さて、どんな噂が立ちますかね

 

「…リーセントとは、どうなったんだ?」

「リーセント? 誰ですか?」


「えっ…いや、婚約者だろ?」

「何の話ですかね? ちょっとよく解りません。私に(男性の)婚約者はいませんよ」


 リーセントって誰だろうねー。最近可愛い女子が増えてきたから男の名前なんざ覚えていませんよー。


 とりあえずさっきの沈黙女子が邪魔。

 スタスタ歩いて沈黙女子の元へ行くと、憎悪と恐怖が折り混じった表情を浮かべている。

 もう会う事も無いから、掴んでズルズル引き摺り、ポイッと人垣に下ろした。

 ん? なんか姫とか言われているけれど、気のせいだ。


「あの子は婚約者かなんかですか?」

「いや…妹だ」


「ふーん、そうですか。後で仕返しをするなら百倍にして返すと言っておいて下さい。その時はこんな生ぬるい事をしませんから」

「…分かった」


 さっ、とっとと始めよう。

 エイベルは衛兵さんから刃引きの剣を受け取り、魔力を高めている。

 足を力強く踏み込み、猛スピードで剣を振り下ろしてきた。

 狙いは右肩…服の中にライトシールドを展開して、肩で受け止めた。

 避けない私に、エイベルが困惑する。


「…なんで、避けない」

「避けなくても、死にませんので」


「痛いだろう…」

「ええ。ですが…それだけです」


 木剣を振り上げ、肩に当たっている剣を弾く。

「――っ!」

 はっはー! これで端から見ればエイベルが最初に、女子に剣を振り下ろした形になる!

 襲われた私は、正当防衛出来るのさ!


「無元流…乱れ桜」


 先ずは剣を持つ手首…両側から叩いてやると剣を持つ力は無くなる。次は脇腹…あばら骨の間を叩き、膝の皿を両方打ち鳴らす。

 そいじゃあ右肩の仇!

 右肩を上下から叩いて間接を突く。そして右鎖骨をポキッとすれば仇は取った!


 最後に全体を満遍なく打ち込めば、私との力の差が解る筈。あっ、封印の指輪をエーリンに渡しているから、予想よりもダメージが倍だ…もう少し楽しもうと思ったのに…すまんね観客達。


「ぐはぁ! ぁ…くっ…強い…」


 膝を付き、震える身体で私を見据えている…戦意はあるが、身体が言う事を聞かない状態。まだやるかい?

 まぁ王子をボコる女子が居ても盛り上がるか。


「あっ、ジムニさん」

「はい! なんでしょうか!」


「ご飯食べていないんで、持ち帰り用に見繕ってくれません?」

「はい! 実はもうヘルトルーデ様に渡してあります!」


「流石、王族担当のメイドさんは違いますね」

「…あっ、気付いていました?」


 そりゃね。エイベルに引き合わせようとしたり、エイベルが近くに居ても緊張する様子も無かった。それにヘルちゃんの顔を知っているメイドさんなんて限られる。恐らく私を引き込む為に派遣されたんだろうけれど…今、暗器で私を狙っていたよね。


「もちろん。可愛いからその毒針も許しますよ」

「えへへ、アレスティア様には敵いませんねぇ。お手上げです」


 ジムニさんにニコリと笑い掛けていると、エイベルが立ち上がって剣を向けてきた。腕が震えてまともに振る事は出来なそう。


 おっ、妹ちゃんが気合い一発。エイベルを守るように立ち、手を広げて私を睨む。健気だねぇ…じゃあ兄妹諸とも叩きのめして…ってしたら完全に悪者か。


「……ぁ…か…」

「あぁ…喋れないんでしたね。エイベルさん、私の事は諦めて下さい」


 妹ちゃんを退かせなかった時点で敗けを認めたようなもの。もう用事は終わりさ。


「くそっ…病弱だと…聞いていたのに…この強さ」

「ふふっ、私は強いんですよ。では、お元気で」


 ジムニさんに手を振って、ヘルちゃんとエーリンの元へ行く。

 おー…人垣が割れていく。どけどけー。



「ヘルちゃーん、終わったよー」

「あら、早かったわね。で? どうやってあれを切り抜けるの?」


 ヘルちゃんが指差すのは、出入口に居る兵士達。ヘルちゃんの噂を聞き付けて、なんとしてでも城へ連れて行こうという算段かな。

 そういえば私の星乗りを知らないんだっけ。


「これで国を出るの。星乗り」


 白と黒の星を出して、白い方に乗り込み手を差し伸べる。

 ヘルちゃんは、ふふっと笑って私の手を取った。

 ……エーリン、どうした? 早く黒い星に乗りなよ。


「私も白い方に乗りたいですー! 黒いのは疎外感がいやー!」


 駄々こねんな。

 仕方ない…黒い星を消して、白い星を大きくする。

 するとエーリンは嬉しそうに飛び乗った。揺らすなよ…ヘルちゃん酔いやすいんだから。


 星に乗ってヒューッと上昇。

 メイドさん達に手を振って、さぁ出発進行。


「さて、どんな噂が立つかしらね。帝都で楽しみにしているわ」

「あれじゃない? アレスティア王女は天に帰って行った的な?」


「アレスティアはみんなの天使さんですねー」

「まぁ…一応女神の子孫だから、天使でも誤差はあるけれど間違いではないよ」

「そうそう、それ。私の御先祖様でもあるんだから、詳しく聞かせて」


 よーし、じゃあアースに着くまで御先祖様の話でもしますかねー。



 その後…一週間程で帝都に私の噂が届く。

『アレスティア王女は、レイン王国に居る』

 この噂で、何が変わるのかは解らないけれど、アレスティア王女が本当は生きているかもしれない…そう思う者は少なくないと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る