私はみんなの天使ですから

 

「いやじゃー!」

「…わがまま言わないで下さい」


 翌朝、アテアちゃんはベッドの上でジタバタしていた。

 お姉さんモードになって、お城でおっさんに会おうと言ったらこうなった。昨日はまだ協力的だったけれど、日に日にぐうたら度が上がっている。

 なんか一年前の自分を見ているようで……ムルムーの気持ちが解った気がする。


「わっちは一時間置きにパンケーキを食べないと餓死するのじゃ!」

「お城で生クリームでも飲んでいれば良いじゃないですか」


「あっ、それ良いの。取ってくるのじゃ!」

「太りますよ」


「沢山食べても世界の栄養になるだけじゃ! 見よ! この抜群のぷろぽーしょんを!」

「幼女のぷろぽーしょんは結局ぺたぺたですよ。早くお姉さんモードになって下さい」


「いやじゃー! 歩かないかんじゃろー!」


 そこかよ。歩け。


「お城の人は女神が来るのを待っていますよ。幼女でも良いんで来て下さい」

「イったんが行けば良いじゃろ! わっちより女神っぽいからの!」


「自覚あったんですね。ドSのリアちゃんが来たら城が無茶苦茶になるので駄目です。こんなだと…らーめん送ってくれませんよ」

「むぅーー!」


 頬をぷくーっと膨らませていたので、指でつんつんしたらガジガジ噛まれた。

 大人げない…


「じゃあ…私が代わりに喋るので、アテアちゃんは生クリームを飲みながら抱っこされていて下さい」

「アレスティア…優しいの。女神代理をやってくれるのかえ」


「いや、あくまで代わりに喋るだけです。余計な事を押し付けようとしないで下さい」

「もうもう、アレスティアも素直じゃないのう。女神じゃぞ? 良いじゃろ?」


「手でハートを作って上目遣いをしても騙されませんよ。早く生クリームを取ってきて下さい」

「えっ…」


 えっ…じゃないよ。自分で行けよ。両手を広げて…「抱っこー!」……可愛い。

 くそ…可愛いだけでニヤけてしまう私は単純なのか…


 アテアちゃんを抱っこしながら、一階に降りる。

 ホールではみんなが朝御飯後の勉強会をしていたので、キッチンを覗く。

「あら、アラステアちゃんとアスきゅんおはよう」

 リアちゃんが朝から串焼きを食べながらビールを飲んでいた。


「おはようございます。この幼女をどうぞ」

 アテアちゃんをリアちゃんに渡すと、リアちゃんが餌付けを始めたので眺めよう。様になるね。


「イったん、アレスティアが女神代理をしてくれるのじゃ」

「リアちゃん、騙されてはいけません。私が代わりに喋るだけです」

「女神アスきゅんは駄目よ。天使アスきゅんなんだから」


「人の子らにとって女神も天使も変わらんじゃろ」

「私はみんなの天使ですが本物の天使にはなりませんよ」

「アラステアちゃんを連れ回している時点で天の使いよ」


「わっちをお風呂に入れてくれるから天の使いじゃな」

「それは天の召使いですよ。一番年上ですよね? 自分でお風呂に入って下さい」

「そうね、アラステアちゃん若作りし過ぎよ。最後に大人モードになったのいつよ」


「…確か…前任の神からの引き継ぎが終わって…女神像を作った時以来じゃな。三千年くらい前じゃよ」

「アラステアちゃんがイケイケの新米女神時代ね」

「あっ、教会が増えた時代ですね。キリ・エライザって知っています?」


「知っておるぞ。この世界で一番功績を成したからな。わっちの新米時代を支えてくれたのじゃ」

「へぇー、それは知らないわね」

「どんな功績ですか?」


「二年で災害級五十体、超越級二十体の討伐記録は未だに破られていないのじゃ!」

「自慢気に言っていますが…それ以前に、よく世界が無事でしたね」

「そうよ、キリエに押し付けないでちゃんと仕事しなさいよ」


「二人とも…酷いのじゃ…頑張ったんじゃぞ…」

 あっ、アテアちゃんが拗ねた。


「アスきゅん、騙されては駄目よ。仕事を押し付けようとしているわ」

「…ちっ」


「…じゃあお城に行ってくるので、アテアちゃんをお願いします」


 幼女をリアちゃんに押し付けて、部屋に戻って地味黒メイドに変身。

 転移ゲートをくぐってミズキの部屋に到着したけれど、誰も居ないな。


 テーブルに書き置きを発見。

 一つ上のフロア、書庫にいる…か。王女が居ない事を願おう。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 今回は普通にエレベーターに乗って上のフロアへ行き、部屋の名前を見ながら歩く。全部の部屋は書類や本関係か…火事になったらどうするんだろう…あっ、保護の術式やら魔導具があるな。

 深淵の瞳で中を見ながら…ミズキは…居た。近くに居るのは…知らない女性。


 王女じゃないから良いか。

 部屋に入ってミズキの元へ。


「おはようございます」


「あっ、レティおはよう」

「おはようございますレティ様。私はこのフロアを管理しているキープと申します」


「よろしくお願いします。私も閲覧してもよろしいですか?」

「ええ、宰相様より許可を得ています。閲覧したい資料があればなんなりと」


 あのおっさん宰相だったのか。手の平返して、私が天使とでも思っているのか。

 まぁ貰える物は貰おう。


「了解しました。ミズキさん、何か解りました?」

「迷宮は攻略済みっていうのしか出ないね。古い資料だから、調べるのに時間が掛かるよ」


「字体も違いますしね。キープさん、三千年前の資料はありますか?」

「三千年…建国時代ですね。どんな内容を?」


「女神アラステア様が顕現した様子だとか…エライザという人物についてあれば」

「…少々お待ち下さい」


 キープさんは違う部屋に資料を取りに行ったので、ミズキの隣に座って横から見てみる。

 城の設計図やら建築関係か。


「ここで解らなくても、封印の式を詳しく視れば解るんですがね…」

「何処にあるの?」


「地下水路の壁の向こうです。メイドが使う通路から行けますよ」

「…ねぇ、この前さ…夜中に幽霊騒ぎがあったんだけど…もしかしてレティ? 眼鏡を掛けた新人メイドの幽霊が夜中に徘徊しているって噂が出たんだけど…」


「あぁ…私暗闇でも活動出来るので、灯りを持たずに一礼しましたね」

「やっぱり。夜勤を怖がるメイドが出てね…安心してって言っとくわ」


「居ますよ。幽霊」

「えっ…ほんと?」


「はい。害は無いので大丈夫ですよ」

「えー…害は無くても怖いものは怖いよ。夜に出歩けないじゃん」


 ほう…ミズキは幽霊怖いんだな。

 幽霊話をしていると、キープさんが資料を持って戻って来た。


「お待たせしました。こちらです」

「ありがとうございます」


 資料は三つ。

 一つは女神顕現のタイトル。二つ目は歴史書。三つ目は大魔導士エライザというタイトル。

 女神顕現は…空に若かりし頃のアテアちゃんが現れて、名乗ったという内容。わっちなんて言っていないのか…アテアちゃんは女神像を作るのが目的というだけだから、特に面白い内容じゃない。弱味を握れると思ったのに…


 歴史書は…建国についてやら年表。

 特に無し。


 最後、大魔導士エライザ。

 現在エライザというのは、最高の魔導士に贈られる称号のようなもの。

 元になった大魔導士エライザは謎の多い人物で、幻の属性…星属性の魔法を使いこなしていた。

 星属性魔法とは、星のエネルギーで力を増幅させる魔法。

 エライザの魔法によって平地になった場所に、王都が作られたとも云われている…等々数多くの逸話。

 そしてある時、忽然と消えた…か。


 ……なるほど、客観的に見られて良かった。

 大魔導士エライザか。


「キープさん、現在エライザの称号を持つ人は居ますか?」

「いえ、いませんよ。星属性を持つ人は、百年に一人と言われているくらい貴重ですからね」


「星属性を持っていれば持てるんですか?」

「いえ、最高峰の魔法使いかつ星属性を持っているのが条件ですね。三百年に一人ぐらいのペースでエライザの称号を持つ者は現れます。最後は二百年前…そろそろ現れると思いますがね」


 ふーん。

 私は候補になり得るけれど、興味は無いかな。

 人が決めた称号を受け取ったとしても、何も変わらないし。権力者の依頼が多すぎてキリエは疲弊していたのを見るとね。


「…うーん、封印された経緯が知りたかったのですが、仕方ありません。直接見に行きますか」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 エレベーターに乗り、地下の従業員通路へ。

 そして水路への道を進み、少し歩くと不自然な行き止まりのホールに到着。

 奥にある封印された壁を視る。


 封印というのは解るけれど……うん、他は全然解らない。

 面倒だから壊すか。


「…壁を壊す許可もいりますね。宰相さんにでも会いますか…ミズキさん、いつ会えるか聞いてもらえますか?」

「分かったよ。部屋で待ってて」


 また交渉しに来たら、女神の威を借りて頑張っちゃお。

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