第3話 歩み
「父上?」
文九郎の長男である宗右衛門は、生活の足しにと始めた畑仕事の後、その汚れを洗い流して、父である文九郎を探した。
文九郎は、つい三ヶ月ほど前、病に倒れ、それ以来、床に臥せっていることが多くなってきていた。
それでも体調のいい日は、起き出して、庭の隅に建っている道場へ行き木刀を振っていた。
今日も、部屋の布団の中はもぬけの殻であった。
宗右衛門は、真っ直ぐに道場へ向かう。
「父上?」
引き戸を開けて、道場を覗く。
天窓から西日が斜めに道場全体を照らし出している。
日の光の中で埃がキラキラと舞っていた。
その中に文九郎が静かに背を向けて座していた。
宗右衛門はハッと息をのんだ。
文九郎が風景の中に違和感なく溶け込んでいるように感じたのだ。
その背中に生気が感じられなかった。
宗右衛門は、急いで道場に上がり、父の前に回った。
「ああ」
それしか言えなかった。
「あなた?」
何かを感じたのだろう、遅れて家内が道場に顔を出した。
「お鶴、父上が天に召された」
宗右衛門がそう言うと鶴は一瞬驚いた顔をして、くしゃりと顔をゆがめた。
「ご苦労だが、皆に知らせてくれ。それから葬儀の準備もよろしく頼む」
宗右衛門の言葉にお鶴は頷くと袖で顔を隠すように去って行った。
お鶴が去ってのち、宗右衛門は改めて父、文九郎の顔を見た。
「父上、とうとうできたのですね。お祖父様相手に一歩、勝つための歩みを進めることができたのですね」
文九郎の顔は、両目を閉じて眠っているようであった。そしてその顔は苦悩が全て抜け、口の端がわずかに上がっているように見えた。
微笑が刻まれていたのである。
了
家風~黒吉文九郎の一歩~ 宮国 克行(みやくに かつゆき) @tokinao-asumi
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