マグロを振り回す母、カツオを振り下ろす私。その1

 ちきゅう基準でスズキ目サバ科マグロ族カツオ属。

 現在私が握っている物体だ。

 尾の部分がギザギザになっているから、滑り止めになって無駄に持ちやすい。


『アレスティア…生臭い』

「……」


 チラリとノワールさんを見ると、感情の無い瞳で漠然と私とルゼルを見ていた。その瞳はなんだ…引いているのか笑いを堪えているのか解らない。

 とりあえず私の瞳はこのカツオと同じように、死んだ瞳をしている事だろう。


『『断罪の月』』


 白と黒の少女達が、断罪の月をギュレイドスに向かって放つ。

 でも墜落点には、既にルゼルが立っていた。

 断罪の月に照らされた漆黒の天使様。いつもの抜群のスタイルに、いつもの美貌を兼ね備え、いつもと違う物を担いだ姿は違和感しかない。

 そのいつもと違う物…マグロの尾を掴み、邪魔くさそうにギュレイドスをぶっ飛ばした。


『邪魔だ』

『ぎゃぁぁああ!』


 口髭のオッサンが高速で私の横を飛んでいった。オッサンの残り香が私の横を駆け抜け、カツオの生臭さと合体。一瞬生ゴミ置き場に放り込まれた気分になったから少し移動しよう。

 オッサンはボロボロの大扉をぶち抜き、そのまま消えていった。

 さようなら。ママン乱暴しちゃ駄目よ。


『さて、この魔法を受けるのは懐かしいな』


 月の大きさは数十メートル。練られた力は強く、何年もこの魔法を使い込んだ熟練を感じた。

 それでもルゼルに星体観測は効かない。

 ルゼルが片手でマグロを振り抜き、激しい衝突音と共に断罪の月を空の彼方へブッ飛ばした。

 予想通りなマグロの使い方をありがとう。


『流石』『でも』

『『これはどう? 満月』』


『アスティ、見ての通りこのマグロは魔法を跳ね返せるんだ』

「それは物理的に無理矢理ですよね」


『因みにカツオは魔法を斬れる』

「それをまともな武器に転用する発想は無かったんですかね」


『だから次はやってみろ』

「スパルタですね」


 再び月が形成された。

 今度は白く輝く球体に、背景が黒く染まった…満月か。

 墜ちる前にやってみるか。

 カツオの尾を握り直し、ロンドの魔法…転移で満月の上まで移動。

 一瞬で視点が切り替わり、目の前には光輝く大きな球体……


「必殺…鰹節」


 頭上からカツオを思い切り振り下ろした。

 カツオの焼ける香ばしい匂いと出汁の香りと共に、魔法を斬った感覚…いやそれよりも技名が勝手に頭に浮かぶのをなんとかして欲しい。

 一太刀では足りないな。横に一閃……なんだ? 口が勝手に……


「カツオ一閃」


 青い軌跡が満月を横切り、遅れてカツオのエフェクトが次々と飛び出してきた。

 カツオ達は満月に突き刺さり、まるで集団で満月を貪るよう…

 ボーッと眺めている間に、私の身体が勝手に動く…


「…戻りガツオ」


 返す軌跡で逆方向からカツオのエフェクトが次々と発生……これ、無元流奥義・閃華と同じ技じゃねえか。

 という事は…


「奥義…」


 溜めている。今カツオを溜めている。カツオを溜めているという意味の解らない状況で、ルゼルをチラ見すると爽やかな笑顔でサムズアップ。清清しいよママン。

 溜めたカツオを一気に放出するように、集団で貪るカツオ達が一気に爆発した。


「…目には青葉、山ほととぎす、初鰹」


 キラキラと舞い落ちる満月の欠片とカツオの欠片。

 このカツオ使いやす過ぎて切ない。

 あれ? おかしいな…涙が出てきた。


『アレスティア…泣かないで。格好良かったよ』

「テンちゃん…私、何かを失った気分だよ」


『満月が斬られた』『何者?』

『データに無い流派』『歴史に無い技』


『さて、お前らは何者だ?』


 ルゼルが問う。泣く私をスルーしながら。

 ママン、私を慰めて。辛いの。

 ……ノワールさんの表情が少し変わった。でもまだ無感情を貫いて……あっ、もしかして…何か反応したら巻き込まれるから無になろうとしている?

 ……くっくっく、私がそれをさせると思っているのか!

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