02.乙女達の選択肢

 修道服の女性は名をベルフェス・マリジッドと言った。

 リュートネル内にて世界宗教の一つとされる聖女シェスターシャを祀るシェスタ教の聖職者である。


「私の事はベルフェス、とお呼びください」


 ベルフェスは三十人の召喚者を前にし、全員に聞かせるよう高らかに宣言した。

 中央にある室内噴水の淵に立ち、三十人の乙女達を見渡す。


「この世界を救ってほしい、私はそう言いました。しかし強制することはできません。皆様にまず最初の選択肢をお与えいたします」

 祈る様に胸元で手を握り合わせる。

 三十人の乙女たちは突然の出来事に言葉を発することを忘れたようにベルフェスを見つめるだけだった。それは小鳥も変わらない。 最前列に立つベルフェスは、噴水を背後にし、その噴き出る水が採光部より届いた光により輝き、まるで後光が射したような神聖な雰囲気を醸し出し、その姿に小鳥は息を飲んだ。

 

「まず最初の選択肢は、この世界に残るか、或いは元の世界に帰るか、それを決めていただきたいと思います」


 ベルフェスから提示された選択肢は単純なものだった。残るか帰るか。二者択一の選択肢。


「ちょっと待って。私たち元の世界に帰れるの?」


 集まっていた中の一人、気の強そうな女性が声を上げる。

 

「ええ、二度とこの世界に来ることはできなくなりますが、来た場所へお返しすることは可能です」


 なんでも無い事のようにベルフェスは告げる。


「で、でも…」


 気の弱そうな黒髪ショートボブの女性がおずおずと質問する。


「わ、わたし、向こうでは自殺している所だったから、元の世界に帰っても結局そのまま死んじゃうんじゃ…」

「ご安心ください。時間を遡りますので、皆様方が事に及ぶ直前の時間帯にお返しいたします」


 ざわめきが起こる。帰れると言う事を知って安堵した子もいるのだろうどこかですすり泣く声が聞こえてくる。もしかしたら勢いで自殺を選択しただけで、冷静になってみて後悔しているのかもしれない。

 その時こちらの注意を引くようにベルフェスが手を軽くたたく。

 

「いきなり残る、帰るの選択肢を提示しても公平ではありませんね。まずは此方の状況を知っていただき、それでも此方に残るとおっしゃっていただける方のみその後のお話をさせて頂ければと思います」

「状況って、世界の平和が脅かされているってやつ?」

「そうです。その状況を詳細にご説明させていただきます」


 そう言うと、ベルフェスは噴水の淵から降り、皆に少し下がるように指示した。指示されるまま三十人の乙女達は下がり、腰を下ろす。

 その間にベルフェスは両手を胸の前で握り合わせ何か祈りの言葉の様なものを唱える。

 すると噴水の吹き出す水が一旦止む。もう一度ベルフェスが祈りを唱えると、次は噴水が平面的に吹き上がり、スクリーンの様な状態になる。

 

「こちらの噴水に聖女の奇跡の発露にて現在の状況を映し出させていただきます。御覧ください」


 ベルフェスがそう言うと、噴水のスクリーンに何かの映像が次第に映し出されてきた。




 そこは戦場だった。

 大勢の人間達が、獣と、人の様なしかしどこか雰囲気が少し違うモノ達と戦っていた。

 戦場の最前線だった、リアルな戦場がそこに映し出されていた。

 

 血しぶきが舞い、肉片が飛び散る。

 日本にいると一生見る事の無いようなグロテスクな映像がそこに流れ出していた。

 怒号と悲鳴が飛び交う。

 重々しい金属音がそこかしこで聞こえてくる。

 ひしゃげた兜、壊れた金属鎧、折れた剣、燃えた柵、崩れた石壁、積み上げられた死骸の山。

 戦場の傷跡が至る所に見受けられる。

 

 そこかしこで戦闘が発生している。

 人類側は、大人の男だけでなく、老人も女性も、そして年端も行かないような少年も戦いに参加していた。

 双頭の狼に食われるモノ、巨大な棍棒を持つ巨人に押し潰されるモノ、有翼の怪人に上空から墜落させられるモノ。

 人類側は圧倒的に劣勢だった。

 切られ、刺され、引き裂かれ、人間達が暴虐の末に死んでいった。

 

 もちろん人類側もやられるだけではない。

 反撃に転じ獣達を屠るモノ。巨大な敵に多数で襲い掛かるモノ。圧倒的な剣技を持って敵を翻弄するモノ。

 戦場の各地で人類側が反撃を行っている。

 

 しかし戦局は動かない。

 この戦いはは残念ながら負け試合、それが素人ながら分かってしまう。

 ジリジリと後退する前線を懸命に守る人類側はいつ決壊してもおかしくないダムを必死に押さえている様なモノだった。

 

 そこで写し出されていた映像がぷつりと切れる。

 その内容に圧倒され、ある者は口元を抑え部屋の隅に駆けだし、ある者はすすり泣きを上げ、ある者は頭を落としてうなだれている。

 そんな中、小鳥は酷く達観したような、或いは場違いのような気分で映像を見ていた。

 どうにもそれが作り物めいて見えてしまい、現実感が感じられなかった。

 それは自分の感情をあの時無くして来てしまったからかもしれない。そんな事を思いながら止まった噴水をただただ見つめていた。

 ある程度の時間を置き、周りが落ち着いてきたころ、その場に立ち続けていたベルフェスが皆に声を掛けた。


「いかがでしょうか、皆様。これがこの世界の現実です。我々人類側の状況は圧倒的に不利です。だからこそ、私たちはその危機を好転させるために召喚の儀を行いました。皆様方がこの世界を救う鍵となることを信じています。無理強いはいたしません。御覧の通り戦場は地獄です。世界を救う鍵とは言え、この世界で生きて生活できる保障は有りません。しかしお願いします。私たちに力を貸してください」


 そう言って深々とお辞儀をする。


 乙女達に最初の選択肢が示された。

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