第2話「黒猫と残機」

 塾の授業が終わって、使った机を塵取りで掃除する。自習室の方まで見て回り、消しカスの取り残しがあったら順次回収していって、ゴミ箱の中へ捨てる。

 荷物の回収と塵取りの片付けをして帰宅する。


 家までは徒歩で10分くらいで到着する。途中で公園に併設されている野球場とテニスコートの横を通るが、つい前まではこの時間まで練習していたテニス部も、さすがにこの寒さでは練習はしないらしい。


 そのままテニスコートを横目に、今年の夏に有名になった小説を読もうと畳まれた携帯を開いて文章に目を通そうとする。


「──ねぇ、君。」


 その声は足元から投げ掛けられたような、後ろから囁かれたような、正面から話しかけられたような、出所がよくわからない声だった。

 掲げた携帯に隠されて、人影が見えたような気がしたから、多分は正面からが正解なんだろう。


 携帯をカバンの横ポッケしまいながら、話しかけてきた人影に焦点を合わせる。


 そこには


「──今の生活に退屈してないかい?」


 黒いウエディングドレスを着た女性の人形がいた。

 顔を見る──正確には目線を合わせる──のは、なんというか、気がしたから、けど全く見ないのも失礼と感じたので、気弱な人物を演じて目線は合わせないことにした。


「…。自分…ですか?」


 まず人違いはない。後ろに人がいないのは足音でわかる。前にも人はいない、となると間違いなく自分ではあるだろう。


(…なんでこんなところでウエディングドレス?)


 街灯の光による逆光のせいか、口元以外がなんとも認識できない。


「そう、君。もし退屈しているなら、ひとつ頼み事を引き受けてくれないかい?」


 そう言いながら、その人は近づいてくる。


「えっと。何を…?そもそも誰ですか?」


 近づいて気がつく。そのドレスの胸元には直径約10センチメートル程のほぼ球形の結晶がついていた。色はほぼ漆黒で、ところどころ赤い線が入っている。


「何。難しいことじゃない。君には私の残機になってもらいたいんだ。」


(…人の話を聞いてくれねぇ…。)

「いや、あの。何を──」


 ズイッと、顔を近づけられて、思わず目線が合ってしまう。


瞬間


賽子が転がる音がして


「──受けてくれるね?」


自然と頷いていた

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小学生からやり直したい──そう、思ったことは?多分ありますよね? ブルーブロッコリー @40401943

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