あくまで、心の治療です。はい

 

 後退るミズキに一歩一歩近付く。

 可愛いって言ってくれないとイタズラしちゃうぞ。


 ミズキは下がっていくけれど、壁に背中が当たり逃げ場を失った。

 そんなミズキの目の前に立って、少し怯える瞳を見詰める。

 黒い瞳…迷宮の主も黒髪黒目だったな…同郷だったりして。


「さて、ミズキさん。以前お会いした時に関わらないと言いましたが…事情が変わりました。それで、わざわざここまで来た理由を話しましょう」

「……それは、何?」


「今度アラステア様に会いに行くんですけれど、一緒に行きませんか?」

「「……は?」」


 それはこっちの台詞だよ。えっ、知らないの? アース王国は把握しているんじゃないの?

 うーん…だとしたら口外は出来ないよなぁ。


「ブリッタさん」

「ふぁ! はい!」


「私…可愛いですか?」

「超可愛いです! えっと…アレスティア王女って…」


「ありがとうございます。元ですよ。私、社会的には死んでいますので。詳しい話が聞きたいです?」

「ぜ、是非!」


 ブリッタさんの前に立って、少し紅潮した顔を見詰める。じーーー。おっ、もしかして…私のファンかな。シエラと似た目で見詰めているから…


「時間がある時に、二人きりでお話しましょう。あと…私の事は秘密…ですよ」

「はっ! はいぃ!」


 はにかんでパチリとウインクすると、ブンブンと頭を縦に振っている…そろそろ遅刻するから行って貰った方が良いな…


「じゃあ…ミズキさんを通じて連絡しますね。そろそろ遅刻しますよ?」

「あっ、じゃあ絶対連絡して下さいね!」


 扉の封印を一時解除。ブンブンと手を振るブリッタさんが出ていって、また封印を施す。



「別に…逃げないよ」

「えぇ、承知していますが…誰かが聞き耳を立てている場合がありますので、一応…」


 封印すれば声は漏れない。

 扉と一緒に部屋も封印しているから、天井裏で聞き耳を立てている暗部の人にも聞こえない。

 ソファーを指差すと、ミズキがゆっくりとソファーに座り、私は対面に座った。


「随分…無茶するんだね」

「無茶? これくらいは普通ですよ。それで、アラステア様には会われませんか?」


「…会いたい」

「じゃあ決まりですね。二、三日くらい休みを取って下さい」


「二日…で、会えるの?」

「えぇ、国内に頻繁に訪れる町がありますので、そこに行きます。ところで、天井裏の方はどんな方です?」


 チラリと天井を見ると、ミズキが嫌そうに天井を見た。


「暗部だよ。王直属の…」

「監視付きの英雄さんは、大変ですね。今は声を遮断していますので、言いたい事を言って良いですよ」


 王か…ミズキが私を殺した原因を作った人。出来ればフーツー王国との裏繋がりを視たいところだけれど…難しいかな。


 ……なんかミズキは緊張している…まだ私に苦手意識があるのか、罪悪感を持っているのか、それとも…


「私は…アレスティア王女の噂を聞く度に…心が締め付けられて…」

「それは、罪悪感からですか?」


 視線をさ迷わせ、ゆっくりと頷いた…はぁ、まだ病んでいるのか。

 私からしたら感謝しか無いというのに…仕方無い。

 とりあえず、天井に黒い霞を展開。これで誰にも見られない。


「今でも残っているんだ…アレスティア王女を刺した感覚が…」

「レティで良いですよ。王女じゃありませんから」


「本当なら…皇子との婚約も成立していた。私が…レティの人生を狂わせた……だから…どんな罰でも受け入れる」

「はぁ…まだそんな事を言っているんですか? 一人で悩んで悩んで…また振り出しに戻ったみたいですね」


「やっぱり…割り切れるものじゃなかった」


 これが豆腐メンタル…いや、生き方が違うとこうなるのか…ミズキの故郷も視てみたいな。

 にしてもどうすっかなぁ…目に見えてシュンとして…


 私は立ち上がって、ミズキの隣に座り優しく抱き締めると、少し震えていた。


「ミズキさん、あなたは恩人なんですよ」

「そんな訳…」


「あるんです。私…結婚なんかしたくなかった。あの皇子は、これっぽっちも好きじゃなかったんですよ」

「…でも…愛し合って…」


「いなかったんですよ、あの時が初対面でしたから。ミズキさんは、私の運命を変えてくれた…いわば運命の人です」

「運命…」


「そうです。だから…私はあなたの心を救いましょう」


 抱き締めていた身体を離し、至近距離でミズキを見詰めた。


 黒い瞳に見える感情は、贖罪や困惑、葛藤、哀しみ…


 私はゆっくりと、両手でミズキの顔をガッチリホールド。

 くっくっくっ、これで逃げられぬよ。

「えっ…」

 ミズキの少し低い鼻と、私の鼻が触れ、吐息が唇に触れる。

 そして、そのまま顔を前に動かし…ミズキの唇を奪った。

 舌を捩じ込み、星属性の魔力を流し込みながら、深淵の瞳を使って負の感情を少しずつ消していく。


 ……結構時間が掛かりそうだな。どんだけ負の感情を溜め込んでいたんだよ……ストレスでおかしくなる寸前だぞ。

 顔を離してミズキを見ると、顔を真っ赤にしてオロオロしていた。


 ……ふむ、さてはミズキ……ファーストキッスだな。

 ふっふっふっ、ウブいのう。


「ミズキさん、ベッドに行きましょう…続きはそこで」

「えっ、いや、駄目、だよ。そんな…」


「どんな罰でも受け入れるって言いましたよね?」

「いや、そう、だけど、いきなりこんな…」


「このまま下を向いて生きたいですか? 前を向いて生きたいのであれば、この手を取って下さい」


 立ち上がって、ミズキに手を差し伸べる。

 ミズキはオロオロしながらゆっくりと、私の手を取った。

 そして手を掴んでグイッと引き寄せ、ベッドにゴーゴー!


「あの…レティ…本当に…するの?」

「えぇ、私の手を取った以上…拒否権はありませんよ」


 ……

 ……

 ……

 ……

 アースの王女よ、すまぬな。

 ミズキは…可愛いかったぞ。

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