高級料理を奢って貰おう!

 それから何事も無く水の日になった。


「……うーん」

「ロバートさん。悩ましげな顔をして、どうしたんですか?」


「ん? あぁ…特事班に移動したいという新人の騎士が増えてきてな…ここって半分民間だから、騎士が増えると面倒なんだよ」


 ここは騎士団の雑用科だからね。ロバートさんは公的に騎士だけれど、他の人は私も含めて騎士じゃないから…ロバートさん以外に騎士が居ると面倒だな。


 何故新人の騎士かというと、ミリアさんの事を知らないから。

 ベテランはミリアさんと話す時、緊張しているからね。公爵令嬢という肩書きは伊達じゃない。


「でも理由はなんです? 昇進コースから外れますよね」

「あぁ…まぁ…癒しが欲しいんじゃないか?」


 癒しねぇ…ここはのんびりしている印象だからそう感じるのかな。

 実際忙しいけれどね。私以外。

 私の仕事は…事務作業がメイン。

 その事務作業も仕事に慣れたお蔭で午前中には終わるという素敵仕様。

 後はのんびり受付をするか、勉強をするか、詰所の裏で訓練するか、ラジャーナへ行くか。

 午後から受付を閉める事もあるから暇な日は本当に暇だ。


 でもイベント事で忙しい時は本当に忙しい。

 差が凄いね。



 ダグラス君がやって来たけれど、今はやる事があるから話せないよ。レティ? 居ないよ。

 ……何? レティが何処に住んでいるかって? 帝都の何処かだよ。用が無いなら戻れっ、しっしっ。


 まぁ……アスティがレティだって事はベテランの騎士さんは大体知っている。普通に考えたら直ぐに解るからね。

 だけれど、暗黙の了解なのかアスティとレティを使い分けてくれる。どちらにも優しいし。

 でも新人の騎士さんは解らないみたいで、アスティとレティでは態度が全然違う。人の本性が解るから助かるけれどね。


「レティちゃん、お客様よー」


 ミリアさんに呼ばれて、男モードを解除してから受付へ。

 この前会ったベラが来ていた。やっほー、学校はどうした。

 何持っているの? お菓子くれるの? やったぜ!


 お菓子を受け取り、受付の隣にある対面の椅子に座らせた。私も反対側に座る。


「先日は、ごめんなさい。私…間違っていた」

「別に被害が無いなら謝罪を受け取るけれど、形としてご飯奢ってね」

「分かった…ありがとう。色々考えたんだけれど…あなたに剣を教わりたい」


 ほう、剣とな。


「今までの努力を振り出しに戻す事になるよ。理由は?」

「あなたを目標にしたい。だから、出来るだけ近くで見ていたいの」


 強さの目標、恋の目標、剣の目標……挙げれば沢山出てくるそうだけれど、教える時間がね……あと、場所もね……ベラの家は嫌だし、侯爵令嬢をラジャーナに連れ込む事も難しい。

 断っちゃ……駄目だよね。

 ……まぁ、この特事班詰所の裏って人目の付かない広場になっているから…暇な日の午後からなら良いかな。レジンさんの瞑想場所を奪うだけだから問題無い。


「暇な日の、午後にこの詰所の裏でなら…でも毎日は無理だし、時間が合えば、ね」

「…ありがとう」


 少しは丸くなったかな。ねぇ? メイドさん。

 存在感を消すの上手いですね。


「メイドさんは、名前何ていうんです?」

「ステラと言います」

「ステラさん。私に何か技を伝授して下さい」

「技を? 給仕の技ですか?」

「違いますよ。アレの方です」

「房中術を…ですか?」


 違えよ。暗部の方だよ。

 どうせ暇なんでしょ? 教えてよ。

 わかんなぁーいって顔しないで。


 ニコニコしながら、私の耳に顔を寄せ…

「お嬢様の前では出来ませんよ…」

 ふぅーっと耳に息を吹き掛けられた。

 やめて、変な声出ちゃうから。


「じゃあベランジェール、基本中の基本からやるけれど…お昼からで良い?」

「えぇ…」

「じゃあ、ご飯行こ」


 ステラさんがベラと私の手を取り、手を繋ぐように重ねる。

 握手じゃないね。手を繋いで行けと…まぁ女子モードだから問題無い。

 照れくさそうにはにかむ顔は可愛いな。性格はまだ解らないからアレだけれど。


 詰所を出たところで、ダグラス君を発見。

 走って来たけれど、何か用?


「レティさん! お昼一緒にどうですか!」

「すみません。お友達が来てくれたので、またの機会で宜しくお願いします」

「お友達……」


 ベラすまぬな、話を合わせてくれ。

 ダグラス君がベラを見ると……何やら険悪?

 どした? 知り合いか?


「なんでお前がレティさんと友達なんだよ」

「は? あんたに関係ある? 早く独り寂しいご飯でも食べて来なさい」

「んだと!」

「何? やる気?」


 おー、睨み合っているけれど……距離近いなぁ。

 チューしちゃう距離だよ。

 ステラさん…目をキラキラさせながらベラの背中に手を当てちゃ駄目ですよ。


 ねぇ、早く行こうよ。

 ベラの手をニギニギすると、ニギニギ返してくれた。

 いやそうじゃなくてさ。野次馬が来るから行こうよ。


「ベラちゃん、ダグラス君…喧嘩は駄目だよ。仲良く、ね?」

「「……」」


 二人とも、頬を染めるな。


 確かにあざといとは思ったさ。

 ね? の時に首コテンはね。

 キャラじゃないのは解っているけれど…好きでしょ? 二人ともこういうの。

 野次馬の騎士さん達…ニヤニヤしていると通報しますよ。あっ、ここが本部か。

 仕方無い…ベラの手を引いて出口まで向かう。


「またね、ダグラス君」

「はぃ…」


 ダグラス君泣くなよ。君はモテるだろうに。

 ベラ、勝ち誇った顔をしないの。

 ステラさん、なんで私と手を繋いでいるの…。


 因みに何処へ行くの?

 中央区の高級料理…ありがとうございます。

 高級料理店が立ち並ぶエリアに入る。

 歩いている人は少ないけれど、馬車が多い。貴族が食べに来るから当然か。


 ステラさん曰く、ダグラス君とベラは同じ道場で競い合っている仲らしい。仲良しじゃん。


 あっ、ここが良いなぁ……まだ先? 行くのは皇族御用達のお店? 楽しみ。


 ベラに連れられ、しばらく歩いて着いた先は……『高級料理のお店ロンロン』


 ……なんだろうこの既視感。

 中に入ると可愛いメイド服の店員さんがお出迎え。

 店内は某パンケーキ屋さんと同じ造りだけれどこちらの方が広い。


「いらっしゃいませー。三名様ですねー。……あれ? アスきゅん様ですか?」


「いえ、違います」

「「……」」

「あっ…失礼致しました。こちらへどうぞ」


 何さ、アスきゅん様じゃないよ。


 テーブル席に案内されず、何故かカウンターに案内される。

 ベラとステラさんが少し困っている中、カウンターの場所に『関係者以外カウンターには座れません』の紙が貼られた。

 私は落ち着いて逃げ道を探す為、入口を確認するが店員さんが目をキラキラさせながら道を塞いでいる。

 ならばカウンターの中から逃げ出そうとカウンターの方に顔を向けると……


「アスきゅん、待っていたよ」


 くっ……逃げられない事が確定した。

 ベラは状況が掴めずオロオロし、ステラさんは目の前の人物を見て顔が引きつっている。


「リアちゃん……」

「アスきゅん、さぁ…着替えよっか」


 謀ったな…ベランジェール……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る