別ルート企画@師匠

「事態は最悪を通り越して、最早笑える程になっています」


王城、その中央に作られた作戦会議室に国の重鎮及び騎士団、勇者達が地図を囲っていた。

会議の中心である王女は地図上の商業街に丸いコマを一つおき、その脇に二つの人型のコマを。


世界で最も古い王国とされるヘタリア帝国ーー王都が未然の危機に瀕していた。

帝国のくせに王都から名前を変えないことを野次られることはあれど、実害を及ぼす戦争行為、過去に類を見ないその攻撃に市民は混乱し王城の外には市民がごった返している。

誰も彼もが恐怖していた、誰も彼もが泣いていた、誰も彼もが怒っていた。

取り止めのない感情をぶつける先がなくて、ただひたすら助けを求めるものもいれば石を投げるものもいる。


今日未明、商業区が一瞬にして崩壊、廃墟となり市民達の被害は甚大なものとなった。

商業区議会も共に崩壊、瓦礫に挟まれる形で商会ギルドのギルドマスター及び一部の冒険者及び商人が死亡。

瓦礫に押し潰されてなお生き残り助けを求める人々、救援のために派遣された騎士団共に緑色の謎の液体に飲まれ消滅。

爆発的な速度で迫る緑色の液体は速度を落としながらも大通りを通り、ゆっくりと王城へと向かっている。


市民の避難のために王城の門を開き、市民達を受け入れてはいるが未確認生物がたどり着けばどうなるかなど誰しもがわかりきっていた。


「今現在現存する戦力は弓の勇者及び剣の勇者、それに正規勇者が一人ーー過去に魔王を倒したその人が、います」


その一言に会議室に歓声が湧く、過去大陸の半分以上を占領し虐殺の限りを尽くした魔王を単騎で打ち破った最強の勇者。

子供の頃から語り聞かされたその英雄的存在の名に希望を見出す者ばかりだ。


けれど、その肝心の勇者たるマコトは冷や汗を垂らしながら、あのーっと手を挙げる。

すぐにそれを見て、人々は押し黙り、王女が口を開く。


「発言を許可します、何か案が?」


「そのーものすごく期待してくれてるところ悪いんだけど、俺かなり戦力外なんだ」


そう、マコトは魔王戦において無茶に無茶を重ねた結果身体中はボロボロ、魔力なんて屁の残り滓ほどしか残っていない。

過去魔王を倒すために使った伝説的武器である聖剣も折って無くしてしまったしぶっちゃけたところただのちょっと強い一般人であった。

存在しない戦力を軸とした作戦を考えられては貯まったものじゃない、そう思い正直に言ったのだ。


それを聞いていた老練した騎士が一人、渋く笑う。


「ーー流石勇者殿。感服いたしました。このような時でも慢心せず、謙虚さを忘れない。流石伝説に名高き勇者様でございます」


と、言ってもいないし思ってもいないことを拡大解釈して騎士は膝をつき、感涙していた。


「元騎士団長たるアルグレイ・アストレア殿がそう言うのなら安心ですな」


と、なぜか無駄に存在な説明口調で老紳士風の男性ーー先ほど、商業大臣といった男が笑って。


「正規勇者様は弓の勇者である僕を数分足らずで倒すほどの実力者です、期待しないと言うのは嘘になりましょう」


と、先ほどボコボコにしたあまり強くない弓の勇者が感服した様子でマコトに微笑みかけて。


「正規勇者様にお会いできたことに感動しているのはわかりますが、まずは現状を整理しましょう。問題は4つ、まず一つ目は今現在王都を囲う天撃の魔法陣。解析は済んでいるのでしょう?」


と、王女まで心底期待した様子でマコトを見る。


そしてマコトはーー


「『やべえええええええ!!!!!????何これなんでこいつら期待してんの!?』」


洒落になれないほど、怯えていた。むしろドン引きという表現が近いかもしれない。

冷静になれ、とマコトは自身に言い聞かせて熟考する。

勇者伝説という本には確かマコトではなくシンジという名が書かれていたはずである、なのになぜこいつらはマコトという名前で反応し、尊敬の念を抱くのか。


ここで一つ思い違いがある、マコトが言う勇者伝説というのは後期版であり、前期の初期出版物においてはマコトときちんと名前が書かれている。

この場にいるのは誰も彼もが上流階級出身で、子供の頃ーーそう数十年前紙の本が普及していない時代に本を購入、初期出版物を入手できた家系の人間であった。

つまりこの場にいるの人間は正しく本を読み、勇者の名前を認識している。


無論童話など所詮童話に過ぎない、けれどその活躍を裏付ける証拠は各地に残っているし、あちらこちらに話が残っている。

ここにいる人間は夢物語として勇者伝説の本を読んでなお、部分的には実話であり、英雄に夢見た少年らだったのだ。


例えば商業大臣の老人、彼は勇者伝説において迫害される勇者に陰ながら援助していた商業大臣の脇役に憧れ今の地位にたどり着いた。


例えば元騎士団長の老騎士、彼は勇者伝説において騎士らしい誇りを持ち全ての種族に分け隔てなく接した主人公に憧れ、騎士道を志した。


例えばーー例えばーー


と、いう事実をマコトは知らない、マコトからすれば勇者伝説という本はシンジという男が改変し自分を貶めるために作ったものとしか思えていない。


狼狽するマコトの隣で、なぜか誇らしげなユイはニコリと笑いその整った口を開いた。


「解析した結果天撃の魔法陣は解除は不可能とわかりました」


淡々と地図上に魔法陣の補助のために設置された触媒と魔法陣の場所、それらを書き足していくユイに訝しむ視線が集まる。

その疑問の代表のように老騎士は質問を投げかける。


「失礼、そこのご婦人は何方か?」


「私はマコトさんの妻ですが何か?」


「なるほど、あいすまん」


なんでそれで納得するんだよ不審者でしょうが!?とマコトは切実に心の中から叫ぶ。

ユイを引っ張り出すついでに自分もこの期待マックス空間を抜け出したかった、いやもう今すぐ出たいほどだった。


けれど運が悪いことに勇者伝説の初期出版物にはこう書かれている。


[勇者を支え、かつて敵対していながらも共に戦い、世界を救うのに貢献したエルフの王女ーー]


しかも無駄に丁寧な描写で二人のあったことやなかったことまでまるで恋愛小説か何かのように書かれているため、この場にいる人間はエルフ耳とマコトの妻という発言で一切の疑問を捨てていた。

どちらかといえば今この場にいる人間は感動のあまり打ち震えているまであった。

夢にまで描いた物語、子供の頃憧れた英雄達に対面できている、何故今自分はサインをしていただけるものを持っていないのかと後悔するほど。


焦るマコトとは裏腹にただひたすら旦那が珍しく尊敬されているのを心地よく感じたユイは語り出す。


「不可能とは言いましたが、魔法というのは全て起動、解除が可能なものです。そして不可能な理由なのですが、起動に必要な軸、天撃という術式の本体でもいうべきでしょうか。それがーー」


そっとユイは地図の上に置かれた人型のコマ、自分の娘を指すそれを拾い上げる。


「この、エルフの反逆者たるアイ、彼女と共にあります。魔術を解除するためには彼女が持つ恐らく何らかの触媒を破壊しなければいけません。ですがーー」


もう一つのコマを取り上げて、アイのコマの横に寄せる。


「彼女に協力するエルフの賢者、最も古い魔導士と呼ばれるエリックが彼女に協力しています。ですから天撃の解除のためにはこの二人を打破しなければいけない」


「待ってくれ、どうしてそこまで知っている?」


「それは娘と父のような人物ですからよく覚えていますよ。アイはうちの長女で、数年前にマコトさんを殺そうとして私が倒しました。命を取らずに改心してくれると、エリックに任せたのですが、今こうやってテロを起こしている」


身内から国家転覆を狙う人間が出た、本来ならばそれだけで極刑に値する物。

今の緊急時にそんなことをいう人間はいない、いない上にユイの顔を見て、誰しもが押し黙る。


「子供が間違いを犯して、人様に迷惑をかけて、ましてやその命を奪うようであれば私は親として娘を殺しましょう」


鬼気迫る顔で語る彼女を見て、会議に同席していたマコトの妹、桜はそっとマコトの肩を叩く。


「その、兄さんはそれでいいんですか?」


「......」


「娘、というか私からしたら姪、その子を殺してしまっていいんですか?」


「.......正直、俺にもどうすればいいのかわからないんだ。アイは娘だ、百年と少し前に魔王との戦いの前にユイとの間でできた子だ。俺がいなかったせいであの子はあんなになっちまったのかもしれない。俺のせいなんだよ、結局」


手の震えが止まらない、止めどなく思い出と感情が押し寄せては引いていく。

さまざまな考えが脳裏を駆け巡り、今の現状をどうにかしたいと考えている。

けれどその過程のどれにも娘を手にかけるという判断が出せていなかった。


アイは犯罪者だ、娘は、長女は国を敵に回す大犯罪に手をそめた。

親ならば叱るなり、対処するなりどうにかしなければいけない、けれど脳はその考えを否定してこうやって言い続ける。


「自分の子供が悪いことをしたのなら叱らなければいけない、止めなければいけない、それが正しいとわかっててもあの時ーー七年前に、アイに殺されかけて、俺は抵抗しようとも、説教しようともしなかった。それで娘が楽にならと思って、殺されてもいいと思った。ユイがとめに入らなかったら俺は殺されていた」


娘も百歳以上生きている、それこそエルフとして長命、これから数百年の時間を生きていくのだろう。

ハーフエルフとなっても寿命は長いことに変わりはないだろう、だからこそ。


「これからの娘の一生が、俺のせいで台無しになって、何百年も恨みを抱えて生きていくぐらいだったら、俺は死んだ方がいいんじゃないかって」


手が震える、自分と違いユイは迷いなく、いや迷いに迷って尚、手にかけるという判断を下した。

それはきっと正しくて、親として子供を止めるべきなのだろうけれど。


「俺には、できない。あの子が怖いよ。メイリーが殺されるのもどうにもできなかった、人並みの一生を幸せに生きてもらいたいと願ってた。なのにそれすらできなかったんだ」


胃の奥底から込み上げてくるものを感じて、マコトは口を押さえる。

ざわざわとそのおかしな様子に安否を問い慮る声が出るがそれを聞く余裕がなかった。

会議室を出て、吐き気を抑えて、ただひたすら現実から逃げるようにマコトはフラフラと廊下を歩く。


わかっていたはずだ。


あの時、娘に殺されかけたその日、自分はいつか選択肢を選ばなければいけない時が来るのだと。


けれど今はその現実がただひたすら生々しくて、妙にリアルで、それでいて非現実的にすら見えて、どうしようもない感情の奔流に胸を引き裂かれて。


ユイはどうにかするといった、殺すとすら言った、彼女はそうやって選択した。


商業区を滅ぼし、メイリーの命を奪った、今回の件で被害を受けた人間の数は数万はくだらない、産業の要であり、交易の中心地である商業区が滅ぼされたことで今後の利益にも大規模な損が出るはずだ。

そうなれば職を失った人間が溢れかえり、景気は悪化し、それこそ本当の地獄が生まれる。


ここでアイを逃せば、彼女はこれからまた犯罪を犯し、人々を苦しめて、自分の信じる何かに従って間違いを犯すに違いない。


アイは、天撃の結界からは逃げられない。

彼女が触媒を持っている、触媒、巨大魔法陣の本体はその円の中にいなければいけない。

何を触媒にしてるかはわからないが、恐らく何か強力な遺物か何か。

天撃は恐らくブラフ、スライムが狙い、けれど出入りを塞ぎいつでも殺せると示すために保っている。


そうやっているうちはアイは、娘はこの王都の中にいて見つけられる可能性がある。


気持ち悪い。


吐き気が止まらない、こんなにも娘を手にかけることが、そんな選択肢を取ることが恐ろしいと思わなかった。


ただひたすら現実から目を背けて逃げるように歩き続けて、気がついた頃には王城のベランダにまで来ていた。

照りつける太陽が眩しい、山の方から流れてくる爽やかな風が汗ばんだ肌を突き抜けて冷やす。

新鮮な空気に触れて少しだけ呼吸が楽になる。

市民の暴動が王城の城壁にまで迫っているのが視界に入った。


誰も彼もが怯えている、怒っている、だからこそその吐口を探して国に文句を言っている。

今は騎士団の連中がとどめているがどれほど続くかどうかはわからない。


視界の遠く、南西の方向の商業区、王城からでも緑色の液体が見える。

人々の死体を飲み込み、いや、生きたままでも飲み込んでいた。

ありとあらゆる食事可能なものを満遍なく食い尽くし、ただひたすら災害のように移動する。

今の移動速度は遅い、けれど着実に迫っている。


王城へと、淡々と。


これはきっと俺に対する罰なんだろう、とマコトは思う。


異世界に転移して、訳もわからないままに敵を殺して、命を奪って、果てには友人の、自分を信用し、友として愛してくれた親友を手にかけて。

家族ができてもその家族ですら満足に幸せにしてやれなかった、娘はこうしてテロを起こしているし、ユイは百年もの間一人ぼっちであの小さな家で過ごしていた。

次女のユキだって今は幼稚園のお泊まり会とはいえ、放置だ。


「これじゃあ、親失格だな、俺」


そもそも親になる資格などなかった、だというのにそんな大層なものになって、幸せにしてやれると勘違いして、思い上がっていた。


ふとベランダの下を覗き込めば、数十メートルはある、もし一思いに身を投げれば脆弱な肉体は簡単に壊れて命を落としてしまえる。

そうすればもうすでに行ってしまった友人や、ずっと謝りたくて、感謝の言葉を伝えたくて、けれどその命を奪ってしまった親友の元へと行ける。


もう、疲れてしまった、どうすればいいかなんてわからない、今こうして選択できずにうじうじとしている間にアイは被害を広げている。

ベランダの上、豪奢に加工された柵の上に立って、爽やかな風を浴びながら、そっと足を。


「おい坊主。久しぶりに見たと思ったら何しけたツラしてるんだ?」


懐かしい声がした、ぶっきらぼうで、けれどどこか優しさのあるその声がした。

そっと柵からベランダへと降りて、声を発した人物の顔が見えて、息を呑んだ。


「......百年ぶりですね、師匠」


「おう、出来の悪い弟子。見ない間に随分と老けたじゃねぇか」


老人とも青年とも見える不思議な人物であった。

二十代と言われればそうとも見えるし、六十代と言われても違和感がない、白髪だらけで、所々に黒髪がちるように残って居る。

顔は整ってはいるのだが、無精髭が鎮座しているせいで絶妙にダサい。

背中に巨大な剣を抱えて麻色の外套に身を包んでいる。


百年前にマコトに武術、開花や魔力操作などの術を教えた張本人であった。


「そういう師匠こそ見ない間に変わってませんね、百年経ってるんですよくたばってくださいよ」


「可愛げのないガキだぜ、久しぶりに見に来てやったらこれだよ」


「そうですよ、百年も何してたんですか。まあどうせ酒飲んで美人のウエイターにセクハラでもしてたんでしょうけど」


「失礼なやつだが違いねぇ。随分と懐かしい匂いがしたもんだから来てやったんだ。どうだ?タバコでも吸うか?」


懐からタバコを一本、取り出して見せる。

ニヒルと笑い無精髭をかくその姿が今はどこか頼もしいとマコトは感じてふと肩の力を抜いた。

こわばっていた体の力が抜けて、ゆっくりと呼吸が楽になってくる。


「どうやら俺の教えを忘れてねぇようだな」


「いつだって力を抜いて、冷静に」


「んだ。テメェほど覚えの悪い生徒はいねぇがそれぐらいはできたもんだ」


随分と失礼な話だ、マコトからすれば覚えの悪い生徒というのも否定できないし、反論する気力もない。

震えた足から力が抜けて、はたりと柵へと寄りかかって、座り込んでしまった。

それを見た老人は懐からタバコを取り出して火をつけると丸い煙を吐き出してマコトの隣に立って柵に寄りかかる。


そこには沈黙があった、ただひたすら静謐な空間だった。

サラリサラりと流れる風の音だけがその場所を満たしていた。


タバコの半分ぐらいが灰に変わり、もくもくとした煙を老人が吐き出して、静謐を破った。


「お前は物覚えは悪かったが、人のことを誰よりも考えられるやつだったし、なにより諦めが悪かった。どれだけお前にはできねぇ、勇者にはなれねぇ、テメェのダチを弔ってやるために勝つのなんて不可能だって言い聞かせてもお前は諦めずに食らいついて、戦う術を覚えようとした」


懐かしむようにどこか楽しくて、それでいて虚しい感情を顔に浮かべて。


「それと人の痛みをわかってやれるやつだった。てめぇが一番大変だっつうのに剣聖におせっかい焼いたりして、敵だった奴にまでわかってやろうとする。お前は周りの人間を変えていった。最初は一人ぼっちの泣きべそ野郎だったのが気づいたら、友人がいて、認めてくれるジジイがいて、本音を言える女がいた」


「......何が言いたいんですか」


「お前はいつだって俺のいうことを聞かなかったろう、全部自分の好きにやってきたわけだ」


そう老人は言ってニカっと屈託のない笑いを浮かべて。


「俺の一番弟子はそこまで雑魚じゃねぇって言ってんだよ。お前の娘だって自分の好きにしろ。世の中がどうとか、親としてどうとかなんてほっぽり出して、自分の好きにすればいいだろう。本当は助けたい、とかな」


「でも」


ーー私が殺しましょう。


「でも、それはきっと正しくないんです。ユイのほうが圧倒的に正しい。人を殺して、街を壊滅させて、生活を奪って、だからこそ親として、一人の娘の母親としてユイはアイを殺すと言った」


「他人がどうとか気にするやろうじゃねぇだろうお前は。もし娘が間違ってるって思うんだったら殴ってでも引きずり戻してやれ。罪の償いはできる、そう、できるんだ。だからこそ償いのために、誰かが引きずり戻してやんなきゃいけない」


「でも」


「でもでもウルセェなデモクラシーかよ。漢のくせにグダグダとウルセェんだよお前は。何度も言ってるが好きにやれ。道を踏み外したガキの手を握りしめて引っ張ってやれ」


......人は変われないと、マコトは思う。

悪人は更生できないし、どう頑張ろうが悪人は所詮悪人で、もう一度同じ罪を犯す生き物だと。

娘だって変わらない、こうして街を壊して人を苦しめて、生活を崩壊させた彼女はもう後戻りできないのではないだろうかと。


でも、いや、もうでもなんて言葉はいらないとマコトは笑って。


「諦められるほど安いもんじゃない」


「やっとマシな顔になったじゃねぇか。ったく、久々にあったから挨拶をしてやろうと思ったっていうのにこれだよ。気の効かない弟子がいたもんだ」


ぼやきながらタバコの煙を吐く横顔を見て、ふと思い立った言葉を口に出す。


「タバコって美味いんですか?いつも吸ってますけど」


「なんだ?お前もそういう年頃か?......そういや昔そういう約束をした覚えがあるな」


「ああ、俺が未成年だって言ったら、師匠がじゃあ吸わせられねぇだろ馬鹿野郎、酒もってこいボケナス。十年経ってから出直してこい、とか言ったやつですか」


「それそれ、どうだ、体に悪い大人の味を試してみるか?」


「一本」


「よし、それでこそ俺の弟子だ。ほらお、幸運の一本だ、大事に吸え」


老人はまたしても懐のどこかから取り出したタバコを一本取り出すと、慣れた動作で燃焼石に押し当てて火をつける。

ふっと、息を吐いて火を消せば見慣れた煙を吐き出す一本が出来上がった。

慣れない動作でタバコを受け取り、老人が吸うのを真似てマコトは口で咥えて吸い込んだ。


熱い甘ったるい煙が肺いっぱいに広がり、身体中が悲鳴を上げた。

人がとるもんじゃねぇ、何ツッコミやがったと抗議をあげて、思いっきり咳き込むと口の中に詰まった煙が勢いよく吐き出される。

しばらく咳が止まらず、死にそうになっているマコトを見て、ガハハと老人は笑った。


「ガキにはまだ早い、この味が人生の苦味に合わさって旨味に感じられるようになってから出直してきな」


「もう二度と吸いません......ゲホッ......なんでこんなの吸うんですかね」


「酒と一緒だ、大人っていうのはろくでなしなんだ。こんなもんがなきゃやってけねぇんだから」


そうですかろくでなしです、師匠が言うと説得力がありますねと皮肉をこぼせば、何をいうんだこのガキ!とヘッドクローをかまされて。


懐かしい在りし日のような会話を繰り広げて、数分した頃に、マコトは立ち上がった。


選択肢なんてどうでもいい、選択なんて知ったことか、誰かが用意した物なんて適当に放り捨ててゴミ箱にでも入れとけばいい。


「俺は好きにしますよ」


「勝手にしろ、俺は知らん」


ぶっきらぼうに言いながら、老人はふと眼下の街を見下ろして舌打ちを一つ。

がらりがらりと瓦礫が溢れる音がして、マコトが見下ろせばそこには動き出したスライムの姿があった。

市民の喧騒が広がる、死の足音が、瓦礫とともに近づいていく。


老人はタバコの吸い殻を唾を吐いて消すと、それを懐の缶に突っ込んだ。


「俺は一切協力しねぇ。お前自身の力でどうにかしろ。不満は?」


「いつものことすぎて何もいうことありませんよ。勝手にやりますから」


「知ってた。知ってて聞いたまである。そうだ、もしもの時にこれを食え。割となんとかなるぞ」


ぶっきらぼうにそう言って赤い団子のようなものを渡すと老人は風とともに姿を消した。


どうせロクでもないものだろうと決めつけて、団子を懐にしまう。

未だに慣れないタバコを吸ったせいで、肺がムガムガするが、知ったことではない。


俺は好きなようにする。そう決めて、マコトは駆け足で会議室に戻るのであった。






ーー





暗く、ただひたすら暗闇が広がる空間にポツリで白色のインクが溢れた。

黒一色のその空間で少女はのそりと身を起こして身体中をペタペタと触る。

先ほど悪魔を絶対に殺す聖火でできた炎の槍で身体中を貫かれたはずだった。


けれど四肢はきちんとあるし、腕も吹き飛んでない。腹部の痛みも感じない。

最後に覚えているのは何かに食われて、気がついたらここにいた。


あたりを見回しても、何も見当たらないし、どうしたものか。


髪留めが解けて散らばる長い髪を耳の後ろへとどかして、メイリーは首を傾げるのであった。























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なんで異世界勇者の俺よりも嫁と娘の方が強いの.......? @Kitune13

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