ロクとナナ
ギュレスから遠く離れた次元の狭間。
コンクリートで出来た四角い家に、先程アスティ達と戦闘していた二人組が居た。
マグロに潰され、サバに切り刻まれた回復の遅い身体はボロボロになっていた。
「はぁ、はぁ…」
「ロク、まだ腕繋がってないよ」
「…分かってる。ナナも血だらけ」
「…ねぇロク」
「…負けたね」
「…悔しい」
ロクと呼ばれた黒い仮面の少女は、バラバラになった身体を繋ぎ止めるのに精一杯。ナナと呼ばれた白い仮面の少女は、血が止まらない状況だった。
再生能力や復活能力を駆使しても、アスティ達には敵わなかった。念入りに模擬戦闘を重ねてきた彼女達に、現実がのし掛かる。
『あらあらあらぁー? お二人揃って楽しそうねぇ?』
そこへコンクリートの床をカツカツと鳴らし、ロクとナナと似たような背丈の少女が現れた。背丈が似ているだけで、容姿は違う。ロクとナナの白黒の髪とは違う黒髪で、綺麗に仕立てられた黒いスカートが目を引く軍服。手には黒い鞘に納まった細身の直刀を持っていた。
「イチ…」
「何の用?」
イチと呼ばれた少女は、見下す様にロクとナナを見て口角を上げ…一枚の紙を取り出し、読み始めた。
『ふーん。今回の天異界襲撃で失敗したのは…序列五位ギュレスだけかぁ。他の皆は見事に世界を滅ぼしたんだねぇ』
「「……」」
私も含めて…それを言わずにロクとナナの反応を眺め、紙をクシャクシャと丸めて目の前に捨てた。
『あっ、そうそう。ディア様から伝言を預かっているのよ』
「…何?」「教えて」
『役立たずは戦線から離れなさいって』
「えっ…」「そんな…」
『うふふ。あなた方は召使いの仕事を割り振られたわ。頑張ってね、役立たずさんっ。うふふふふ』
イチはもう一枚の紙を床に落として軽い足取りで去っていった。ロクが紙を拾い、ナナは落ち込む様に項垂れていた。
「ナナ、行くよ」
「…ロクは、平気なの?」
「ディア様の為になるなら、平気」
「…そう。そう、だよね」
ディアという者の為。それだけが彼女達の信念であり、彼女達の生きる意味だった。
合言葉の様にディア様の為…と、不安を抑えるように呟いた。
「挽回のチャンスはあるから」
「でも、役立たずって…」
「それはイチが言っていただけ。ディア様はそんな事言わない」
「そうだね…ディア様は言わない」
ようやく回復が終わった二人は、心に不安を抱えたまま、コンクリートの家を出て紙に書いてあった場所へと向かう。
「この戦いが終われば、幸せな世界が出来るから」
「うん。幸せな世界の為に…私達、また戦えるよね?」
「もちろん。人手が足りない筈だから、直ぐに呼ばれる」
「それまでの我慢だね」
歩いた先、白銀の宮殿…そう呼ぶに相応しい威圧的な美しさを持つ建物に到着した。金と銀の豪華な正面扉を開けると、使用人やメイドの格好をした魔導人形が時間に追われるようにせわしなく動いていた。
ロクが魔導人形を捕まえ、事情を聞いてみる事にした。
「ねぇ、何が起きたの?」
『はい、ディア様が掃除をと』
「掃除? 綺麗なのに?」
『念には念をと仰っていました。ロク様とナナ様が来られたら奥の特別室に来るようにと』
「特別室? 分かった」
このまま待っていても仕方がないので、首を傾げながら、魔導人形の言った特別室へ行ってみる事にした。
特別室は、ディアが入る事を禁じていた部屋。もちろんロクとナナも入った事も近付いた事も無かった。
そこへ呼ぶという事は、何か特別な事が起きる…と、少しの期待を込めて、特別室と書かれたシンプルな扉をノックした。
「入って」
「「失礼します!」」
清流のように透き通った声を聞き、ロクとナナは声の主に会えると心踊らせながら特別室へと足を踏み入れた。
特別室の中は、先程までの豪華な廊下とは違い、華やかさの無い普通の部屋。声の主…ディアが座る特徴の無いベッドが目に入り、柄の無いカーテンや地味な本棚や食器棚。本当にここが特別室なのかと疑う程に、特徴の無い部屋だった。
特徴の無い部屋だからこそ、ディアの存在感が浮く。
銀色の髪が美しく輝き、儚い印象を与えながらも近寄りがたい艶がある。ロクとナナよりも年上に見える美しい女性だ。
「ふふっ、地味な部屋で驚いた?」
「えっ、いや…あの…」「あっ、あのっ! 申し訳ありませんでした! 私達だけ…失敗して…」
ナナが戸惑っていたが、ロクがすかさず先程の謝罪を始めた。続いてナナも平謝りする中、ディアは大して気にしていないように薄く笑っていた。
「大丈夫よ。ギュレスに派遣する子は、失敗する運命だったの。だから気にしないで」
「じゃ、じゃあなんで私達を…」
「ナナっ、やめろ」
「だって…」
「ロク、良いのよ。あなた達なら、生き延びる可能性があったの。信じていたわ」
「「ディア様…」」
「ふふっ、私に視せて」
ディアは反応を確認した後…二人の頭に手を添えて魔力を通した。
ロクとナナからアスティ達の戦闘記録を確認し、少しため息を吐きながら二人に背を向けた。
「…ディア様…私達…敵いませんでした…」
「…すみません」
「……ふふっ、なるほど」
「ディア様?」
「あなた達が敵わないのも仕方がないわ。黒金のルゼル…私が超えなければいけない存在だもの。でも、あなた達のお蔭でなんとかなりそう」
「ディア様が…あっ、あのっ! 私達、役に立ちましたかっ!」
先程イチに言われた役立たずという言葉が、ずっと引っ掛かっていた。仮面越しのロクとナナの表情が強張り、自然と不安を隠すように手を繋いでいた。
「……えぇ、もちろん。そうだ、あなた達にお願いがあるのよ」
「「はいっ! 何でも言って下さい!」」
「これから、お客様を連れて来るの。だから、丁重におもてなしをお願いね」
「「はい!」」
「お客様とは…どんな?」
「私の…愛する人よ」
「「えっ…愛…」」
ディアは戸惑う二人を置いて、次元の亀裂を作り去って行った。これからお客様が来る…ロクとナナは戸惑うばかりであった。
「愛する人が居るなんて、初めて知った」
「うん…どんな人かな…」
「想像も付かない。……イチは知っているのかな?」
「多分…知らない。いつものイチだったから」
「そうだよね。知っていたら荒れているか」
「うん…ディア様の事、愛してるから」
ロクとナナはとりあえず特別室の中で、ディアを待つ事にした。
愛する人について予想を立てて話しながら…
『愛…する…人…だと…』
ロクとナナの後をつけていた者には気付かずに。
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