第百五十八話 最終決戦②

「そっち腕行きましたよ! 気をつけてください!」

「この大きさだ! 見れば分かる!」


 ステラに怒鳴り返し、マティルダはアウルゲルミルの体を駆け登っていく。

 アウルゲルミルの体が隆起し、機関銃マシンガンのようにエレメントを吐き出した。


「何の!」


 ミョルニルを大きく振り回し薙ぎ払う。

 アウルゲルミルの頭へ到達し、マティルダはステラたちに呼びかけた。


「ステラ! 焔王! 合わせよ!」

「了解です!」

「だから命令するな!」


 三人のエレメントが急激に高まっていく。

 ステラは空高く舞い上がった。


「行きますよー! 《我が輝きは流星の如くシューティングスター》!!」

「《誓約雷哮トールハンマー・ノワ・ヌプタ》!!」

「全てを灼き尽くせ!! ロンギヌス!!」


 轟音が響き渡り、アウルゲルミルの体がボロボロと崩れていく。

 やがて、元いた海へと沈んでいった。


「ふっ!」

「らあっ!」


 ミストルティンとスレイプニルがぶつかり合い、その衝撃が周りの岩や地面を抉った。

 どちらかが気を抜けば一瞬で首が飛ぶ。

 ヴィルヘルムとアクセルはもう何度もそんな必殺の一撃をぶつけ合っていた。


「てめぇ、最初にこう言ったよなァ?」


 ミストルティンを弾き、アクセルが問う。


「ん?」

「俺がグランフェルトに勝つ日が来るなんて思わなかった。今までの俺はそんなに弱かったのか」

「あーその話か。特異能力シンギュラースキルを得たことがなかったんだから当然だろ。第八門を倒せるのは同じ第八門だけだ。第七門以下がどれだけ集まったってひっくり返ったりはしないからな」

「それが分かってて『八芒星オクタグラム』を組織したのか」

「仕方ないだろ。ロマノーにはいなかったし、俺がスヴェリエやエールの国王になった時もあったよ? けど、結局ダメだった」


 アクセルは先ほどより重い蹴りをぶつけた。


「んで? やつに同調して好き勝手やってくれたって訳か」

「バルデミアは俺の本心を見抜いてたからな。よく考えてみろよ、何で不幸な人生を送った俺が死んだ後まで戦わなきゃならない? しかも他人の為に」

「悪ぃな、他はともかくてめぇにだけは同情できねぇよ」

「だよな」


 そう言って、ヴィルヘルムは笑った。

 一体どこまで本気なのか。

 アクセルの背中からドス黒いエレメントが翼のように噴き上がった。


「これで最後だ」

「あぁ、俺もそのつもりさ」


 アクセルは高く飛び上がった。

 背中のエレメントが更に勢いを増す。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 陽を背にし、アクセルはヴィルヘルム目掛け急降下した。

 ミストルティンとスレイプニルが火花を散らす。

 ヴィルヘルムはふぅっと息をついた。


「ここまでか」

「……てめぇは本当は何がしたかったんだ?」

「決まってるだろ。救われたかったんだ。でも、もういいかな」


 ヴィルヘルムの手がミストルティンから離れ、彼の肉体は岩に叩きつけられた。


 ボタボタと血を流しながら、バルデミアは飛鳥を見上げた。

 恐怖からか、真っ青になっている。


特異能力シンギュラースキルだと……!? 馬鹿な! 私はこの世界の創造主だ! 精霊使いが私を傷つけることはできない!」

「そうだろうな。『超越者デミス・ユグドラシル』は俺をティルナヴィアから切り離す能力だ。今の俺は精霊使いじゃない。エレメントによる攻撃を防ぐこともできない。でも、だからこそお前を倒せる」


 バルデミアが震える手で地面に指を這わせると、雷撃が放たれた。

 飛鳥は微動だにしない。

 しかし、今度は光のエレメントが雷撃を防いだ。

 アーニャが静かに、力強く告げる。


「飛鳥くんを傷つけさせはしません」

「ふ、ふざけるな! 君が私の精霊術を防いだと言うのか!? それこそあり得ない! 私以上の力を持つなど……!」

「終わりだ、バルデミア。ティルナヴィアを返してもらう」


 飛鳥はバルデミアの首目掛け、レーヴァテインを振り下ろした。

 だが──


「ッ!?」


 とどめを刺すには至らなかった。

 血を止めようともせず、バルデミアがもがく。


「私は……こんなところで死ぬ訳にはいかない……!」

「手応えはあったのに……!?」

「ティルナヴィアの枠を超えたその能力は見事だ……! だが、神界に属する者としては、まだ私を殺すまでには至らなかったようだな……!」


 岩に寄りかかりながらバルデミアは立ち上がり、飛鳥に向かって手を伸ばした。


「その力とレーヴァテインを渡せ……」

「くそっ! だったら!」


 レーヴァテインを構える。

 しかし次の瞬間、バルデミアの姿が消えた。


「え……?」

「バルデミア、様……?」


 アーニャが飛鳥の元に駆け寄る。

 飛鳥は彼女に尋ねた。


「今の、何が起きて……? アーニャの精霊術じゃないよね……?」

「防ぐのはできてもバルデミア様を倒せる精霊術なんて私使えないよ!」


 二人してあたふたしていると、ニーラペルシが近づいてきた。


「どうやら届いたようですね」

「届いたって何が? どこに?」


 ニーラペルシは目が点になっている飛鳥たちを見てくすりと笑った。


「視えましたか? 飛鳥。最高神様の力が」

「最高神の……!?」


 バルデミアが立っていた場所を見つめ、歯を食いしばる。

 『終焉の王フィニス・レガリア』には何も映らなかった。

 気配すら感じなかった。

 これが神界のトップ、最高神の力。

 『黒の王』が狙っている存在。


 今のままじゃ、俺がどれだけ足掻いても……!


 飛鳥の気持ちを知ってか知らずか、ニーラペルシが目配せした。


「今回のはあくまで現時点での可能性です。更に上に至れるかは貴方次第ですよ」

「……分かってるよ」


 彼女から目を逸らすと、走ってくるマティルダたちの姿が見えた。


「飛鳥ー!!」


 マティルダは戦いの後とは思えぬ速度で駆けてきて飛鳥に抱きついた。


「マ、マティルダ! 苦しいよ!」

「よくやった! 流石は余の夫だ!」


 尻尾をふりふりと揺らしながらマティルダが頬擦りする。

 くすぐったさを感じながらも飛鳥は彼女の頭を撫でた。


「マティルダもお疲れ様」

「うむ!」


 遅れてやってきた他の皆とも言葉を交わす。

 その時だった。


「あ……。ニーラペルシ様……」


 アーニャとユーリティリアの『神ま』が真っ白に光り始めた。

 ニーラペルシが頷く。


「今回の旅もご苦労でしたね。アニヤメリア、ユーリティリア」


 地面から光の柱が伸び、空には黒い穴が出現した。

 イストロスから神界へ帰還した時と同じだ。

 飛鳥はニーラペルシに詰め寄った。


「ちょっと待ってくれ! もう戻らなきゃいけないのか!?」

「えぇ。イストロスの時もそうだったでしょう」

「でも、もうちょっと皆と話したり……政務の引き継ぎもしてないし!」


 ニーラペルシは答えない。

 それが却ってどうしようもできないという事実を突きつけてきた。


「もう、行ってしまうのだな」


 マティルダの声に振り向く。


「…………ごめん」

「謝るな! 胸を張って帰るがよい! ……余は何も後悔していない。貴様は自慢の夫だ」

「マティルダ……。……ありがとう、元気で」


 彼女は心配させまいとするように満面の笑みを見せた。


「我が王……」

「飛鳥ー……」


 カトルも冷静さを装っているが目には涙を浮かべている。

 クララは、元々が素直な性格だ。

 辛そうに下を向いている。


「カトル、クララ。本当にありがとう。マティルダのこと、頼んだよ」

「もちろんです! お任せください!」

「私もコーヒー飲めるようになって飛鳥気分を味わうからなー……」


 クララはずっと持っていたのだろう、飛鳥がいつも使っているカップを手の中で転がした。


「うん。そうしてくれたら嬉しい──」

「ちょ、ちょっと! 最後までこうなの!?」

「へ?」


 穏やかな空気の中、突然リーゼロッテが悲鳴をあげた。

 見ると、アーニャが尻尾に上半身を埋めている。


「リーゼロッテちゃんのもふもふ〜……」

「最後くらいちゃんと顔見なさいよ!」


 彼女はアーニャを引き剥がし、服を叩いた。


「飛鳥、あんたたちには本当に感謝してる。楽しかったわ」

「僕らもだよ。アクセルと仲良くね」


 そう伝えると、リーゼロッテは真っ赤になってしまった。

 当のアクセルはというと、いつも通りどこか不機嫌そうだ。


「あれ? 焔たちは?」

「さっさといなくなっちまったよ。貴族共に国は任せられないんだと」

「そっか、その……」

「終わったんだろ、さっさと帰れよ」

「ちょっと! もっと言うことあるでしょ!」


 と、リーゼロッテがアクセルを蹴った。

 いつものやり取りに笑みが溢れる。


「エールのこと、よろしく頼んだぞ」


 だが、アクセルはそっぽを向いた。


「命令すんじゃねぇ。俺はてめぇの家臣でもねぇし、てめぇを王だと思ったこともねぇ」

「そうだったな」

「……てめぇは俺の恩人で、友人だ。それだけだ」

「──うん、ありがとう」

「帰りますよ、二人とも」


 ニーラペルシに呼ばれ、飛鳥とアーニャは光の輪に入った。

 涙を堪え手を振る。

 皆に見送られ、飛鳥たちは神界へ帰還した。

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