極東異界ハイテク見聞録
紫 和春
特別読み切り編「配属」
時は泙成31年。この年の4月1日に天皇陛下の退位に伴う改元により、新元号「囹和」が発表された。人々はここに一つの時代が終了し、新たな時代の幕開けを迎えることを祝っていた。
所変わって、中央合同庁舎第4号館の片隅にひっそりと設置されている内閣府の部署が新元号の中継を見ていた。
「へぇ、囹和かぁ。悪くないかもね」
とある男性がつぶやく。彼はこの部署の室長を務める富士見玄だ。
「それはそうと、少しくらいは準備を進めてください。今日は忙しくなりますよ」
藤見に苦言を呈する女性。彼女はこの部署に所属する上島優である。
この部署にいるのはたったこの二人であった。本来ならばもっと人がいてもよさそうだが、残念ながらとある理由で人材が確保できていなかったのだ。
しかしこの日は異なっていた。何年か振りに新人が配属されることになったのである。
当の本人である新人――神藤道也は、内閣府の入府式には出席せずに直接部署に向かうよう指示されていた。手元には部署が設置されている地図と、その名前が記されている。
「中央合同庁舎の4号館……。財務省の隣なんだなぁ。ここに日本歴史学施策推進室があるのか」
彼はこれから配属される部署が、日本の歴史学に関する小さな部署であることを聞かされていた。彼自身、歴史などには関心が強く、こうして国が主導する仕事につけることに興奮と緊張を感じている。
庁舎に入り、部署のある扉の前に到着した。ここが自分の仕事場になることを、その身に感じながらドアをノックする。
「本日よりこちらに配属されます、神藤道也です」
「はい、開いています」
「失礼します」
部屋に入ると、そこはたった二人しかおらず、ひどく殺風景な光景だった。神藤はそれを見て若干固まってしまう。
「おっ、君が新人の神藤君か。僕は室長の富士見だ。こんなとこだけどよろしくー」
ソファの上でだらける富士見。彼からは仕事する気が全く見られない。
「私は彼の補佐をさせられている上島です」
パソコンに向かいながら事務的に挨拶を交わす。その容姿から厳しそうな印象を神藤は受けた。
いろいろとあっけにとられた神藤。ここは自分が来たかった場所ではなかったのかと自分自身に問い詰めていた。
「おーい、神藤君?どうしたんだい?」
「……あっ、いや、ここって日本歴史学施策推進室ですよね?なんかイメージと違っていたので……」
「なんだって?日本歴史学?……あぁ、そっか。神藤君はそう聞いているんだっけ」
「はい?」
「ここは日本歴史学施策推進室ではありません。なんならそんな部署、どこを探しても存在しません」
「えっ、でも事前にもらった資料では……」
「そう、それは神藤君をここに来させるためのウソだよ」
「な……」
「でも神藤君の仕事場はここで間違いないよ。それだけは確かだ」
「そんな……」
神藤は固まってしまった。自分は騙されてしまったのだと、ここで初めて気づいたのだ。彼の中で何かが崩れたような気がした。
「室長、時間がありません。早く準備してください」
「もうバックに詰めてあるよ」
「では行きましょう。……神藤さん、あなたもついてきなさい」
「え、ちょっと……」
訳が分からないまま、神藤は二人の後を追う。
合同庁舎を出ると、そのままただ歩き続けた。数十分も歩くと目的地に到着する。
「ここって……?」
「行幸通りだよ。あれが東京駅、わかるよね?」
「分かりますけど、なんでここに……?」
「そのうち分かるさ。よし上島君、準備を始めよう」
「はい」
神藤を置いてけぼりにして、二人は何かの準備を始める。
「あの、何をするんです……?」
「何、怖いことはないさ」
「あなたの力なら問題ないはずです」
「えっ……」
「よし、準備出来た。じゃ行こう」
富士見が何かを手にして、呪文のようなものを唱える。すると、周りの景色がゆがんだ。それはすぐに収まったが、どうも違和感を感じる部分が多くあった。まずさっきまでいた人々がいなくなっている。そして空の色が紫色を混ぜたようになっていた。
「ここは……」
「ようこそ、
「イン?」
「そう。古来より人間社会に影響を与え、そして影響を与えてきた世界。陰と陽、双極で構成された世界のもう片方さ」
「室長、駅方面から来ます」
「OK、そっちも準備してね」
「分かってます」
「ほら、神藤君も構えて」
「え、え?」
上島はいつの間にか、タブレットと十字架を持っていた。
そして東京駅のほうから、振動とともに何か巨大なものがやってくる。それはまさに異形の姿をした怪物のようなものであった。
「な、な、なんだあれ!」
「何って、霊魂だよ」
「あれを放っておけば現実世界にも多大な影響を及ぼします」
「しっかし、改元の時はものすごいもの出てくるね」
「時代が変わるんですから、それだけ強い霊魂が出現するのは当たり前ですよ」
「資料では知ってたけど現物は初めてだからさ。怖いねぇ」
彼らが霊魂と呼んだものは、まっすぐこちらに向かってくる。神藤はそれの迫力に押され、腰を抜かしてしまった。
「我が式神よ、我に力を貸し与えたまえ」
富士見が五芒星を描画したスマホを持って言葉を発すると、何かオーラのようなものを身にまとった。
「ッシ!」
目にも止まらぬ速さで富士見が霊魂に突っ込んでいく。彼の拳にオーラのようなものがボクシングのグローブに似た形を成し、それを霊魂に向けて振りかぶった。
しかしその拳に合わせるように、霊魂も拳を振りかざす。拳同士がぶつかった瞬間、衝撃が周囲を走る。富士見はこれを見るとすぐさま後ろに飛んだ。
「うひゃあ。堅いぞぉ、これは」
「では逃げますか?」
「そうはいかないでしょ。素手で駄目なら次の手を試すのみ」
そういった富士見は、拳にまとっていたグローブの姿を日本刀のように変化させた。
「上島君、いつも通りに援護お願い」
「分かってます、室長」
再び富士見が前進する。霊魂は拳を振るおうとするが、それを上島が十字架から放たれる光線を使って阻止した。その隙に富士見が刀を振るい、霊魂を切る。
一方的な攻勢に思えたが、一瞬動きを止めたところを霊魂の無茶苦茶な腕の振るいによって弾き飛ばされてしまった。
「うぐっ……」
「室長、死んでますか?」
「そう思うなら聞くだけ無駄じゃない?」
「それもそうですね」
一連の攻撃を見て、神藤は唖然と見ていた。
「神藤君、そろそろ動いてくれない?あれ結構厄介だからさ」
「我々の部署に配属されたからには、しっかり働いてもらわないと困ります」
「でも……」
「神藤君が知らないはずはないんだ。君は藤原氏の影から支えた近衛一族の末裔、明治からは国の要人として奉仕してきた経歴がある。分家ではあるものの、君には相応の実力が備わっているはずだよ」
「それは……」
「調べはついています。その力を見込んで呼んだのです」
神藤はうなだれてしまった。自分が秘密にしていたことが知られていたのだ、誰でも動揺してしまうだろう。
「震えてるのかい?大丈夫だよ、僕たちがサポートするから」
「その前に、あの霊魂をどうにかしないと全員死にますよ」
全員が死ぬ。その言葉に神藤はハッとした。そしてほぼ無意識につぶやいていた。
「神祭りまりする高天原の、天照大神の御剣よ、今こそ遣わせ十束の御業、中つ国より祓い給え」
神藤が祝詞を唱えると、彼の体の内側から力が溢れ出てくる。神藤がスッと立ち上がるとまっすぐ霊魂に向かっていく。
霊魂は神藤に向かって攻撃するが、それは神藤が手で払うだけであっさりと消え去った。それを見た霊魂がたじろいだように見えたが、それでもお構いなしに神藤は歩いていく。
そして、ある程度距離を詰めたところで神藤は霊魂に向けて手をかざす。
「八百万の神たちに、祓いて禊清めたり、日高の国は旭に照らせ、罪喰らわせよ根の国向かえ」
再び祝詞を唱える神藤。かざした手から、まるで朝日のような眩しい光が溢れ出てきた。
その光を浴びた霊魂は、少しの間苦しんだ様子を見せる。光が収まったころには苦しんだ様子はなく、その目からは悪意の類いは消え去っていた。霊魂は神藤たちを見たが、なんの興味を示さずその場を離れていった。
それを確認した神藤は、全身から力が抜け、地面に膝をつく。久々に力を行使したため、加減を少し間違えたようだ。
「はっ、はっ、はっ……」
「よくやったね、神藤君」
「は、はい……」
「能力の行使による霊魂の撃退。まぁ及第点ですね」
「上島君、やっぱり厳しくない?」
「いえ、普通です」
神藤にやさしく声をかける富士見と上島。不思議なことに神藤は、彼らに対して心を開いたような気分を感じた。
「とりあえず
「そうですね。では室長、お願いします」
富士見は呪文を唱えると、また景色がゆがんだ。そして見覚えのある場所へと戻っていた。周りの人々はまるで何もなかったように――いや、この世界には実際何もなく、自由に行き来をしている。
「よし、今回も問題なかったな。それじゃ戻って報告書書こうか」
「分かりました」
「しかしこんな感じの霊魂が1ヶ月も続くのかぁ。つくづく先代は偉大だなって感じるよ」
「そんなことばかり言ってられません。私たちは公務員ですから」
「分かってるって。……あぁ、そうだ。神藤君」
「あ、はい」
「改めて紹介しよう。ようこそ神智(しんち)戦略対策事務室、通称お祓い屋へ。僕たちは君を歓迎しよう」
「柄にもないこと言わないでください。かっこ悪いですよ」
「そういうのやめてくれない?結構凹むんだけど」
「知りません」
こうして神藤はお祓い屋として仕事に励むことになった。この活躍は誰にも知られない公文書の中で綴られることだろう……。
極東異界ハイテク見聞録 紫 和春 @purple45
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