03.平成に残るもの、令和に向かうもの
衝撃的な映像を見せられた小鳥たちは別室に通された。
元からいた広場から延びる廊下を歩き、先ほどとは違う小さな広場に来た。
そこの広場の左右には扉が複数あり、それぞれの扉に文字が刻まれている。
赤・橙・黄・緑・青・紫、日本語でも他国の文字でもない言語で書かれていたが不思議と意味が判別できた。
思えばベルフェスの言葉も日本語では無いが理解できた、こちらは日本語で話していたが相手にも通じていたようだ。
異世界への召喚と言う信じがたい現象ににわかに真実味が出てくる。
色の文字が刻まれた扉の中は、六人一組の寝室であった。
ふかふかで清潔なベッドとそして中央のテーブルに温かい食事が置いてあった。
各部屋には召喚者が適当に振り分けられた。六人一組となるため、紫の部屋には誰も割り当てられなかった。
「それでは皆様、明日の朝再度朝食を運びに来させていただきます」
ベルフェスがほほ笑みながら告げる。
「最終決断は明日のお昼に頂きたいと思います。それまで各々ご自由にお過ごしください。また、わたくしも紫の部屋か先ほどの広間に居るように努めますので、何か疑問等ありましたら遠慮なくご相談いただければと思います」
その場で解散となった。
小鳥は割り当てられた黄色の部屋に入る。中の絨毯は扉に刻まれた色と同じく黄色の絨毯がひかれていた。
小鳥の他に五人、黄色の部屋に割り当てられた召喚者がいる。
彼女らの国籍は見た目バラバラだった。
アジア系と思しき人が小鳥を含めて二人、欧州系と思しき白人が三名、アフリカ系の黒人女性が一人の内訳だ。
ただし、言葉は勝手に変換されるため実際にどこの出身かと言う事は判別できなかった。
特に彼女たちの間では自己紹介はしなかった。この世界から帰ると言う選択をした場合もう二度と会わないだろうし、あまり親しくしない方が良いだろうと言うのが大半の意見だった。
そもそも元の世界に絶望してやってきたのだ、その時点で他者に関心があまりないのが本音だった。
六人は食卓を囲み会話の無い食事を取る。温かいスープと肉汁があふれる焼いた肉、柔らかいパン等、元の世界で食べていた食事より豪華なものであったが、精神的な事もありあまり味はしなかった。
食事が終わるとそれぞれが自分に割り当てられたベッドに向かいそれぞれの時間を過ごした。
食事の終わった食器などはいつの間にか修道服の女性がやってきて引き下げられていた。
小鳥は部屋の空気に耐えられず外に出た。誰も小鳥の動きに気を留める者は居なかった。
ふらふらと廊下を歩く。
頭が付いてこなかった。突然彼に別れを告げられ、一か月死ぬことだけを考えていた。平成が終わる夜に死を選んだ。
しかし気が付いたら異世界に召喚されていた。
そして明日の昼までに元の世界に戻るか、この戦乱の異世界に残るか決めろと選択肢を突き付けられた。
元の世界に戻りたい積極的な理由は無かった。死ぬ直前に戻ってもまたみじめな生活が始まるだけだ。すぐに死を選ぶかもしれない。
それならこのまま別の世界で新しい生を生きるのもありかと思ったが、この世界で生きていける気は全然しなかった。
いつの間にか最初に召喚された広場に来ていた。噴水前に人影が見える。
近づくとそれはベルフェスであった。
「どうしました。休めませんか」
柔和な笑みを浮かべこちらを気遣うそぶりを見せる。
小鳥は今胸の中にあるもやもやとした気持ちを誰かに聞いてもらいたいと言う衝動に駆られた。
意を決し噴水の淵に腰を降ろし、ベルフェスを見上げる。
彼女も察したのか、小鳥の隣に座り静かにこちらが話し始めるのを待つ。
「私、元の世界で彼氏に振られて、それから一か月、色々悩んで、仕事もやめて、自暴自棄になって…」
「はい」
突然の告白であったが、ベルフェスはただ静かにそこにいて耳を傾けてくれる。
「もうすべてが嫌になっちゃって、だから自殺、したんです」
「はい」
「でも、突然こんな世界に召喚されちゃって、どうすればいいのか分かんなくて」
グダグダと悩みを吐露する。
「元の世界にも戻りたくなくて、きっと戻ってもまた死を選びそうで、だからと言ってこっちの世界でやって行ける自信は無くて、こっちの世界でも、いやこっちの世界では自分の意思に関係なく死んじゃうんじゃないかって。でも、こっちの世界に居てもまた自分から死を選ぶかもしれなくて」
「はい」
「結局何をしても私生きていたくないのかなって思って。もうどうすればいいか分からなくて」
ベルフェスが優しく小鳥の肩に手を掛ける。
「あなたは元の世界で色々と大変な思いをされていたのですね。死を選ぶことは大変な覚悟がおありだったかと思います」
「はい…」
「あなたは死を選ぶことによって救われたのです。新しい生を受けるチャンスを得たのです、この世界で」
「新しい生…」
女神の様な、と言っても差し支えない様な笑顔でほほ笑みかけられる。
「安心してください。この世界で生き残る術はきちんと教えます。我々は使徒の方々を着の身着のままこの世界へ放り出すような事はしません」
ベルフェスは立ち上がり、そして小鳥の正面に立つ。
「あなたはこの世界に召喚された際に、世界の意思より三つのギフトを受け取っておられます」
「ギフト?」
「ええ、神の奇跡のような物です。まず一つ目は、言葉の壁を超える力。どの世界のどの言語でもこのギフトを受けた人は、違和感なく読み書き会話が可能になります」
確かに小鳥はベルフェスの言葉が分かる。また同室に居る他の地域の子たちの言葉も分かった。
「次に、帰還の力を得ております。これは元の世界に戻る力、一度しか使用できませんが、世界の意思より与えられた選択肢です」
元の世界に戻る選択肢。小鳥は地球の事を、日本の事を思い出す。あの世界に戻る力…。
「次に、若返りの力」
「若返り?」
「こちらに来た時に鏡、を見ましたよね」
「はい」
「召喚された使徒の皆様は、あなた方世界の年齢で恐らく十六~十八歳程度まで若がっているはずです。これは、体力的にも、精神的にも成長される途上、一番好奇心旺盛な良い時期であるとの考えで世界の意思が操作してくださったのです。これから色々と生き残る術を覚えていって行かなければなりませんからね」
若返り、確かに仕事をしていた時よりも体力も精神力も増えている気がする。
「私、神様、えっと世界の意思ですか、がロリコンなのかな、って思ってました」
「ロリコン…ですか」
「あ、ごめんなさい。失礼な事を言って」
ベルフェスは口元に手を当てると、吹き出すように笑った。
「ぷっ、ふふふ。確かに若い女性ばかり召喚しますから、世界の意思はロリコンなのかもしれませんね」
特に不敬とは取られなかったようでほっとした。
「有難うございます。色々と愚痴を聞いてもらって」
「いえ、召喚された使徒を導くのが私の使命ですから。仮に残る選択をされた場合は、詳しい説明は明日させて頂きますね」
結局ベルフェスはそのほほ笑みを一度も崩さないままであった。
少し心が軽くなった小鳥は、元の部屋に戻ろうと来た道を戻る。
このまま寝て、すっきりした頭できちんと考えよう、そう思った。
廊下を進むと、途中で一人の女性に合った。同部屋のアジア系の子だった。
「あなた、日本人?」
軽く会釈をしてすれ違おうとすると、声を掛けられた。
「はい、そうです」
「やっぱりね。すれ違う時会釈をするなんて、日本人だと思った」
くすくすと笑う。きつそうな顔をしているが、笑うと笑窪が浮かび可愛らしい。
彼女を一言で言えばすごいできるキャリアウーマン。今は見た目の年齢が高校生になっているので、真面目な委員長タイプかもしれない。こういう人ならどこに行っても生きていけるような気がするので、この世界に召喚されたと言う事実に驚いていた。
「そう言えば同じ部屋なのに自己紹介がまだだったわね。私は倉内一子。名前でわかると思うけど、日本人よ」
「私は上里小鳥です。同じく日本人です」
お互いに今更な自己紹介をする。
「そう、小鳥さんね。随分すっきりとした顔で帰ってきたけど、今後の身の振り方は決めたのかしら」
「いえ、まだ悩んでます」
一子の問いに正直に答える。
「でも向こうの広場でベルフェスさんに話を聞いてもらって、少しスッキリしました。もやもやとした感じから、なんか行き先が少し見えた、見たいな」
「良く、分からない例えね」
「はい、私も良く分かりません。でも、明日には答えが出せそうです」
「そう、良かったわね」
小鳥は落ち着いた感じの一子が気になった。
彼女は答えを決めているのだろうか。
「倉内さんはどうするか決めたんですか?」
「一子でいいわよ。私は帰る事に決めたわ」
「帰る、んですか」
一子はいっそ晴れ晴れとしたような、ちょっと悲しむような複雑な表情を見せる。
「私には何もない、私の事は誰も愛してくれない、と思って死を選んだんだけどね。一度死の覚悟を決めて実行してみて、その上でこんな状態になって改めて考えてみたの。あの時は自分に甘えて自分に酔って、そして死んだんだけど実は後悔してるんだって」
「後悔してるんですか」
「ええ、もう一度やり直したい。そういう意味ではこの世界で新しい人生をやり直しても良いんだけどね。でも、気が付いたの、元の世界でぶん殴らないといけない奴が何人かいるなって」
「ぶん殴る、ですか」
「ええ、おかしいでしょ? もう一度やり直そうと思ったら突然思い出したのよ、すっごい憎い奴が。あいつらをぶちのめしてやらないと、気が済まないって」
「ぶちのめす…」
「可笑しいでしょ、自分でもおかしいなって思うんだけどね」
彼女はそのまま広場へ向かうようで、そのまま歩いて行った。
去り際に、小鳥に向かって、
「どっちの選択肢を選んでも後悔しないようにお互いしたいわね」
そう言って消えていった。
*
翌日召喚された使徒たち三十人は昼に広場に集まった。
朝はきっちりおいしい朝食が出て、昼までのんびり過ごすことができた。
各々が自由に過ごし、昼近くになると修道服を着た女性達が小鳥たちを迎えに来た。
それほどの時間もかからず全員が最初の広間に集合する。
半日の時間を得て、皆心は決まったような顔をしていた。
話しを聞くと、ここに集まったのは自殺だけではなく、事故や病気などで同時期に亡くなった方も召喚されていたようだ。
そういう子たちは大抵元の世界に戻ると言う選択肢を取るようだ。
事故の場合は、事故を回避できる余裕を持った時間に帰り、病気で亡くなった場合は、ある程度その病気が治癒された状態で戻るらしい。そう考えると、元の世界に未練がある人たちは元の世界に帰るのが普通の判断だろう。
好き好んでこの危険な世界にとどまる理由は無い。
それにしてもこの世界に私たちを召喚した世界の意思とはどのような存在なのだろうか。
その力があれば、この世界の危機も救えるのではないかと思えてしまう。
そんな事を考えていると、人ごみの中からベルフェスが現れ皆の正面に立つ。
「みなさま、お気持ちは決まりましたでしょうか」
居並ぶ三十人すべての顔を見るようにベルフェスは辺りを見回した。
皆の表情を見て一つ頷くと改めて宣言した。
「これから皆様には今後の生き方を選択していただきます。世界の意思の使徒である皆様を導くなどと言う大それたことは私にはできません。ただ、皆様の選択を私は支持します。たとえ元の世界に戻ったとしても、この世界に来ていただいた事実は変わりません。世界の意思に選ばれた使徒とし、今後も同様に敬い、皆様のご無事をお祈りさせていただきたいと思います」
高らかに宣言し、一度息を継ぐ。
「この世界に残る選択をされた方、元の世界に帰る方、それぞれのお気持ちが有ろうかと思います。我々はその選択を尊重し、そしてその選択に対し最大限の協力をさせて頂きます」
歌を奏でるように高らかに宣言する。
「まずはお帰りになる皆様への世界の意思からのささやかなギフトをご説明します。」
集まった人たちの中からざわめきが起きる。昨日から今日までの間に修道女などに説明を聞く機会が無かった人達だろう。小鳥を含め何人かはすでに聞いている事なので驚きは無かった。
「初めに、お帰りになる場合は死の直前と言いました」
そこで一拍置き、皆の反応を眺める。
「正確には自ら死を選んだ方はその直前に、事故など不慮の事故により死に至った方は事故を回避できる十分な時間巻き戻った地点へ、そして病死等で死に至った方へはある程度その原因となる病を治癒した形でお帰り頂く事になります」
ベルフェスがそう言うと、泣き出す子もいた。恐らく病死などだったため、戻ることを諦めていたのかもしれない。
「死を無かったことにするため、膨大な世界の力が必要となります。そのため、お帰りになる場合はこのギフトのみとなります」
申し訳なさそうにお辞儀をする。
とはいえ、死の淵から戻り再出発できるだけでも十分ではないだろうかと小鳥は思う。
続けて、とベルフェスが残りのギフトの説明を始める。
「この世界にとどまる選択をしていただいた方へのギフトです。もうお気づきかもしれませんが、言葉の壁を超える力、そして年齢を若返らせる力、この二つが送られます」
言葉の壁を超える力はそのままだ。この世界の言葉が習うことなく違和感なく聞き、話す事ができる。文字も読み書きできる。単純なようでこの世界で暮らすうえでは必須の力と言えた。
そして若返らせる力。現在小鳥を含むすべての人達が見た目の年齢がいわゆる女子高生の年齢まで下がっている。この中で唯一親しくなった一子さんに聞いたところ、彼女は元の世界では四十代とのことであった。
「最後に、この世界で生き抜くためのスキルを受け取っていただきますが、これはこの後の選別の儀が終わった後に実施することとなります」
その言葉に一人の金髪の女性が声を上げた。
「スキルって具体的にどういうものなの?」
「そうですね、説明するのは難しいのですが…」
少し悩まし気に首を傾げるベルフェス。
「皆様がこの世界で生きていく上で今のままでは脆弱すぎます。ですので世界の意思の力で、特殊な技能を受け取ってもらいます。それは人によって違うのですが、物質を変形させて武器にする能力や、ただの水を色々なポーション、薬品にする能力ですとか、隠密に特化した気配と姿を消す能力ですとか。それは人によって得られる力は違います」
「なるほど、生き残るために必要な力を得られると考えていいのね」
「はい、今後の選別の儀と呼ばれる儀式にて皆様の適正職業を判別させていただきます。その後、その職業に合うスキルがランダムで付与されるようなイメージで頂ければ問題ありません」
金髪の女性は此処に残るのだろうか、ふんふんと頷きながらベルフェスの話を真剣に聞いている。
「それでは皆様、お心内は決まりましたでしょうか」
ベルフェスが全員を見回し、宣言する。
「これより運命を選択していただきます」
*
そこは小さな部屋だった、選択の部屋と呼ばれている。
入口から入ると、正面に二つ扉があった。
右の扉を開けると、そのまま通路が続きその先に応接間がある。
左の扉を開けると、見慣れる魔方陣が掛かれたさらに小さな部屋に出る。
ベルフェスの指示の元、それぞれ一人ずつこの選択の部屋に呼ばれ一人でどちらの扉をくぐるか選ぶことになる。
魔方陣の上に立つと、その後逆召喚の術が自動発動し元居た世界に戻ることができる。
他者の選択を知るすべはない。しかし、応接間に集まった人々が今後この世界で生きる上での仲間になると言う事だけは確かだ。
「小鳥さん」
小鳥は一子に声を掛けられる。
「あなたの選択は変わらないのね」
「はい。一子さんも変わらないんですよね」
「もちろん、変わらないわ」
お互いがお互いの事を理解し笑いあう。
同じ日本人と言う事もあり気が合ったのか、昨晩廊下で出会って以降何かとぶっちゃけて話す事が出来た。
お互いの選択肢も確認した。
お互いが、お互いの選択を尊重し、そして笑顔で別れる事になった。
次が一子の番だ。
小鳥は一子に握手を求める。
「お互いの選択が交わることは無かったけど、この短い期間でも話せて良かったわ」
「はい、こちらも色々と聞いていただき有難うございました」
「あなたとの約束、きっと果たして見せるわ」
小鳥にとっては何気なく言っただけの約束だったが、一子は真剣にその約束を守ろうとしていた。
小鳥は笑顔で返す。
「ええ、お願いします」
「しまった、元の世界に戻ったらもしかしたらこの世界の事を忘れちゃってるかもしれない」
「その時はその時で」
「そうね、先の事を考えてもしょうがないわね」
ベルフェスが部屋の中から一子の名前を呼んだ。
「それじゃあね」
「はい、もう会えないかもしれませんが、一生忘れません」
そして二人は別れた。
数分後、次に小鳥の名前が呼ばれた。
緊張しながら扉を開ける。
中ではベルフェスが笑顔で待っていた。
「お心内は決まりましたか」
「はいっ」
思いのほか元気よく返事が出た。
もう心は決まっている。
小鳥は一つの扉のノブに手を掛けその扉を開く。
右の扉が開かれ、そして小鳥はこの世界に残った。
この世界に残り平和を成すために戦うもの、そして元の世界に戻り時間を新たな進めるもの。
平成の世に残るもの、令和の世に進むもの。
その選択が今成されたのだ!
異世界平成女学院 ーお嬢様達の聖戦ー 大鴉八咫 @yata_crow
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