1‐4

 「お爺さん、今日も来たよ。」

「おお、マリノちゃんか。ほい。今日の一仕事分。そして報酬のチョコ一袋分。毎日ありがとうね。」

午後、河川敷のベンチに座るお爺さんに声をかけると鳩の食事とチョコ一袋貰える。

「どういたしまして。春休み中暇でしょうがなくて私も困ってたんだよね。鳩の餌やり楽しいからいい暇つぶしになるよ。こちらこそありがとう。」

「ほっほっほ。」

こんな会話をして今日も鳩の餌槍をする。お爺さんはまともに動けず鳩の餌やりができないから私が代わりに餌をやってあげている。こんな平穏な毎日ともなると自分が記憶失くしていることさえも忘れてしまう。

「マリノちゃーん!」

いや、忘れているのはいつもか。

「ごめん、誰?私、記憶なくなっちゃったから学校の友達も分かんないんだよね。だから許して。」

あからさまに怒る表情をしているこの子に私は思わずたじろぐ。因みに名前は赤松あかまつ蓮華れんげ

「記憶失くしちゃったの!?私のマリノちゃん可哀そうに。」

怒ったと思ったらすぐに悲し気な表情をした。そして私はあんたのじゃない。第一印象、めんどくさい。思いっきり抱きしめられ胸を圧迫されて思わずせき込んだ。苦しい。

「あ、ごめんね。マリノちゃん、記憶戻るんだよね?」

「2年かかるけどちゃんと戻るらしいよ。今のとこ何も戻ってないけど。」

強く揺さぶられ次は吐き気がしてきた。オウェ...。

「そっか。じゃあ、絵里奈ちゃんも覚えてないんだよね?」

「誰ぇ~それ。」

蓮華に揺さぶられすぎて目が回りもう訳わかんなくなっていく。

「今来たよ。ねえ、絵里奈ちゃん聞いてよ!」

蓮華の向こうで自転車から降りてトコトコやってくるのは背がちっこい印象の可愛いて、感じの子だった。因みに蓮華は見た目超活発のパリピ。


 「えぇー!えっと、じゃあ、初めまして?私は酒井さかい絵里奈えりなよ。」

「私達友達だったんでしょ?あ、今もか。だからそんな堅苦しくしなくていいよ。」

「うっっっマリノちゃん優しいよぉ~。記憶失くしても優しい。」

絵里奈は何やらいきなり泣き出したので私は思わずおどおどした。

「えっと...。私何かやらかした?」

「絵里奈はいつもあんな感じだから気にしなくて大丈夫だよ。」

蓮華は慣れているかのように軽く流す。その様子に「そっか。」と言ってぽかんとしてしまう。

「ねえ、マリノちゃん。どうして記憶失くしちゃったの?」

思わず固まってしまった私に蓮華は「おーい。」と言いながら手で顔の前でフリフリしてみたり「起きてますかー。」と耳の横で言われてみたりしてやっと私は我に返った。私って...

「なんで、記憶なくしたの?」

案の定、蓮華は目が点になり絵里奈は涙が止まった。

「は?」

「ん?」


———・・・


 昨日は蓮華と絵里奈と喋って平一はこの川に来なかった。でも、今日はびっくりすることに先に河川敷に先に座っているのでびっくりした。私はいつもどうりおじいさんから食パンとチョコを貰って平一の横に座る。

「こんにちは。」

と言うと、平一は微笑んで

「こんにちは。」

と返してくれた。

「チョコ食べる?」

「いいの?それじゃ、いただくよ。いつもここに来てるの?」

「暇だからね。」

私はそう言うとぼんやりと空を見上げた。今日は曇っていて空気が湿っている。今にでも雨が降りそうだ。今日は鳩にパンをやったらすぐに帰ろう。

「ねえ、なんで私が記憶失くしたか知ってる?」

「事故じゃないの?車に跳ねられたって。あ、もしかしてマリノ聞いてない?」

私はコクリと頷く。すると平一はまた「そっか。」と言って静かに笑った。私はずっと思っていたことを言ってみた。

「平一て、すぐに笑うよね。そんなに何が可笑しいの?」

「そういうところだよ。」

私はよく分からず首を傾げて、

「だからどういうところ?」

すると次はこんな質問をされた。

「マリノはどうして俺と仲良くしてくれるの?」

私は少し考える素振りをして自分の中で納得したようにコクリッと頷いた。平一は笑顔のまま首を傾げている。

「平一が笑ってるからだろうね。一緒にいると楽しい気持ちになる。」

「そうか。」

私は思わず笑みがこぼれ、それは平一は見逃さなかった。

「病院で目が覚めてから初めて俺の前で笑ったね。」

「そうだっけ?」

そんな他愛のない会話をしているとポツポツと雨が鼻や頬に当たった感覚がした。

「雨?」

「降ってるね。屋根のあるところ行こ。」


 「濡れちゃったね。マリノちゃん?」

屋根があるところへ避難したのはいいけれど、ここがいったいどこなのか分からずこの洞窟みたいな穴の奥へ歩いてみた。

「階段がある。」

「本当だ。この奥に何があるんだろう。」

「行ってみる?」

正直こういう暗い場所は苦手だ。懐中電灯もないしそんなに奥には行けない。

「行ってみようよ。春休みの思い出にさ。」

「春休みの思い出て、聴いたことないよ。まあ、いいけどさ。」

春休み最終日。私と平一は洞窟探検を開始した。

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