キノコ中毒?

「で、他の転移者の情報は何か判ったのか?」

『もう少し待って下さい。何せデータが破損してまして』


 エプロンを着たフランツは自宅の台所でジンジャーブレッドマンが焼き上がるのを待っている間、電話越しに魔王ロキの部下を質問攻めにしていた。


「……データだ?」

『ええ、ネオナチが転移門を勝手に改造したせいで補助記憶装置の一部が上書きされてたんです。転移門の制御はノイマン型コンピュータを模していたんですがそれが仇になりまして。データのバックアップを取ってからOSを書き換えて復元を試みていますが』

「あー、つまりなんだ?」

 訳が判らない事を言われたので、フランツは要点を言うように促した。


『……結構時間が掛かりそうです』

「……そうかね。で、他にコッチの世界の情報は有るか?」


『そちらも少し時間が……。崩れた世界の修復は進んでいますが貴方に電話をするだけでも精一杯なんです』

 他には電波情報の収集……テレビやラジオ放送を聞く程度しか出来ないので、異世界側からフランツに渡す情報を集めていたが。


『あ、そろそろ焼けたみたいですよ』

「まだだ……。てか、見てるのか?」

『ええ、まあ。モニターして、魔王カエサルさんに毎日報告してます』

「……はあ!?」


 フランツは四方を見渡した。


「四六時中見てるのか!?」

『流石にお風呂やトイレは見てないですよ』


 そうは言われても良い気がしなかった。


『……すいません。魔王カエサルさんが“毎日報告しろ”と』

 人狼を統べる魔王の名前を出された以上、文句は言えないがそれでも嫌な気分だった。


「ったく」

 オーブンを開けて、ジンジャーブレッドマンが乗った鉄板を台所の上に並べつつ、フランツは悪態を吐いた。


『また何か判りましたらコチラから連絡致します』


 電話を切られ、フランツは眉間に皺を寄せたまま、受話器を電話機の上に置いた。


「……悪くないな」


 教会の炊き出しで、近所の子供達に配ろうと思い30年ぶりに焼いてみたが、上手く出来た。


「ん?」

 袋に詰める前に粗熱を取る作業をしようとしたが、ヤンの足音に気付いてフランツは手を止めた。


「何だ?」

 飼い犬のチェルキーも足音に気付き、玄関の前に移動し尻尾を振り始めた。


「フランツ!大変だ!“夢見キノコ”が出た!」

「なんだって?」


 聞き間違えだと思ったが、ヤンの様子からどうやら間違えではなかった。


「何処で?」

「教会の近くでニナが子供に取り憑いているのを見つけたんだ」


 フランツはエプロンを脱ぐとオーブンのスイッチを切り、コートを手に取った。


「間違いないんだな?」

 夢見キノコの異世界に生えるキノコだが、コッチの世界に居るはずがなかった。


「ああ、菌糸が血管に沿って伸びているそうだ」

「末期だな……一体何処から」

 それがいきなり現れたと聞き、フランツは頭を悩ませた。


「さあな、救急車を呼ぶ訳にいかないからジュリアンと現地で隠れてるらしいから、とりあえず向こうに行こう」





「何で此処なのよ」

「だって、しょうがないでしょ」

 よりにもよって、ニナがジュリアンの父親のバンの荷台に、倒れた同級生3人を乗せたのでジュリアンは不満そうだった。


「パパに見付かったら何て説明するのよ!?」

「今日は来てないから大丈夫でしょ」

 普段はジュリアンの父親がバンを運転しているが、今日は予定が有るのでニナが代わりに運転していた。


「てか、炊き出しが始まるわよ。どうするの!?」

 教会前に炊き出しを受け取りに来たホームレスが集まり始めていた。


「放置しといて良いんじゃない?」

 バンの後部ドアの前に立つニナが、倒れた少年の方を指差してニナがそう言ったので、ジュリアンは悩んだ。


「まあ、そう……うーん」

 正直なところ、何も出来ないのでバンの中で寝かせておくしか無いのは事実だった。


「あ、待った。フランツ達が来たから任せましょ」

 通りの向こうに止まったヤンの車の助手席からフランツが降りて来た。


「どうしたんだ?」

 ジュリアがバンの後部ドアから飛び降りた。

「ああ、フランツさん、その……。学校の同級生3人が夢見キノコを持ってて。ニナが取り上げようとしたら倒れて気を失ったの。今、夢を見てるみたい」


 一瞬、ニナの顔を見た後、フランツがバンの後部に乗っている少年3人の様子を見た。


「菌糸は引っ込んだ……か」

 異世界に存在する夢見キノコと同じ物なら、全身に菌糸が回っていない限りはそこまで危険がないとされていた。

「そういう事、末期かと思ったけど、切迫した状況では無さそうなの」


 フランツは3人の首元の当たりを注意深く観察し、目を開いて瞳を観察し始めた。


「何の夢かわかるか?」

「さあ?」

「私が元気が無いかと思ってとか言ってたから、変な夢じゃないと思う……けど」


 夢見キノコは、キノコの種類によって見る夢が色々違うので異世界では一種の娯楽品の様な扱いをされていた。使い方は簡単で、枕元に夢見キノコを置くとキノコに対応した夢を見る事が出来た。


「だとすると……ピクニックとかバケーション系かな?」

 普通に長閑な田舎でゆっくり過ごす夢を見る物から、砂浜で思う存分遊ぶ夢を見る物、更には淫夢に悪夢と様々なジャンルが有るが、コレは何なのか。


「キノコはその袋の中だけど」

 フランツは試しにキノコを袋から出し、色々と眺め始めた。


「……初めて見る模様だな」

 模様によってある程度見る夢を予測が出来るが、模様が複雑で見当がつかなかった。


「起こした方が良いと思おう?」


 そして、夢見キノコの最大の問題が、夢を見ている間に無理矢理起きたり、キノコ本体が遠くに行くと使用者がおかしくなる為、近くに置いていたが。


「いや、止めたほうが良いだろう……」


 対処に悩んでいる間に、ヤンが腕時計で時間を確認した。


「ああ、そろそろ炊き出しの時間だ。2人は向こうの作業をして来て。此処は俺達で何とかするから」


 ニナとジュリアンを教会の方に向かわせ、残った2人はバンの中に入ると顔を見合わせた。


「さて、どうする?」

「出処が判らんとな……」


 異世界のキノコがコッチの世界に現れた。順当に考えると……。


「なあ、持ち込んでないよな?」

 向こうから転移してきたフランツが持ち込んだ可能性が高いが、当の本人は全く思い当たる節が無かった。


「俺じゃない。そもそもこんなキノコなんか一度使えばもう十分だ」

「……使ったこと有るの?」


 ヤンに聞かれ、フランツは「しまった」と口を塞いだ。


「……まだ家を出る前に一度だけ。女の身体を知っとけと向こうの親父が勝手に枕元に置きやがったんだ」


 フランツからすれば最悪の思い出だった。


 当時14歳だったフランツ少年は夢の中で、いきなり美女に押し倒された夢を見たのだ。


 最初は思春期特有の夢を見たものだと思ったが、何日も続き、流石におかしいと思いベッドの下を見ると、植木鉢に埋められた夢見キノコの淫夢バージョンが置いてあった。


「他の兄弟がイタズラで置いたと思って注意したら、それが原因で大喧嘩になってな」


「ああ……」


 気不味い空気になり、2人共黙っていたが、フランツが口を開いた。


「末期症状が出てるかと思えば、血管に伸びた菌糸が引っ込むとはな。判断つかんから医者に連れて行かなきゃ行かんが……当てはないか?」


 夢にのめり込みすぎると、キノコに心を乗っ取られそのまま寄生されると、まことしやかに噂されているが、今の状況がそうなのか、医者でないフランツには判断が出来なかった。


「医者ねえ……」


 真っ当な医者に見せると騒ぎになるので、当然闇医者となるが。


「一応、仕事は真面目にしてるから、そっち方面は疎くて」


「……向こうの世界から来てる奴に医者がいないとなあ」

「あ、そっち!?」


 フランツが眉間に皺を寄せたので、ヤンは視線を逸した。


「あー……その。居ないなぁ医者は」

「……FBIに見せるか」



 他に当てがなく、ニューヨーク市警に渡すと、また刑事局長が横槍を入れてくると思い、フランツはFBIの何時もの2人に相談することにした。

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異世界帰りの警部 因幡晴朗 @Inaba_Harurou

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