大きな壁

 

 第二皇子は本当に帰った。

 やったぜ! 嫌いという訳ではないけれど、間が悪い。全体的に。


「レティちゃん、坊っちゃんと何かあったの?」

「あぁ…先日ナンパされまして、迷惑ですって言い捨てて逃げたんですよ。まさか素性を調べて職場にまで来るなんて…ストーカーですね」


「本当…皇子の権限を使ってレティちゃんに迷惑を掛けるなんてねぇ…ストーカーね」

「またヒルデガルドさんが全ての契約を解除するって言い出すので…私に近付かない方が良いと思うんですけれどね」

「……ん? また?」


 ん? ヘルちゃんの件はミリアさんでも知らない?

 あの時面白そうに城へ行ったじゃん。なんかザワザワして入れなかった? へぇー……教えませんよ。


「「……」」


 沈黙を保ち見詰め合う事一分。


「教えて?」

「だっ、駄目です」


 ジリジリと距離を詰められていく。

 …太ももをサワサワしないで下さい。

 これは、逃げるが勝ちだ。


 右に行くと見せ掛けて左へダッシュ!

 ――ガシッ!

 くそっ! 捕まった!


 誰かー助けてー。

 …ミリアさん…私の匂いを嗅がないで。


「……凄く良い匂い…ずっとこうしていたい…」

「あの…離して下さい」

「嫌よ」


 もう思考が匂いを嗅ぐにシフトしているから、これはこれで結果オーライなんだけれど…

 ミリアさんは後頭部の匂いが好み…人によって場所が違うなぁ…

 リアちゃんは頭の天辺。

 チロルちゃんは耳の後ろ…いやいやそんな事を考えている場合じゃあないね。逃げ出さねば。


「戻ったぞー……何してんの?」


 おっ、救世主の中間管理職ロバートさん登場。

 はよ助けて。


「ミリア、アスティが嫌がっているだろ。離してやれ」

「嫌よ。私の癒しを邪魔するって言うの?」


「そうだよ。仕事しろよ」

「…ロバートには嗅がせてあげないからね!」


 やっと離してくれた。

 ありがとう中間管理職。


「ミリアさん、このポプリを私だと思って嗅いで下さい」

「……仕方ない、これで我慢してあげるわ」


 助かった。

 迂闊な発言には気を付けよう。

 でもミリアさんだから、明日には調べてきそうだな。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 水の日。

 事務作業が終わってお昼になったので、高級料理のお店ロンロンへ。

 もう最近仕事がある日の昼は、ロンロンへ行くのが私の日課。


 もちろん一人。

 カウンターに座ってランチセットを注文。

 ……

 ……リアちゃん、今日は着替えないよ。居たんだね。

 客観的に見ると、第二皇子よりリアちゃんの方がストー…なんでもないです。


「アスきゅん、第二皇子に会ったの?」

「会いましたよ。先日ナンパされて、職場に押し掛けてきました」


「アスきゅん可愛いから。しつこいようなら言ってね」

「大丈夫ですよ。考えがありますから」


「聞かせて」


 リアちゃんと雑談。

 今日は珍しくリアちゃんがカウンターに立っている。

 ただ立場が逆になっているだけなので、私が餌付けされている状態。

 皇族御用達のお店だから普通にあの皇子に遭遇しそうだけれど、レティにとっては名も知らぬ相手なので別に良いか。


「そろそろ右目を使っても大丈夫ですか?」

「痛みが引けば大丈夫だよ。身体に慣れていないだけだから、少しずつ副作用は無くなっていくよ」


「良かった。そろそろ強い魔物に挑戦してみたくなったんですよ」

「へー、SSランクかな?」


「はい、剣を強くしたいので白銀獅子に挑もうと思いまして」


 竜剣は使いやすいけれど、強度が不安。

 ギガンテスの骨で刃が欠けるくらいだから…もう少し強度が欲しい。

 白銀獅子の素材があれば強い剣が出来るっていうし、もちろん深淵の瞳をある程度使いこなしてからだけれど。


「頑張ってね」


 リアちゃんは私が危険な道に進むのを止めない。

 夢を応援してくれている。


 私の夢は…最強種を倒す事。



 たぶん…最強種を除いて、この世界で一番強いのはリアちゃんだ。


 私がどうしても越えたい大きな壁。


 いつか、勝負を挑ませて下さいね。


 あなたに勝つ事が、私のもう一つの夢だから。



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