癒しの天使と呼ばれているんだよ私は。

「ふんっ、闘うのに眼鏡なんて随分余裕ね」


「これが無いと困るからね」


 実は馬車に乗っている時から眼鏡を掛けている。

 男機能は消してあるから眼鏡女子だよ。


 フラムちゃんがニヤニヤを堪えながら、私の眼鏡姿をチラチラ見ていたのは知っている。でも騒動の原因である事を解っているから言いたくても言えないという…絶妙に困った顔が可愛い。ベラが居なかったら絶対に抱き付いてくる案件……この場合は絶対という言葉が使える程に分かりやすいフラムちゃん。

 見詰め合うと、ベラが怒るから後でね。


「では…始め!」


 ベラが木剣を正眼に構え、細かく横に振りながら牽制している。

 体重移動で解るから私に効果は無いよ。


「――しっ!」

 ベラが振りかぶり上段からの振り下ろし。

 綺麗な剣筋……一歩下がり観察。

 余程訓練を重ねないとここまで綺麗にはならないな。


「――やぁ!」

 振り下ろした剣のまま一歩踏み込み斬り上げてきた。

 軌道を力任せに変える攻撃は帝国流だけれど女性向きじゃないね。

 手首に力が入るから斬るより叩くに近くなる。


 ――カッ!

 木剣同士が衝突して乾いた音が響いた。

「くっ……」

 私はベラの斬り上げを横から木剣で叩いただけ。

 ベラが力んだ分、横から余計な力が入ると手首に負担が掛かる。


 木剣を手から離さなかったから、木剣の重みで少し手首を痛めているな。

「――らぁ!」

 今度は横からの凪ぎ払い。

 だけれどさっきの力強さは陰りをみせている。


 一歩下がる。

 ベラの凪ぎ払いに合わせて木剣を振り下ろした。

 ――カラン。

 手首を痛めているから握力なんて無いよね。

 ベラは悔しそうな顔を浮かべて落ちた木剣を見ていた。


「……」


 メイドさん、ひゅーって顔をしていないで審判してよ。

 何? もっとやってくれって? 雇用主の娘に冷たいな。


「まだやる? 手首、痛いんでしょ?」

「……私は…まだ…」

「痛めた状態で剣を振ると余計な癖が付いてしまうから、私の勝ちで良い? メイドさん、良いですか?」


 仕方無いなぁーという顔を向けないで。

 私は帰りたいんだよ。


「勝者、アスティさん。残念でしたね、お嬢様。アスティさんはお嬢様よりも相当な訓練を受けています。それこそ…死と隣り合わせの」


 メイドさん、アフターケアは宜しく。

 フラムちゃん、帰ろ。



「これは何の騒ぎだ? ベランジェール、何があったのだ?」


 なんかメイドを連れたポッチャリな男子が現れた。

 緑色の髪で、14歳くらいだから兄かな?

 メイドが審判をしたメイドさんの元へ行き事情を聞いている。自分で動かないと痩せないぞー。


 なんか凄く見てくるな。

 見下す視線の中に垣間見える舐め回すように見る視線。……フラムちゃんおいで。厭らしい目で見られちゃうよ。

 事情を聞いたメイドさんがポッチャリ君に説明。

 ポッチャリ君は興味無さそう聞いているけれど、興味津々なのが解る。ニヤニヤしているからね。


「そうか、妹が迷惑を掛けたな。御詫びをしたいから、二人とも僕の部屋に来てくれ」


 そう言ってポッチャリ君は屋敷に入っていった。

 部屋に来いって不自然だよね。

 エロい事する気だな。平民だから泣き寝入りするだろうって事だね。まぁ行かないけれど。


 ポッチャリ君が居なくなるまで待ってから、不安そうにしているフラムちゃんを安心させなきゃ。


「フラムちゃん、帰ろうか」

「えっ…でも部屋に来いって……」

「あっ、大丈夫だよ。この眼鏡は録音や録画機能があってね、今までのやり取りを記録しているんだ」


 メイドさんをチラリと見ると、少しニヤニヤしている。

 今ので察したよね。


「アスティさんは、悪い女ですね」

「備えあればという奴です。こう見えて騎士団所属ですからね」

「ふふっ、存じていますよ。噂のレティちゃんですよね」


 やっぱり知っていたな。

 まぁ、レティは騎士団の中で有名だからね。


 癒しの天使と呼ばれているんだよ私は。むさい男達から見たら初等部の女子は癒しだからね。娘を見るような視線に紛れてさっきのポッチャリ君のような視線の人も居るけれど、そういう人はミリアさんが……話が逸れたな。


 やっと帰られるけれど、ベラが堪えきれない涙を流していた。

 負けた事が悔しいのか、振られた現実を受け止めて泣いているのか解らないけれど…このままにしておくのは可哀想か。


「ベランジェール…あなたは恵まれている」

「……」

「恵まれているからこそ、力の使い道を間違えないで欲しい。一時の感情に振り回されたら、こんな風に良い結果にはならないよ」

「……じゃあ…どうすれば良いのよ」

「それを考えるのはあなた。まぁ…悩んで悩んでそれでも駄目なら、ここに来て」


 名刺を渡す。アレスでは無くてレティ用の名刺。ミリアさんに作って貰った。内容は、名前、特事班臨時職員、毎週水の日勤務と書いてある。


「騎士団…」

「これも何かの縁…仕方無いから一緒に考えてあげる」

「…なんでよ。私の事…嫌いなんでしょ?」

「好きか嫌いかと聞かれたら嫌いだね。でも…あなたの剣筋は好き」

「……」


 ベラの努力は好き。理由にはなっていないけれど、これで来ないならそれで良い。

 俯いて目を合わせてくれなくなったけれど、これ以上は話しても逆効果か。

 ベラの手を取ると、少しびっくりしたように見てきた。

「…ヒール」

 光が手首を包む。後々面倒になりそうな事は潰したいから治さなきゃね。

 手首を動かしているから治ったね。


 じゃあもう帰ろう。

 お腹空いた……


 ほら行くよフラムちゃん。

 ベラに優しくしたら駄目だよ。

 優しさで傷付く事もあるからね。


「――待って!」


 なんだい?


「来週行くから!」

「……そう、待っているね」


 悩んでから言って下さいな。

 まぁ、少し晴れやかな顔付きになっていたから良いか。


 いや…色々と有耶無耶になってしまったから良くない。


 来週お昼ご飯奢ってもらおう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る