はぁ……母達よ
「……」
「……」
対面し、笑い合うルゼルとルナリード。
ロクナナはルナリードの両脇に座り、死んだ目の幼女はルゼルに抱っこされ、私はキッチンでルゼルの手土産を広げてフリーズしていた。
「ルゼルおかぁさん、これ……誰が作ったんですか?」
「パンパンのみんなと作ったぞ?」
パンパンのみんな、と。
みんなの表情を確認してみる……幼女は死んだ目から一筋の涙がこぼれ落ち、ロクナナはルナリードに抱き付いて震え、ルゼルは無駄に自信満々の表情。ルナリードは眉間に皺を寄せるだけ……
ルゼルとみんなが作ったオードブル……揚げ物、中華、煮物……色とりどりのおかずが詰め込まれ、見た目は完璧だった。庶民的なオードブルだから、味の想像が出来て余計に怖い。
……どれだ? どれがルゼルの作ったやつだ?
くそっ、わからねえ。匂いも完璧だっ……いや待てよ、あれだけ自信満々な顔だから、まずくは無い筈。
「……一個食べますね」
「あぁ、召し上がれ」
どれだ? 一番手を加えていなさそうな……生ハムだなっ!
薄く切られた生ハムを食べる……むっちゃむっちゃ……絶妙な塩気、食感、鼻を抜けていく夜を駆けるゴブリンの腰ミノみたいな豊潤な後味……
ぐああぁぁぁ! くっそまじい!
いきなり当たりを引いたっ!
嘘だろ? 生ハムでこれか?
くっ、星モードを起動。これで、私は死なない……私は……
「……さぁ、雑談でもしながら……みなさんも、食べて下さい。私は、嬉しいんです。ルゼルおかぁさんとルナお母さんが一緒に居るなんて夢みたいで、こうやって家族でご飯を食べられる時が来るなんて思わなかったから……あっ、すみません取り分けますねっ!」
「あすてぃ……」「アレスティア……」
……よし、オードブルを、取り分けよう。
「ロクナナ……アレスティアが取り分けとるぞえ……止めんと大変じゃぞ」
黙れ幼女。
良いのか、そんな事言って。
この場の主導権を、誰が握っているのか……
ルゼルの料理が美味くなるように、試作を重ね……私がどれだけ犠牲になったか……思い知るが良い!
「アテアちゃん、食いしん坊だから……たぁくさん、盛り付けてあげますねっ」
「なっ……やめいっ! わっちを殺す気かっ!」
「アラステア、どうしたんだ? こんな美味しそうなご飯を前に…まさか、食べないなんて、言わないよな?」
「……ルゼル、パワハラって知っておるかの?」
「アテアちゃん……抱っこされているから、食べさせてあげますね」
「い、いや……やめるのじゃ……嫌じゃっ! 嫌じゃ嫌じゃいやっ…もがっ!」
とりあえず適当に、クリームコロッケを口に突っ込む。
幼女が恐る恐る噛むと、ほっ…と安心した表情になった。うわっ…めっちゃどや顔して腹立つ。生ハムも突っ込もう。
「美味しい、ですか?」
「んぅ、おいひいぞえ。うん、うん、うん? きぃゃぁぁぁあああ!」
「叫ぶ程、美味しいんですね。良かったです。じゃあ、ルナお母さんもどうぞ」
「い、いや…私はさっき食べたから……」
「お互いの料理を食べる事は、仲良しの第一歩…ですよ? ロクちゃん、ナナちゃん」
「「はいっ!」」
従順なロクナナがルナリードの両腕にしがみつき、私がルナリードにエビフライをあーんしてあげる。
小さく首を振って食べたくないアピールをしているけれど、食べてくれないと改善点が解らない。
これは、ルゼルママンの料理スキルを上げる為に必要なんだ。
「ルゼルおかぁさんの、改善点を教えて貰わないと、みんなの寿命が減っていきます」
「そもそも、作らなければ良いだろう……」
「パンパンで役立たずの母を見ていると、娘としてはなんとかしてあげたい気持ちなんです。やっと、やっとルゼルおかぁさんがみんなの前で人並みの生活をしようと頑張っているんです。今まで一人で恋愛映画を見て自分探しの旅に行く生活から抜け出せそうなんです……その一歩として、協力してくれませんか?」
「……わかった、アレスティアの頼みだ……食べよう」
「あすてぃ……そんなに我の事、思ってくれていたのか……」
「のうルゼル、それわっちが言ったらお主はキレるやつじゃぞ。馬鹿にされておるのぬあぉっ! やめろっ、もう食べたくないのじゃ! いやぁぁぁぁ!」
エビフライをあーんして、サクッと良い音が響き、ルナリードの咀嚼をみんなで眺めた……
首を傾げ、ピクリと後味を堪能したのか次第に表情が変わっていく。
「ルゼル……感想を言うが……怒らないで聞いてくれ」
「……わかった」
「死ぬほどまずい」
「……」
ルナリードのストレート口撃……ルゼルが素直に落ち込んでいる。
「なにをどうやったらこんなにクソまずい物体が出来る? 食材への冒涜だ、食品サンプルの方が美味しいぞ」
「……ぅっ……だって……」
「ル、ルナお母さん? 一言で充分ですよ……」
「一言で言い表せないまずさなんだ。これ、どうするんだ? お前の作ったものを混ぜやがって、分けろ。今すぐ分けろ」
「……ぅぅ……我も頑張ったんだ! 教えてもらった通りに作ったんだ! みんなもこれなら死なないって言ってくれたんだ!」
「死ぬ死なないの基準じゃない! 今まで何人死んだ?」
「ふっ、まだゼロだっ」
「自信満々に言うな! 来い! なにがいけないか見てやる!」
「……やだ」
ルゼルが私においでおいでしている……慰めて欲しいのね。ルナリードが私においでおいでしている……味方になって欲しいのね。
どっちを選んでも、どっちも悲しい顔をするのね。私にはその未来が視えるわ。
そんな未来、嫌だよ。
「こうしましょう……三人で、料理をしましょう。ロクちゃんとナナちゃんが美味しいと言うまで……料理をしましょう」
「あすてぃ……ロクナナは、意外とグルメだ……無理だ……それにこいつと料理なんて……」
「アレスティア……何年、掛かると、思っているんだ……それまでルゼルと一緒なんて、考えられない……」
「何年掛かっても、美味しいと言うまで料理をしましょう。三人で……料理をしましょう。私は、しつこいので、何度でも言います。自分の母が二人も居るんです。私は、幸せなんです……だから、仲良くしてよっ!」
「「……」」
なにさ、言いたい事があるなら言いなよ……そうやって、歩み寄ろうとしないから……腹立つんだ。
「二人に昔何があったかなんて解らない、殺し合った仲かもしれない、でも、同じ娘を愛しているんでしょ? 趣味だって似ている、同じ花を綺麗だって言える、なのに…強がって、張り合って、仲良く出来ないなんて勿体ないよ……二人で一緒に、私達家族みんなを愛して欲しい……出来るでしょ……二人も家族なんだから」
「家族……我と、ルナリードは家族だと、いうのか?」
「家族じゃなきゃ、なんなのさ。ルゼルおかぁさんも、ルナお母さんも、パンパンのみんなも、アテアちゃんも、ロクちゃんナナちゃんも、コーデリアも私の家族だ。まさか……ルゼルおかぁさん……家族は私だけなんて、言わないよね?」
「もっ、もちろんだ。みんな……家族だ」
「ルナお母さんも、そう、思いますか?」
「あぁ、家族だと思っているよ」
……ルゼルとルナリードが目を合わせ、何か目で会話している。
……険悪な雰囲気じゃないから、少し、安心した。
「アレスティア、わっちも、家族に入れてくれるのかえ?」
幼女が私に期待した目を向けている……なに、家族って言ったから嬉しそうだな。
「もちろんですよ。忘れていましたがアテアちゃんってアラスの女神なのでみんなの母じゃないですか。私の名付け親でもありますので……そのどや顔はなんですか?」
「……いや、わっちも嬉しいだけじゃ。まっ、ルゼルとルナリードやお主らも良い歳なんじゃから、自分の幸せよりも娘の幸せを優先する事じゃな。答えなんて、目の前にあるじゃろ」
「そんなの、わかっている」
「あぁ……言われなくても……」
「娘が言わんと動かん癖によう言うの。親というものは、別々に愛すよりも、一緒になって愛した方が子供は喜ぶて。いっその事……父親探しでもするかの?」
「「それは駄目だっ! あっ……」」
「くっくっく、息ピッタリじゃな。そいじゃ、わっちは先に帰るで……折角料理するなら、酒のつまみでも作ってくれの」
幼女がため息混じりにロクナナに目配せし、ロクナナと一緒に帰って行った。
「「「……」」」
残された私、ルゼル、ルナリードの間に沈黙が流れる……
私は、最初に喋らない方が良いかな。
チラチラと二人の視線が交わり、目が合って、目を離し、目が合って……お見合いみたいだな……
おっ、ルナリードが目を閉じて深呼吸……
「……ルゼル、言い過ぎた。ごめん」
「……我も、意地になっていた。すまない」
少しの沈黙の後……
「ふふっ」「くくっ」
情けないというような、自嘲する笑いを浮かべた二人は、私を挟むような位置で立ち……
「「今回だけだ……くっ」」
同じ事を言って、二人で私を抱き締めてくれた。
「……ぅっ、ぅぅっ……おかぁさぁん……嬉しいよぅ」
「アスティ……ごめんな」
「はぁ……こんな簡単な事も出来なかった自分が情けない」
「コーデリアが、帰ってきたら、また、抱き締めて、下さいね……」
「「あぁ……約束する……」」
また、同じ事言って……恥ずかしそうにしている二人が、とても愛おしくて……私が泣き止むまで、抱き締めてくれた。
幸せだな……ふふっ、でも……素直じゃないから、明日には、また喧嘩していそうだ。
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