さらば帝国!

 


 部屋を片付け、必要な物を収納。

 半年ちょい過ごしたこの部屋は、私の故郷と化したよ。

 グレートモス達、しばらくさよならだね。


 ……とりあえず準備万端。


 店長に再会の約束をして、家を出る。またねー。



 まだ空は暗くない。

 出来ればフラムちゃん達に挨拶したいけれど……もし、暗部に今日私と会っている場面を見られたら、私の居場所を聞き出そうと尋問されるか。正体がバレたら尚更……

 仕方ない…ラジャーナで怒られよう。


 最後にヘルちゃんに会うかな。

 通信魔導具を使って、ヘルちゃんを呼び出す。


≪アスティ! 今どこ!≫

「パンパンで待っているねー」

≪分かったわ!≫



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 パンパンに到着すると、準備中の看板が立て掛けられていた。

 早く店仕舞いしたんだね。

 中に入ると、パンパンの店員さん達が楽しいお茶会の映像を観賞していた。結果が解っているから、怒っている人は居なかったけれど…不機嫌全開だ。

 リアちゃん、これを見せた意図はなんですか?

 おっ、映像が終わったみたい。


「みんな、これが次期皇帝最有力候補よ」


 あっ、そういう事ね。

 魔眼持ちだから皇帝に一番近い存在。

 社会勉強って事か。


 私に気付いたレーナちゃんが抱き付いてきた。よしよし、どうせ転移ゲートでパンケーキを食べに来るからまた会えるよ。

 むしろ毎日来ないとリアちゃんが帝国に何をするか解らない。

 リアちゃんの精神安定の為に、私はほぼ毎日帰らなければいけないんだ。みんなの生活の為に私は犠牲になるよ。

 今もリアちゃんが私の頭皮の匂いを嗅いで動かないし。


 という事は…お友達はラジャーナで会わなくても、私の部屋集合にすれば良いか。



「アスティ!」

「ヘルちゃん、ごめんね」


「何謝ってんのよ! 悪いのは私なんだから!」


 バンッと扉を開けて、ヘルちゃんが突進してきた。

 泣き腫らした顔を隠すように、私に抱き付いて胸に顔を埋める。


「第一皇女は、魔眼持ちだったの。だから、ヘルちゃんの気持ちを踏みにじったあの女を許せなくて…」

「そんな……私が会ってなんて言うから…ごめんね…ごめんね……私…馬鹿だ」


 お姉様は優しくて美人で大人っぽくて知識が豊富…嬉しそうにそんな事を話していた自分を責めるように、ヘルちゃんは謝り続けた。

 私は、ヘルちゃんの頭を撫でながら考えていた。

 このままでは、ヘルちゃんは第一皇女と敵対する。


「ヘルちゃんは、これからどうする?」

「私は…戦いたい…でも、皇位継承権はもう無いから…お兄様に付くしかない…」


「第二皇子の方?」

「…えぇ。第一皇子が即位したら…戦争が起きそうだから」


 第二皇子はいつも私の邪魔をしてくる皇子。

 第一皇子は、厳しい軍人みたいな人らしい。

 一応第三、第四、第五と、皇子皇女は居るけれど…年齢が低いから支持を集める機会が少ない理由で不利。それを解っているのか、あまり前には出てこない。


 でもヘルちゃんは、言っちゃ悪いけれどお飾りだ。

 社会的には第二皇女だけれど、実際は平民の立場。

 パンパンから出たら、また第一皇女が手を出してくる。


 まぁ…要はそれに負けない強さを手に入れれば良いんだよね。


「ヘルちゃん、覚醒してみる?」

「覚醒?」


「私の力で、ヘルちゃんの魔眼を覚醒させる。どんな魔眼か解らないけれど、ヘルちゃんの力になる事は間違いない」

「……そんなの…アスティから貰ってばかりじゃない……」


「良いじゃん。結婚するんだから」


 潤んだ瞳を向けるヘルちゃんの顎をクイッと持ち上げ、唇を重ねる。それと同時に、結構な量の星属性を流し込む。

 ……うん、結構な量だから、結構な時間が掛かる。つまり、長い時間ディープキスをしなければいけない……店員さん達に見守られながら……

 クソ恥ずかしい……

 ヘルちゃんの漏れる声が艶かしくなっているし……


 ちょっ…店員さん達…なんで並んでいるの?

 ムルムー、並びの整理をするでない。

 レーナちゃんはもう鼻血出ているし…

 リアちゃんが最後尾……私をお持ち帰りしないでね。暗部の人達はもうパンパンの近くに居るんだからさ。


 ……よし、終わった。


「ヘルちゃん、右目から白い光…神聖の魔眼だって」

「神聖…私…使いこなせるように頑張る!」


 頑張ってね……使いこなしたら、聖女様になってしまうのは気のせいに思いたい。第一皇女の闇の魔眼よりも三段階くらい上位の魔眼だから、頑張って隠してね。

 リアちゃんがサムズアップしているし……何? 次の人?


 ……えー…みんなとチューするの?

 軽い覚醒しか出来ないよ。

 ……はいはい。

 やりますよ。


 ……

 ……

 ……

 口痛い。


 途中クーちゃんもやって来たから、一人増えたし。

 もうね。

 疲れ過ぎて帝国を出るどころじゃあ無くなった。


 ちょっと寝かせて下さい。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 翌朝、普通に挨拶をしてパンパンを出る。

 目指すは転移ゲート。

 ラジャーナに行って、バラスに会ってから星乗りで他国を目指す予定。


 暗部は付いて来ている。

 国を出るか確認するのか。律儀だね。


 転移ゲートから、ラジャーナへ飛び、南門から駆け足で荒野へ。

 荒野へ到着し、少し待つと暗部の人が姿を現した。

 やぁ第一皇女の侍女さん。待っていたよ。


「私を殺しに来たんですか?」

「えぇ…と言いたいところですが、自ら死にに行く様子ですし…見届けに来ました」


 侍女さんの視線は荒野に向けられた。

 まぁ普通に考えたら自殺コースだよね。

 荒野を越えられる人間は、リックやフーさんクラスじゃないと難しい……じゃあ言っても良いか。

 軍隊でお花畑を探す馬鹿じゃないし。


「折角なんで、あの花束を作った場所を教えましょうか?」

「あら、知りたかったんです。教えて下さい」


「この荒野を抜けた先に、草原があります。そこには災害級の魔物が住んでいて、ぶっ倒すとお花畑の場所を教えてくれますよ」

「……それは、聞いて損しました」


「そうですね。私が災害級を倒せるっていう自慢をしただけですから。星乗り」


 白い星に腰かけて、侍女さんを見据える。

 特に何もする気は無い…か。


「もし、あなたが殿下の味方だったら心強かったんですがね。残念です」

「そうですね。私が味方だったら、明日にでも皇帝になっていましたよ。剣聖と大魔導士とヒルデガルドさんが一緒に味方になるんですから」


「それは……本当に惜しい事をしました」


 手を降って荒野を突っ切る。

 流石にここまで追ってこないね。


 侍女さん、また会いましょう。


 そして…


 さらば帝国!


 ……まぁ、こっそり帰るんだけれどね。



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