第百五十七話 最終決戦
「私たちを消す、ですか」
小馬鹿にするようにニーラペルシが口にする。
「この宇宙から逃げ出そうとしている貴方にできるかは疑問ですが、随分と弱気になりましたね。昔の貴方なら最高神様に挑んでいたでしょうに」
嫌味は気にしていないらしい。
バルデミアは表情を変えずに答えた。
「爺様を斃したところでどうなる。やつが敷いたルールは簡単には変えられない。その間にどれだけの生命が不幸になるか。ニーラペルシ、君は何故こんな無益なことを続けられる? 私と同じ君が」
「同じ? 何のことでしょう?」
ニーラペルシがわざとらしく首を傾げる。
バルデミアは理解を求めるように両手を広げた。
「君は聡明な神だ。この宇宙がどれだけ間違っているか分かっているだろう。爺様は力がありながら欠陥品を創った。そしてその対応を神格を分けた君たちにやらせている。それのどこが正しい?」
「確かに」
と、ニーラペルシは飛鳥たちを見渡した。
「この宇宙には格差や不幸が溢れています。英雄の多くも不幸な人生を送り、救われたかったと願いながら死んでいった者たちです。そんな彼らに他者を救えと言うのは少々酷かも知れませんね」
「そうだろう! だが私が創る新たな宇宙は違う。全て私が管理する。私が全ての生命に幸福を与える。爺様のように人任せにしたりはしない」
飛鳥は痛みを押し、レーヴァテインに手を伸ばす。
バルデミアの言っていることは正しいのかも知れない。
格差もなく、誰も不幸にならない世界。
救世の旅なんかしなくてもいい世界。
それはとても素晴らしいことのように聞こえる。
だけど──。
「本当に創れますか? 今ティルナヴィアで不幸を生み出している貴方に。そんな世界が」
飛鳥の気持ちを代弁するかのように、ニーラペルシが問いかけた。
バルデミアの顔が強張る。
「黙れ、ティルナヴィアに不幸が生まれているのは爺様が創った仕組みのせいだ」
「さっきから爺様爺様って、そんなに怖いのかよ。最高神が……」
「何だと?」
飛鳥がそう言うと、バルデミアの態度が明らかに変わった。
アーニャが飛鳥を抱き止める。
「飛鳥くん! 無理はしないで!」
「アーニャ……」
正直、戦う力はほとんど残っていない。
全身が痛むし、『
逃げられるものなら逃げ出したい。
でもできない。しちゃいけない。
自分がエールの今を、この世界の今を創ったのだから。
それに今逃げたらアーニャとの約束を破ってしまう。
彼女を上位神にするという約束を。
後は、自分勝手な話だけどアーニャに好きになってもらって、一緒になって。
英雄の中でも自分は珍しいタイプなんだろうなと飛鳥は思う。
日本にいた頃不幸とまでは思わなかったし、何なら今の方がよっぽどきつい。
でも、未練はない。
だって、アーニャに出逢えたから。
初めて逢った時よりずっとずっと好きになっているのだから。
彼女の傍にいられるなら、何だってすると決めたのだから。
「ニーラペルシ、頼む。バルデミアを倒すのに力を貸してくれ」
「もちろんですよ。というより──」
「あのおおおおおおおおおお!! お話中申し訳ないんですがああああああああああ!!」
ステラの絶叫が響き渡る。
「思ったよりきついので手伝ってもらえませんかああああああああああ」
彼女が押さえ込んでいた火球が勢いを増す。
だが、突如地上から放たれた熱線が火球を撃ち抜いた。
飛鳥が目を見張る。
「今のは、ロンギヌス! じゃあ……!」
「信じられない話ばかりだが、こうして目の前で起きている以上真実なのだろう」
そこには、のどかに支えられながらロンギヌスを構える恭介の姿があった。
「生きてたのか、焔……」
「当たり前だ。それよりも……」
恭介がヴィルヘルムを、いや、ミストルティンに視線をやる。
「
「何だって?」
ヴィルヘルムが不服そうに聞き返した。
「俺は今までその剣で何人もの敵を斃してきた。だが、勝利を感じたことなど一度もない。どれだけ戦おうとも秩序ある世界は生まれなかった。それに、元の持ち主である貴様がこれから負けるんだ。当然だろう」
初めて出会った時と同じく恭介の声は無表情だ。
癇に障ったのか、ヴィルヘルムは恭介を嘲笑った。
「やせ我慢が過ぎるぞ、焔王。第八門がこれだけいて、まともに戦えるやつが一人もいないじゃないか」
「ですから私がやってきたんですよ」
恭介たちの会話にニーラペルシが割って入った。
彼女の『神ま』が光を放ち、飛鳥たちの足元に草花が広がる。
ニーラペルシは更にページを捲り、指でなぞった。
「アニヤメリア、飛鳥。これだけの事態です。例外中の例外ですが、あなたたちの持つ可能性を全て引き出してあげましょう」
「私たちの、可能性……? ──ってきゃっ!?」
突然背中に光の翼が生え、アーニャが飛び上がる。
それだけでなく、彼女の頭上に光の輪が現れた。
「アーニャ!? 大丈夫!?」
飛鳥が慌てて聞くが、アーニャはむしろ自信満々にこう言った。
「うん……! 何だか力が溢れてくる……!」
「飛鳥、貴方もですよ」
景色が、世界が変化する。
あらゆる情報がより詳細に、肉体に負担なく取り込まれていった。
『
「『
「それがあなたたちが今持っている可能性です。マティルダ・レグルス、アクセル・ローグ。お二人ももう大丈夫ですね? 恥を忍んでお願いします。ヴィルヘルム・ヒルデブラントとアウルゲルミルを徹底的にぶっ潰してもらえますか?」
頭を下げるニーラペルシに、マティルダは胸を張って応えた。
「任せよ! 創世の巨人か、相手にとって不足はない!」
「あんたに頼まれなくても元からそのつもりだ」
アクセルの体から三属性のエレメントが立ち昇り、絡み合っていく。
マティルダは彼の背中を叩いた。
「そちらは頼んだぞ! ステラとやら! そして、焔王。余たちはアウルゲルミルを仕留めるぞ!」
「はい! よろしくお願いします!」
「……獣人が俺に命令するな」
それぞれが自身の相手と向かい合う。
バルデミアは飛鳥とアーニャを一瞥し、『神ま』を閉じた。
「やがて至るであろう可能性の姿か。私でもそこまで記すことはできないな。しかし──」
と、飛鳥たちへ手の平を向ける。
「それで何かが変わる訳ではない」
飛鳥は背中越しにアーニャに声をかけた。
「防御は任せたよ、アーニャ」
「うん! 今の飛鳥くんに必要かは分からないけど!」
バルデミアの手に炎が灯る。
炎は細く、しかし鋭い刃となって飛鳥のすぐ横を穿った。
「むっ……?」
バルデミアの顔が僅かだが歪む。
飛鳥はレーヴァテインを肩に担ぎ、ゆっくりと歩き出した。
再びバルデミアの炎が刃となり、飛鳥のすぐ側を斬り裂いた。
「どういう、ことだ……?」
その後も炎の刃が何度も何度も襲い掛かるが、飛鳥を傷つけることはなかった。
バルデミアの表情が恐怖に染まる。
「何故だ、何故当たらん!?」
「どうした、バルデミア」
飛鳥がバルデミアの目の前に立つ。
「とっくに間合いだぞ」
レーヴァテインがバルデミアを捉えた。
バルデミアの左半身から血飛沫が舞う。
「ながあっ!? ──おのれ!」
互いの間を縫うように炎の刃が駆けるが、またしても地面を傷つけただけであった。
ふらつきながらバルデミアが飛鳥に掴みかかる。
「何をした! 皇飛鳥!」
飛鳥はひらりと身を躱し、レーヴァテインを真一文字に振るった。
バルデミアの胸から鮮血が噴き出す。
「何が……起きて……!?」
荒く息をするバルデミアを見下ろし、飛鳥は告げた。
「これが俺の
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