恐怖のキノコ

「で、逃げ帰って来た訳?」


 教会の前で行われる無料の炊き出しの準備をしている少女はニナに言い放った。


「別に逃げた訳じゃないし」

 不貞腐れながら反論したニナは少女の父親のバンから炊き出しで配る弁当を降ろす作業を手伝っていた。


「フランツが大人しく引き下がったから、現場を仕切ってるジェシーが引き揚げたの。ああ、アナタに着いてたアフリカ系の刑事よ」


 ニナに説明され、黙々とテーブルの上に弁当を並べ炊き出しの準備をしていた少女は手を止めて考え込んだ。


「フランツだったら強引に捜査すると思ったけど、そうじゃないんだね」

 少女は連続少女誘拐事件の被害者でバーグ警部が撃たれた現場に居たジュリアだった。


 彼女もフランツと同じくコチラの世界で死んだ後、異世界に転生していた。そしてフランツより早く遺跡の転移門を使いコチラの世界で前世の身体に戻って生活をしていた。


「コッチだと、フランツは何考えているか判らない程度に大人しいわね」

 異世界に転生したフランツは成人してすぐに騎士の身分を捨てて、他の転生者仲間と徒党を組んでいた。そして、悪事を働く悪代官や盗賊を懲らしめたり、魔物が出れば退治するなど結構好き勝ってに生きていたので、ニナからしても結構衝撃的だった。


「バーグ警部の時も私のお父さん並に堅物だったから一緒に居て息が詰まったわよ」

「……でも、今でもお堅いんでしょ?」


 ジュリアに言われ、ニナは弁当を机に並べつつ溜息を吐いた。


「でも少しはマシよ。……そう言えば学校行ってるの?」

 何だかんだ事件が終結してから1ヶ月経っており、こうやって毎週日曜には炊き出しボランティアに一緒に参加しているが、学校の事は話題にならなかった。

「先月から行ってるわよ。コッチでしか出来ない事なんだから」


 胸を張って言い張ったが、今のジュリアは13歳なのだから学校に行くのは当然だった。


「サボりゃ良いのに」

 ニナが当然のように言い放ったのでジュリアが太股の辺りに蹴りを入れた。


「そうやって何時も楽しようとするからお父さんに怒られるんでしょうが。先生に聞いたわよ、アンタ学校サボりの常習犯で毎日お父さんに送ってもらってたって」


 ニナが嫌そうな顔をしてきた。おそらく、人狼姿だったら耳を伏せているのがジュリアにも判った。


「だって、計算とかお父さんに教えてもらった後だったし〜」

「……良くそれで刑事をしてるわね」

「やってる事はギルドの仕事と大差無いわよ〜」


 楽天家のニナがそんな調子なのでジュリアは炊き出しで配るフォークの準備を始めた。


「全く何時も適当なんだから……。って何処行くの?」


 エプロンを机の上に乱雑に置き、ニナが通りの反対側に行こうとしていた。


(アレ見て)


 ニナがハンドサインで示した先に、10代ぐらいの少年3人が何やら話をしている姿が在った。


(多分ドラッグ)

 薬瓶の意味を示すハンドメイドをし、ニナが3人の所に向かい始めた。


(いや待てよ)

 ジュリアが慌ててハンドサインを出したが、目もくれずにニナは通りを渡った。


「またアイツは!」

 少年達が路地に入ったのを確認したニナが、警察バッジを取り出し、路地に入ったのでジュリアは慌てて追い掛けた。




「物は有るか?」

「ああ、勿論。よく育ったよ」


 ドレッドヘアーのアフリカ系の少年が紙袋を開けて中身を見せた。

「やるじゃん、コレなら良い夢見れそうだ」

「一月は楽しめそうじゃん」

 白人の少年とアジア系の少年は紙袋の中を見て興奮した様子だったので、ニナは3人の前に歩み出た。


「何を渡してるのかな?」


 少年3人は驚いたのか肩をビクリと動かし、ゆっくりとニナの方を見た。


「え!?警察!?」

 ニナが手に持つ警察バッジに気付いたアフリカ系の少年は慌てて紙袋を背中に隠した。


「ちょっと袋の中身を見せてくれる?」

 少年達はニナの方を見たまま、数歩引き下がった。


「な、なんだよ。何も悪いことなんかしてねえよ」

 アジア系の少年がそう言ったが、ニナは真っ直ぐと3人の方へと近付いた。


「だったら、袋の中身を見せてよ」


「どうする?」

「しょうがない、見せよう」


 アフリカ系の少年は恐る恐る紙袋ニナに手渡した。

「只のキノコだよ……」

 ニナが中身を見るとアフリカ系の少年が言った通り、茶色い大きなキノコが2本入っていたが、それを見たニナの目が変わった。


「ちょっと、何処で手に入れたの?」

 ニナの態度が豹変したので、3人は慌てた様子を見せた。


「僕の家で育てたんだ。が、学校で育てるのが流行ってるんだよ」


「ちょっと、どうしたの?」

 遅れてやってきたジュリアを見てアジア系の少年が声を上げた。


「っちょ、ジュリア。何でも無いよ!」

「あ、マイク」

 顔見知りだったようで、ジュリアはニナに近づくと、ニナに話し掛けた。


「学校の同級生。問題ないわよ」

 不良どころか問題を一切起こさない優等生で、持ち物検査などしなくても良い3人組だった。


「コレを持ってたの」

 だが、ニナに渡された袋の中身を見せられ、ジュリアは息を飲んだ。


「……どうしてコレを?」

 ジュリアが袋から目を離し、3人の方を見た。


「き、君がその。……元気が無いかと思って育てたんだ」


 アフリカ系の少年がそう言った直後倒れ、遅れて他の少年2人も倒れた。


「うそっ…」

「ヤバイ」

 少年が倒れたのをみて、ニナとジュリアは慌てて少年達に駆け寄った。


「異常は!?」

「有る!血管が白く浮いてる」


 気を失った少年達の腕や首の血管は白く浮き上がっていた。


「間違いない、“夢見キノコ”だ。フランツを喚んで来る!」


 そう言い残し、ニナは公衆電話を探しに通りへと走った。

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