最終話 これからもずっと

 神界に戻ってから約一週間。

 飛鳥はアーニャの神殿で特段何をするでもなく過ごしていた。

 ニーラペルシに呼ばれるまで待機だそうだ。


「何にこんなに手間取ってるんだよ……」


 飛鳥は愚痴をこぼした。

 ニーラペルシは管理している神々や英雄から順番に報告を受けているらしいが、ティルナヴィアに関しては当事者のようなものだ。

 今更報告すべき事項もほとんどない。

 それより気になるのは今後のことだ。

 右目に触れる。

 上位英雄として認められたようで『終焉の王フィニス・レガリア』は開いたまま。

 レーヴァテインも手元に残っている。

 しかし、アーニャは──。


「後何回世界を救えばいいんだ……」


 今回の旅を終えても彼女は上位神になれなかった。

 しかも、最初に受けた説明の通り上位神になる為の条件も相変わらず分からないらしい。

 飛鳥は溜め息をついた。


「飛鳥くーん、ちょっといいー?」


 アーニャに呼ばれ、飛鳥は飛び起きた。


「今行くよ!」


 返事をし、部屋を出る。

 彼女の元へ行くと、普段通り優しい笑顔で迎えてくれた。


「ニーラペルシ様から連絡があったよ、明日神殿に来てほしいって」

「うん、分かった」


 もっと落ち込んでいるかと思ったが、アーニャに変わった様子はない。

 それなら自分が文句を言うのも間違っているというか、却って彼女に気を遣わせてしまうかも知れない。

 飛鳥は素直に頷いた。


「飛鳥くんも上位英雄の仲間入りだね」


 笑顔なのに、そう言うアーニャはどこか寂しそうで。


「アーニャ……」


 彼女はずっと一緒にいたいと言ってくれた。

 でも、それが叶わないことはアーニャが一番良く分かっている。

 飛鳥は思わず下を向いてしまった。

 アーニャが近づいてくる。


「飛鳥くん、念の為お願いなんだけど……」

「ごめん、アーニャ。君のお願いでもそれは聞けない」

「でも……」

「大丈夫、いきなり喧嘩したりはしないから。……ニーラペルシのことも、悪いやつじゃないって分かったし」

「それなら、いいんだけど……」


 アーニャは渋々だが引き下がってくれた。


 そして翌日。

 二人はニーラペルシの神殿に向かった。


「そういえばニーラペルシの神殿って見たことないかも」

「そっか。飛鳥くんは行くの初めてだったね。すっごいんだよ! 大きなお城があって、広さも一つの町くらいあるんだ!」

「そんなに!?」


 アーニャの神殿は日本の戸建てほどの大きさだったが、上位と下位でそんなに変わるものかと理不尽ささえ感じてしまった。

 こんなに頑張っているのだから、アーニャにももっと広い神殿をあげればいいのに。

 そんなことを考えながら彼女について行くと、途中からやたらと綺麗に舗装された道に出た。

 遠くに見える巨大な城、あれがニーラペルシの神殿だろうか。

 徒歩だともう二、三時間はかかりそうだ。


「あれがニーラペルシの? 遠いねー」

「ここももう敷地内だよ」

「へっ? ええ!?」


 道の脇には草花が生い茂り、辺りは自然公園のようになっていた。

 それら全てがニーラペルシの神殿の敷地内とは。

 飛鳥は圧倒されてしまった。


「上位神ってこんな広いとこに住んでるの!? ずるくない? 差がありすぎだよ!」

「上位神様の神殿は上位英雄の住居も兼ねてるから。神殿の中に部屋を借りてる人もいれば、敷地内に家を建ててる人もいるし」

「じゃあもし僕があいつの軍団に加わったら……」

「ここが飛鳥くんの新しい家になる、ね……」


 何を言っても心配させてしまいそうで、言葉が思い浮かばない。

 そこへ背後から聞き慣れた声が。


「アーニャちゃん、スメラギくん、ようこそ!」

「ステラ。……その格好は?」


 ステラは何故かクラシカルなロングスカートのメイド服に身を包んでいた。


「似合ってるでしょー♪」


 と、彼女はくるりと一回転してみせた。


「今日はニーラペルシ様の軍団長である私が案内するよ!」

「そうだ! ステラちゃん! 軍団長就任おめでとう! 一緒に旅したステラちゃんが軍団長なんて私も誇らしいよ!」


 途端にステラの顔色が悪くなる。


「あー……。まぁ……イストロスの一件でたくさんの英雄がいなくなったから押し上げられたというか……」

「あ……」


 メテルニムスによる軍団の崩壊。

 しかもそれはステラの肉体を使って行われた。


「だから実力じゃないんだ……。今もこうやって自分に言い聞かせてないと……。私がもっと強ければ……防げたのに……。私って本当……」


 まずい、このままではまたステラが引き籠もってしまう。

 二人は慌てて話を逸らした。


「と、ところでニーラペルシ様はどちらに?」

「僕らティルナヴィアのことを報告しに来たんだ!」

「あ、うん……。ついて来て……」


 ステラが肩を落としつつ前方に手を翳す。

 黒い穴が開き、彼女は手招きした。


「こっち、ニーラペルシ様がお待ちだよ」


 穴を抜けると、あんなに遠かったニーラペルシの神殿が目の前に。

 その手前にある庭園でニーラペルシはお茶を飲んでいた。

 三人に気づき立ち上がる。


「アニヤメリア、飛鳥。よく来ましたね。ステラ、案内ご苦労様です」


 ステラはお辞儀をし、お茶の準備に取りかかった。

 ニーラペルシに促され、テーブルに着く。


「今日呼んだのは他でもありません。今後のことについてです」

「はい……」

「どうしました? アニヤメリア」


 アーニャはバツが悪そうに首を振った。


「いえ、何でもありません」

「ステラの格好はあんたの趣味なのか?」


 飛鳥が興味本位で尋ねる。


「いえ、あの子の趣味です。貴方とステラの世界は文明レベルが近いんですよ」

「ふーん……」

「ニーラペルシ様! おかわりはいかがですか?」


 噂をすれば何とやら、ステラが戻ってきた。


「えぇ、いただきましょう」

「アーニャちゃんとスメラギくんもどうぞ!」

「ありがとう」

「それでは本題に入りましょうか」


 ニーラペルシがカップを置く。

 飛鳥もアーニャも身構えた。


「アニヤメリア。貴女は準備ができ次第、次の救世に向かいなさい」

「かしこまりました」

「飛鳥、貴方ですが──」

「断る」


 レーヴァテインに手をかける。

 アーニャは飛鳥を窘めた。


「飛鳥くん! 待って!」

「そうですか、断りますか」


 ニーラペルシがステラに合図を送る。

 すると、ステラは近くの植え込みからティルナヴィアで持っていた大剣と盾を取り出した。


「スメラギくん! 上位神様の命令に逆らうのは良くないよ!」

「ニーラペルシの命令だろうと聞けないものは聞けない。邪魔するなら……!」

「飛鳥には引き続きアニヤメリアと旅をするようにと言いたかったのですが、そうですか。嫌ですか」

「「えっ?」」


 飛鳥とアーニャは二人揃って素っ頓狂な声をあげた。

 恐る恐るニーラペルシに尋ねる。


「俺は、上位英雄になったんだよな? アーニャと一緒にいていいのか……?」

「そう言ったつもりですが?」


 ニーラペルシの背後でステラが大剣を振り上げる。

 飛鳥は急いでレーヴァテインを鞘に戻した。


「ステラ! 待った! 聞く! ニーラペルシの命令に従うから剣を下ろしてくれ!」

「本当!? 分かったもらえて良かったぁ!」

「でも、どうしてですか? 飛鳥くんは上位英雄で、私はまだ……」


 アーニャの質問にニーラペルシは淡々と答えた。


「私の軍団はまだ戦力を取り戻しきれていません。そこに『黒の王』なんて危険物を入れるのはごめんです。アニヤメリア、貴女は『黒の王』を止めたことがありましたね?」

「えぇ、はい……」

「ではそういうことで。飛鳥もいいですね?」

「え? あ、あぁ……」


 ニーラペルシが微笑む。

 実感が湧かないまま、二人はニーラペルシの神殿を後にした。


 アーニャの神殿までの帰り道、二人とも口を開かない。

 望んでいたことなのに、何と言ったらいいか分からない。

 彼女が今何を考えているのか分からない。


「アーニャ、あのさ……」

「なぁに?」


 そこにあったのは笑顔であった。

 いつも力をくれた、大好きな笑顔であった。


「えと、分かってるんだよ? 本来はないことだし、喜ぶのは違うのかもだけど……」


 アーニャが手を伸ばす。


「でも、これからも飛鳥くんと一緒にいられると思うととっても嬉しくて、何だかドキドキして……」

「アーニャ……」


 飛鳥はアーニャの手を握った。


「次はどんな世界だろうね?」

「んー……。でも私たちなら大丈夫だよ! きっと!」

「そうだね。これからもよろしく、アーニャ」

「こちらこそ! 不束者ですがよろしくお願いします!」


 意味が分かって言っているんだろうかと飛鳥は照れてしまった。

 他の神に吹き込まれたのかも知れないが、今は黙っておこう。

 願いが一つ叶ったのだから。


 二人は手を繋ぎ、再び歩き出した。

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