあるけれど見つからない……山の裏側かな?」

 死角になっている場所と言えばそこしかない。

 飛び出してきたとしても対処できるよう身構えて進むと、突如山の方から地響きが起こり立っていられなくなったアエルはぺたんとしりもちをついてしまう。

「これって」

 何とか立ち上がろうとするが揺れは酷くなるばかりだ。やがて山が崩れ始め――否。段々と迫り上がっていく。

「…………」

 アエルが山だと思っていたものは完全に"立ち上がる"とたたんでいた羽と尻尾を伸ばすと、その姿はドラゴンにしか見えない。そのうえただのドラゴンではなく一番巨大で希少性の高いアークドラゴンと呼ばれる種類だ。アエルの視界の中にはとてもではないが全体が収まり切れない。

 その姿を確認したアエルは脱兎のごとく走りだす。いかにアエルの最大呪文であるストロング・ゼロでさえ有効だになることは無い。

「ただのドラゴンならともかくアークドラゴンは無理ぃ」

 しかしアエルが数百歩移動したとしてもアークドラゴンは一歩踏み出すだけで追いついてしまうため逃げようにも逃げられない。

 ひときわ大きいズシンッという揺れにアエルが後ろを振り向くとそこには巨大な穴、つまりアークドラゴンの口が目前にあった。食べられるわけにはいかないと一層足に力をこめ走り続けると、突如目の前に崖が現れた。止まろうにも勢いをつけすぎてしまっているためすぐに足を止めることができない。

 結果、数秒後のアエルは宙にいた。

「プロデューサー恨んでやるうううう」

 そうしてアエルは自由落下していった。



「痛っ」

 突然の痛みに目を覚ましたアエルは周囲を見回す。

「あれ? ここはアエルちゃんのお部屋……あ、そっか」

 そこでアエルは自分が置かれた状況を理解した。先ほどまで現実だと思っていた光景は夢だったのだと。

「昨日はなるべく早くやってくれって言われてたシナリオを、徹夜でやってその後眠すぎてすぐベッドで眠ったんです」

 ちょうどファンタジー世界のシナリオだったためそれがそのまま夢になったのだろう。

「今時夢落ちなんて流行んないんだよねー。まあ何かのネタには使えるかもしれないのでメモしておきましょう。あと溜まってるシナリオも書いちゃわないと」

 アエルは慣れた手つきでパソコンの電源を付け、その前に座った。

「よーし、今日もお仕事頑張るぞー」

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