倶禅の夢

安良巻祐介

倶禅ぐぜんの夢」というを買い求めたギャラリイからの帰り、雑踏の中から見上げた夜空の月は、うすいみどり色をしていた。

 それはちょうど、筒の中へ納めて小脇に抱えたその画――先ごろ夭折した縮痒症の西洋画家による、見たこともない「日本」を描いた、聊か時代にそぐわぬほど純粋なオリエンタリスムの一幅――に使われている、どこか気の遠くなるような翠色そのままで、思わず眼鏡を外し、月の朧な円い輪郭を眺めていると、ネオン・サインに彩られ、無数の広告を纏ったビル群が、画の中にあったひどく美しい、但し到底人の住めそうもない、細く脆く幻想的な錐体の集まりへと、音もなくかたちを変えていくように思われた。

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倶禅の夢 安良巻祐介 @aramaki88

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