異世界平成女学院 ーお嬢様達の聖戦ー

大鴉八咫

01.はじまりの女学院

「おかあちゃんごめんね。私、もう親孝行できそうにないよ…」


 ここはとあるオフィスビルの屋上。

 上里小鳥は四月三十日の夜中に一人ここに立っていた。


 ことの始まりは今月の一日の事だった。


 残業続きの毎日、いわゆるブラック企業にかれこれ五年以上勤めている。転職も何度も考えたが、貯金もそれほどなくなかなか踏ん切りがつかないまま続いてしまっていた。心身共に衰弱していた小鳥の唯一の心の癒しは三年前から同棲している彼氏の存在だった。そろそろ結婚もしたい、そんなことも考えながらの同棲生活に日々の活力をもらって何とか仕事をこなしていた。

 その日も疲れ切った小鳥はコンビニでお弁当を二つ買い家路を急いだ。家に帰りつくと疲れた様子を見せないように彼氏のサトシに声をかけた。


「今日も遅くなってごめんねー。ごはん買ってきたよ、サトシが好きなカツ丼にしたから一緒に食べよ」

「小鳥、別れよう」


 突然の事に小鳥は頭が真っ白になった。


「え、なんの冗談?」

「冗談じゃないよ、別れよう」

「え、なんで、私のほかに好きな人できたの?」

「そうじゃない、そうじゃないけど別れよう」


 とにかくサトシは別れようの一点張りだった。その後、長い長い説得の末サトシから聞き出せた事は小鳥の想像を絶する内容だった。


 曰く、結婚をそれとなくこちらに意識させてくることが気に食わない

 曰く、結婚する気は今はない

 曰く、毎日コンビニ弁当なのが気に食わない

 曰く、年号が平成から令和に代わるにあたって昭和の女はもう古すぎる

 曰く、付き合うなら平成の子がいい

 曰く、結婚するなら令和の子がいい

 などなど


 昭和六十四年生まれ三十歳の小鳥にはどうしようもない、理不尽な理由で別れを告げられたのだった。

 サトシは善は急げとその日のうちに家を出て行ってしまった。


 そして平成最後四月三十日の夜、小鳥はオフィスビルの屋上でその人生を終わらせるために一人立っていた。


「もう無理、仕事もうまくいかない、恋愛もうまくいかない、生活は荒れる一方で、未来に希望が見えない…」


 そう言いながら屋上の柵を乗り越え、靴を脱ぐときれいにその場に揃えて置いた。


「何より平成ジャンプはしたくない!!!」


 意を決すると小鳥はそのまま夜の闇にダイブした!




◇ ◇ ◇



「起きて…」


 小鳥の肩を誰かが揺する。


「起きてください…」


 何度も何度も揺すられ、小鳥はいやいやするように首を振る。

 せっかく静かに、心の平穏が訪れたのに誰が私を起こすのかと憤りを覚えた。


「起きてください小鳥様!」

「もう何ですか! やっと嫌なことから解放されたのに、私の平穏を返してください!」

「やっと起きてくださいました小鳥様」


 ばっ、と飛び起きる。

 目の前には修道服のような装束を身にまとった女性がこちらを微笑みながら見つめていた。


「えっ、ここは?」


 夜のオフィスビルから飛び降りたはずの小鳥は今なぜか大理石の敷き詰められたような広場の中に寝かされていた。

 半身を起こし周りを見回す。そこには様々な服装の若い女性がそこかしこでくつろいでいた。


「お目覚めになってよかった、小鳥様が最後の使徒でございます」

「使徒、何を言ってるの? というかここは何処?」


 小鳥は混乱した頭で尋ねると、修道服に身を包んだ女性は微笑みながら小鳥の手を包むように握ると優しく起き上がらせた。


「ここは永久の世界リュートネル。小鳥様の世界の言葉で言うならば異世界というのでしょうか」

「リュートネル?」

「えぇ、そして小鳥様はリュートネルの使徒として世界に選ばれ召喚されたのです」

「召喚?、えっ何を言っているの?」


 立ち上がった小鳥は混乱した頭であたりを見回す。その場に居合わせた他の女性たちもどうやら小鳥と同様に混乱しているようだった。


「ご覧になってください」


 修道服の女性はそう言うと小鳥に鏡を持たせた。

 小鳥が鏡を覗き込むと、そこには十年以上前の学生時代の自分の姿が映った。


「えっ、なんで。私若返ってる?」

「えぇ、これで少しは信用していただけましたでしょうか」


 にっこりと微笑むと修道服の女性は鏡をしまい、小鳥を広場の中央に先導する。


「小鳥様、そしてここに居ります三十名の皆様は世界に選ばれたのです」

「世界に、選ばれた?」


 修道服の女性と小鳥を中心にし、それを囲むように他の女性たちも集まってきた。


「昭和に生まれ、平成の世に絶望し、未来への道を失った皆様方」


 修道服の女性は高らかに宣誓する。


「今、このリュートネルの世界は平和が脅かされております。そんな、世界を皆様の手で救っていただきたく、今回召喚の儀を執り行いました」


 スカートの端をつまみ一礼する修道服の女性。


「お願いします、リュートネルの世界を救い、平和なる世に成るように、平成の世が今後もこのリュートネルで続くよう力を貸してください」


 そして、小鳥達昭和生まれの三十人の乙女達が、平成の世をこの先も続けるために戦う物語が始まった!

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