うん、気持ちは解るよ

 

「…なるほど、中々濃い一日ね」

「そうなの。お蔭でクタクタだよ」


 今日の濃い一日を報告してみた。ロクとナナと戦って、ディアが来て、雌豚に誘拐されて、イチと戦って、天明と戦って、ルナリードに出会った。

 マグロとカツオは割愛したよ。本来ならヘルちゃんがサバを受け継ぐ筈だったけれど、言ったら怒るから自重した。


「親に会った感想は?」

「認めてはいるけれど、関わらない方がお互いの為かな」


「破壊神って天異界では敵みたいなものよね」

「うん、この先はどうなるか分からないけれど、言いたかったお礼は言えたし」


 この件が終わったら、もう会わなくてもいいかな。

 幼女に迷惑が掛かるし。

 まぁルゼルに会っている時点で手遅れな気がするけれど……


「じゃあ行くんでしょ?」

「うん、正直一人だと心細かったから嬉しい。今日のスカート可愛いねー」


「ルゼルさんが用意してくれたみたい。ルゼルさんってかなり女子よね」

「そうそう、女子力高くて可愛いから無敵過ぎなんだよねぇ」


 裏世界の王は、きっと玉座の間だ。

 一応ここは城だし、探検した時に行った事はあった。

 ルゼルの部屋を出て、長い廊下をヘルちゃんと手を繋いで歩く。


「ねぇアスティ」

「なぁに?」


「その、もし負の力に心が支配されて、何かを壊したい、誰かを殺したい衝動に駆られたら…私を殺しなさい」

「そんな事ある訳ないじゃん」


「もしもの話よ。覚えておいて」

「やだ」


 ……やだよそんなの。なんでそんな事言うのさ。

 ふんだ、忘れたもんねー。


 小さくため息を吐いたヘルちゃんは、未だに呪いを送っている藁人形ちゃんにデコピン……ヘルちゃんが触ると藁人形ちゃんが弱る。聖女の影響かな。触り過ぎないでね。


「……確かここよね」

「うん、本当に居るのかな?」


「何も感じないわね」

「強過ぎると感じないとかあるから」


「……開かないわ」


 あれ? ヘルちゃんが扉を開けようとしたけれど、びくともしない。

 居ないのかな?


「あ、動いた」

 私も試してみたら開いたな。

 ……入ってみよう。その前に少し開けて覗いてみる。

 ……暗い。


「……お邪魔しまー…す。居ますかー?」

「その入り方はどうかと思うわ」


「ここの礼儀なんて知らないもん」

「まぁそうね。じゃあ早く入りなさいよ」


「なんか怖ーい」

「それきっと聞こえているわよ」


 むぅ。

 じゃあヘルちゃんが先に入りなよ。

 いやっ、睨まないでっ。

 わかったわかった入るよ。


 中は暗い。

 シーンと静まり、空気が止まって誰かが居る気配は無い。

 奥に行けば良いのか?

 確か玉座まで結構距離があった気がする。


「こんにちゎぁ……」

「……ちょっと空気が重いわね」


 一歩、また一歩と進む度に空気が重くなってくる。

 ヘルちゃんの手が汗ばんできた…いやこれは私の汗か。


「あっ、そうだ。次元転移出来るようになったから、他の世界に行けるようになったよ」

「あら、どこに連れて行ってくれるの?」


「んー、考え中…あっ」


 居た。

 玉座に座って微動だにしていない者……


『……』

「…初めまして。アレスティアと申します」

「…ヘルトルーデと申します」


 到着したらよく見えるようになった。

 玉座に座った黒いローブ姿の人物。

 黒いフードを深く被り、肌が見える部分は手だけ。その手は雪のように真っ白く、血が通っていないみたい。

 強さを感じない……Gみたいな強さなのかな?

 というか私と同じ格好だ……なんか服被りして嫌だな。


『きひっ…』

「「……」」


『きひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!』


 怖えよ。

 何? 笑いなの? 挨拶なの? 言語なの? よく分からない!


「…きひひひひひひひひひひ!」

『きひひひひひひひひひひ!』


「きひひひひひひひひひひ!」

『きひひひひひひひひひひ!』


「きひひひひひひひひひひ! ほらっ、ヘルちゃんもっ!」

「嫌よ」


『ようこそ。私は閻魔えんま。裏世界の王と呼ばれている』


 なんだよ普通に喋られるじゃねえか…私のきひを返せ。

 ようこそと言うぐらいだから歓迎されているんだろう。顔は見えないけれど、声は少し低い女性みたいに聞こえる…何処かで聞いた声、気のせいか。


「あの、ルゼルさんに頼まれて、咎星剣を受け取りに来ました」

『……渡すには、条件がある』


 条件…ただでは渡してくれないということか…ルゼルからは何も聞いていない。何を要求されるのだろう。

 閻魔がゆらりと立ち上がり、ふわりとした足取りで私達の前に立った。

 身長は私くらいだな。

 相変わらず顔は見えない。


「条件とは、何でしょうか」

『条件は…聖女ヘルトルーデの…』


 なにっ!

 あぁ…そうだ思い出した!

 裏世界の王は聖女好きで有名だ…

 最悪戦う事になるのか…

 ヘルちゃんは渡さんぞ!


「アスティ…」


 ヘルちゃんの汗ばむ手が強く握られている中、閻魔はヘルちゃんの前に跪き、真っ白い両手を差し出した。


『おぱんちゅ下さい』

「……あ?」


 ……ヘルちゃん、一応この城の主で王様なんだからさ…顔面は踏みつけちゃ駄目だよ。

 いや、気持ちはわかるよ。緊張感を台無しにされた訳だし。

 でもね、それご褒美だと思うんだ。


『はぁはぁはぁ、ありがたき幸せぇ』

「……」


 うん、そうそう。聖女に顔面を踏まれて、視線の先にはスカートから覗く白い楽園。私はこっちの気持ちが痛い程にわかる。

 羨ましいもん。


「ぃゃぁ…きしょぃ……」


 ヘルちゃん、泣かないで。

 なんとなく分かったけれど、多分言動は普段の私と大差ない。

 大差ないけれど、ヘルちゃんを泣かせた罪は重いよ。


「閻魔さん、いい加減にして下さい。ルゼルさんに言い付けますね」

『…それはご勘弁を。ついカッとなってやってしまった。聖女ヘルトルーデ、これで許して下さい』


 土下座するように謝り、王の威厳は微塵も感じられなかった。

 やっぱりルゼルが怖いんだな。

 ヘルちゃんは触りたくないのか、閻魔が差し出す物を受け取ろうとしない。

 私が代わりに受け取ろうとしたら、ヒョイっと躱された。

 ……こいつ…


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