裏切りの日常(ネカフェ)

「いらっしゃいませ、ご利用は初めてですか? 」

 家族以外との会話は幾年ぶりだった。

「あ……あうあう……」挙動不審に陥いり意味不明な喘ぎ声を出しながら、キミィは大慌てでポケットを財布から取り出し、会員カードを見せた。

「ああ、ご会員様でしたか。ご希望のお席はありますか? 」


「う……あ、ふ、ふらっと……」


「フラットの何番のお部屋をご希望ですか? 」


「う……あ、き、喫煙……」


「何番ですか? 」


「う……へへへ……」

 刺す様なその店員の視線に、キミィはボリボリと顎髭を掻いて気味の悪い笑みを浮かべながら受付のモニターを眺めた。

「2、24番……」


「24番は、禁煙席ですが、宜しいですか? 」

 慌てて、もう一度画面を見て、老眼が始まった双眼をジッと近づけた。

「え~え~……ろ、64番? 」

「はい、64番の喫煙フラットですね」

 もう、そうなると受付の店員はさっさと済ませようと、素早くレジに指を躍らせる。


「では、ごゆっくりどうぞ」

 差し出していたキミィの手には乗せずに店員の女性は、トレイに伝票とカードをまとめて置いた。

「……うへ」意味不明な声が漏れたので、愛想笑いのつもりの気持ち悪い笑みを浮かべて、キミィはその伝票とカードを持って、ブースへと向かった。


個室に入ると、同時に瞬く間に汚らしいデニムとパーカーを脱ぎ捨てて、キミィはダボダボの黄ばんだタンクトップと股間部がバックリ裂けたトランクス姿になり、PCの前に飛び込んだ。


「ぬっふふ~ぬっふふ~」

 ギャンギャンとマウスを掛け巡らせると、目的のアニメ見放題アプリ目掛けてキミィは猛ダッシュを掛けた。

「むむっ‼ 」

 だが、目前で一瞬その手が止まる。

 矢印型のポインタがモニターの向こうで示していた広告にはデカデカと『ロリ系アダルトサイト大量入荷』と書いてあった。

 キミィはふーと、荒く鼻息を一息吹くと、クククと不気味な笑みを浮かべる。

「駄目ですなぁ、ダメですよ。偽りのロリなぞ、真の幼女に比べれば屁の足しにもなりませぬ。なればこその、幼女アニメの需要なんですよ。リアルで幼女とラブストーリーなんぞ運べば、来世までの罪にこの世界では罰せられますからな」


 そうして、3時間程幼女アニメを堪能した後キミィは深い眠りに落ちた。

 この時だけは――戻れるのだ。

 朝も昼も夜もグータラ惰眠を貪れた、あの怠惰に塗れた時代へと。


 ――更に9時間後。

「あの~、お客様もうすぐパックの時間が……」

 引き戸を少し開けた女性店員は、全裸同然で大の字に眠るキミィを見て絶句した。

「うぎゃあああああああああああああ‼ 」

 ブース内に女性店員の悲鳴が挙がったのは間もなくであった。





「いや、だから違うんですよ。はい。裸でブースの外に出てた訳じゃなくて。はい。監視カメラで確認してもらえません? 」

 その大きな顔面を汗まみれにしてキミィは捲し立てる様に早口で弁明する。

 場所はネットカフェの奥の奥。まるでそこは地の底の底。

 そこにキミィは半ば強制的に連れて来られていた。


「いやね? お客さん……うちの従業員は無理矢理お客さんの裸を見せられたって……言いよるんですわ……こうなったらね? うちゃあ、やっぱり……従業員を信用したいんですよ」

 キミィをここに連れてきて、目の前で能面の様にこちらを見つめてくるその男は、背筋が冷たくなるようなトーンでそんな風に言ってくる。

 先程から、1つも話が展開しない。いい加減キミィと言えども怒りが込み上げてくるのを己で感じ取れた。

「あの、従業員の女が勝手にブースの戸を開けて入って来たんですって‼ 寝てたんだからノックにも気付かなかったんですって‼

 少なくとも、俺がこの店にてそういった不埒なま……」


「お客さん‼ 」

 そのキミィの捲し立ては一瞬にして押し止められた。

「それは、うちの従業員の……‼ 彼女に対しての侮辱ですよねぇ⁉ 彼女はね? うちの店でとても評判のいい優秀店員なんですよ⁉ そんな彼女がね? あんたのその変態な行為でもう働きたくないとまで言っとるんですよ⁉ それで、あんたは全部その責任を彼女に押し付けて、彼女を悪とするわけですか? 」

 思わず、キミィは「はぁああ? 」と弱弱しく息を吐いた。

「いや、そんな事を言って……」


「あー、そうですか、じゃあこっちはあんたが今言った彼女の侮辱を受けて、憲兵に行きますよ? いいんですよ? あんたがその気ならね? うちは憲兵さんの常連もおりますし、すぐに話は通るでしょう‼ 」

 キミィはその眉をへの字に傾かせ、もう言葉も出ない様子だった。それを見た店員は勝ち誇った様に鼻を鳴らした。

「はい、じゃあ罪を認めてこの書類に印鑑、押してもら……」


「呼んでください」

 今度は、キミィの番だった。

「は? 」店員が、視線を手元の用紙から持ち上げると、そこに映った肥満体系の醜い中年男性は疲れた様な表情でこちらを見定めていた。

「憲兵を呼べ。いや、アポトウシス王国の憲兵総督、アルトリウス・ジェイドを呼べ」

 先程までのおどおどとした様子は消え入り、堂々としたその態度は店員を更に激怒させた。

「じょ、じょじょじょ上等だよ、このくされデブが‼ 憲兵総督だろうが、国王だろうが呼んでやんよぉおお‼ 」

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いちばん低俗な異世界ファンタジー ジョセフ武園 @joseph-takezono

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