地下通り
「
隣の部屋から叫び声が聞こえ、フランツ達が身構えていると、扉が開き灰色の作業服を来た男が飛び出てきた。
「隠れるぞ」
扉を半開きにして、ニナと隠れた。
「待てぇゴラァ!」
「え?」
「おいおい……」
遅れてギブソン捜査官が部屋から出てきて、男の首根っこを掴むと床に引き倒し、手錠を掛け始めた。
「暴れんじゃねえ!」
更にゲイリーも部屋から出てきて、手錠を掛けるのを手伝い始めた。
「何やってんだ?」
手錠を掛け終えたタイミングでフランツが声を掛けると、ゲイリーとギブソン捜査官は驚いた顔をした。
「被害者の泊まってた部屋にコイツが逃げたんで、
ギブソン捜査官は周囲を見渡した。
「ここは何処だ?さっきまでモーテルに居たはずが、何かコイツが魔法みたいな物を使ったせいで、ここに来たんだが」
後ろ手に手錠を掛けられ、散々揉みくちゃにした作業服の男を指差しながらゲイリーは説明したが、フランツも何て答えて良いものか悩んだ。
「俺達も移動してきたんだ。質屋の地下室ごとな。だから、ここが何処なのか判らない」
「じゃあ、コイツに聞くか」
ギブソン捜査官は作業服の男を乱暴に起こし、胸ぐらを掴んだ。
「おい、ここは何処だ?」
「え、英語駄目。判らない……」
作用服の男が英語が判らないと言うので、ギブソン捜査官は眉を顰めた。
「何語なら判るんだ?
〈誰の差金だ?〉
フランツに話し掛けられ、男はフランツの方を見たので、野球帽を取って耳を見せた。
〈俺は人狼だ。ビトゥフの騎士、サイモンの息子、ヤコブだ。誰なんだお前は?お前も遺跡から転移してきたんじゃないか?〉
この男がモーテルからこの場所まで転移する魔法を使え、助けを求めた時に異世界の人狼が使う言葉を話したのでフランツは異世界での本名を名乗って男の様子をみた。
「何も知らない!俺は何も知らない!」
フランツの姿を見て男は叫び続けた。
〈モーテルで何をした?ここは何だ?〉
咄嗟に言葉を使った筈なので、言葉が判らないフリをしているのが判るが、それでも男はシラを切り続けた。
「誰か来た!」
ニナが廊下の奥から光が差し込んだ事に気がついた。
「隠れるぞ!」
ギブソン捜査官が自分達が出て来た部屋に戻ろうとしたが、フランツが止めた。
「待て、部屋の様子を見に来たのかも知れない。コッチだ」
ギブソン捜査官が出てきた部屋の向かい側、そこの扉を開けてみると鍵が掛かっておらず、4人は男を部屋に連れ込み
「何だ?」
ゲイリーが部屋の異様さに声を出した。入った部屋は古い書棚が並んで居たのだ。
「静かに」
フランツが扉越しに耳を当てて外の様子を探り始めた。
「2人。変な声を聞いたと話してる。ドイツ語だ」
近付いて来たからか、他の3人も扉の向こうの会話が朧気に聞こえて来た。
(部屋が転移してきた時に誰か巻き込んだ?コイツ等が犯人か?)
会話の内容から犯人の可能性が有りそうだった。
[誰も居ないぞ。どうせ空耳だろ?]
[いや、確かに聞いたさ。誰かが英語で叫んでたのを聞いたんだ]
[そうは言うけどな、今朝みたいに誰か入って来たとは限らないだろ?]
[尚更有り得るだろ?今朝みたいにどっかの強盗か何かが入って来る可能性がさ]
“今朝”、“強盗”の単語にフランツは反応し、無意識に尻尾を立たせた。それを見たニナがゆっくりと近づき、フランツの真横に立つと、2人は目を合わせ頷いた。
「右だ」
「了解」
短く言葉を交わすと、フランツは扉を勢いよく開け放ち、目の前に居た2人組の男の内、右の男の顔面を殴りそのまま首を掴むと手前に引き倒した。
一歩遅れてニナも飛び出し、叫ぼうとする左の男の喉を掴むも握り締め、鳩尾に思いっ切り膝蹴りをした。
ほんの一瞬で男2人を無力化し、その2人も部屋に引きずり込んだので、ゲイリーとギブソン捜査官は目を白黒させた。
「おいおいおい……」
手錠を掛けるのに抵抗された拍子に犯人が怪我をするのは見逃されるが、一方的に暴力を振るうのは流石に不味いので、ゲイリーは慌てていた。
「コイツらが犯人だ。気をつけろ魔法を使うぞ」
男の1人が微かに頭を動かしたので、フランツが後頭部を殴り気絶させた。
「動いたらぶん殴ってでも気絶させろ。また、パトカーの時みたいに自決されたら堪らんからな」
狼男の事件の時の様に、また被疑者が炎上するのを警戒しての行動だが、傍から見ると拷問の様だった。
「何か喋らせる?」
男が武器を持っていないのを確認しながらニナが聞いてきた。
「いや、危険だから猿轡を噛ませておこう」
再び、部屋の中にボロ布が無いか探してみると、棚の上に在ったので、ニナは捕まえた2人の口にも噛ませ始めた。
「アレ?……ねえ、コレ見て」
ニナが2人目の口に入れようとしたボロ布を見て声を出した。
「コレなんだけど、質屋の向かいのお店の看板に書いてあったロゴと同じだよ」
質屋の向かい側に“CLOSED”と札が掛かった改装中の本屋が在った。それの看板と同じフクロウのロゴが入った布だったのだ。
「本当だ……。まさか……、ちょっと其処に居てくれ」
フランツはそう言い残すと部屋から出た。
「なあ、この部屋だが。もしかして、その本屋の地下室じゃないか?」
ゲイリーが並んだ書棚を眺めながら呟いた。
「前に地下に入ったことが有るんだが、其処と全く同じなんだ。あの、ランプと時計。それと向こうには古い絵が有る」
奥に向かうゲイリーの後に続きギブソン捜査官が後を追うと、教会を描いた古い絵が壁に掛かっていた。
「間違いない、此処はあの本屋だ」
「本屋だけじゃない!」
フランツが戻って来た。
「隣は服やの地下室だったし、更にその隣は薬屋の地下室だ。此処の部屋は全部キングストリートに並ぶ店や建物の地下室になってる」
ニナは眉を顰めた状態で左右を見てから口を開いた。
「ねえ、営業中の肉屋はどうなってるの?」
最近の不景気でキングストリート沿いの商店は潰れたりして空家が目立つが、それでも質屋の隣のように営業している店は在るのだ。仮に、営業中の店の地下室が消えたら大騒ぎになりそうなものだった。
「其処は俺達が転移してきた時に入ってた地下室と同じだった。石造りの飾りっけ無い部屋だった」
「つまり……」
「空き店舗の地下室が並んでいると」
ギブソン捜査官は首を傾げた。
一体何のために?
魔法絡みの事件はここ数年で増えているが、殆どが些細なもので、ここま規模が大きく理由が判らない事件は初めてだった。
「戻れるのかしら?」
ニナが心配になり呟いた。
「上に続く階段が在ったが、そっちは鍵が掛かっている上に、向こう側に人が大勢居るみたいだった。他の出口を探したほうが良いだろうな」
フランツの話を聞いていたギブソン捜査官は拳銃を抜いた。
「なら急ごう、得体が知れない連中だから何をしてくるか判らんからな」
「ああ、行こう」
フランツも剣を抜き、踵を返すと扉を開けたがその場で固まった。
「どうした?」
ギブソン捜査官がフランツの肩越しに扉の向こうを見ると廊下がなく。螺旋階段がポツンと上に伸びていた。
「まさか」
フランツが螺旋階段の下に行き、上を覗いて確認した。
「おい、フランツ。何なんだ?」
しびれを切らしたギブソン捜査官が質問するとフランツが答えた。
「戻ってるぞ!」
野球帽を被り直し、フランツは慎重に階段を登り始めた。
「本屋の地下に戻った。間違いない来てくれ!」
『ジェシー、コッチに公安委員会のメンバーが来て、“現場から出てけ”って命令された。どうなってるんだ?マンハッタンで起きた事件の捜査だって言ってたがウィルソン捜査官も追い出された』
ジャックからの報告を聞いて、ジェシーは頭を抱えた。そんな話は聞いていないし、フランツとニナが部屋ごと姿を消した。何をしたら良いのか判らなくなった。
「判った、コッチが落ち着いたら向こうのボスに連絡するから部署と名前を聞いといて。それが終わったら一度コッチに来て」
無線で指示を出している間に、通りの向こう側から赤色灯を着けた車が3台向かってくるのが見えた。
「コッチにも来たか……」
公安委員会肝入の超常現象対処部署の噂は聞いていたが、まさか本当に目の前に現れるとは思っていなかった。
「面倒臭そう」
ヤンは軽口を叩くと視線を本屋の方に向けた。
「え!?ジェシー!フランツだ!」
本屋の鍵を開けようと四苦八苦しているフランツの姿が其処には在った。
「くっそ、レジの裏に鍵在ったんだがなっ!」
そう言いながら、フランツはピッキング道具を鍵穴に突っ込みながら鍵を回し始めた。
「何で知ってんの?」
ニナが質問すると以外な答えが帰ってきた。
「小学校の同級生の家なんだよ……。よし、開いた」
「フランツ!ゲイリーとギブソン……」
モーテルから2人が消えたと伝えようとしたが、その2人も本屋から出て来たのでヤンは驚いた。
「どうしたの?」
「さあ……判らん」
何て説明しようか悩んでいると、赤色灯を着けた覆面パトカーとバンが止まり何人か知った顔が降りてきた。
「悪いなジェシー。この事件はコチラで預かるよ」
出て来た1人は刑事局長だった。
「刑事局長、管轄はうちの」
「市長と議長から許可を貰ってる」
懐から、市長と議長のサイン入りの書類を取り出し、ジェシーに見せた。
「えぇ……」
前例がないことにジェシーが戸惑っているとギブソン捜査官が割って入った。
「FBIの追ってる事件だが」
「裁判所から許可は降りてる。
今度は連邦裁判所の判事の署名が入った書類を取り出したので、ギブソン捜査官は何も言い返せずその場に立ち尽くした。
「フランツ、コイツらは何だ?」
刑事局長が質問する横で、一緒に現場に来た警官がフランツ達が捕まえた3人をパトカーに乗せ始めた。
「被疑者だ、気をつけたほうが良い。魔法を使うぞ」
「なる程な……。もう君達は帰れ。ここからはコチラで捜査する」
「……そうかい」
抵抗することも考えたが、フランツは大人しく引き下がることにした。
FBIを追い返すなど、尋常でない状況なので騒ぐだけ損だと思ったのだ。
「ホントに帰るの?」
フランツが何も抗議しないのでジェシーは驚いていた。
「ああ、関わらん方が良い」
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