異世界転生したけどチートできるルールがわからないんだが

東羊羹

神様「すいません許してください、異世界送りますから」

 どこぞの将軍様が黄門を見せるのと同じくらいの様式美で、トラックに轢かれた高校生が俺である。

 どうやらこのトラックが俺を轢いたことによって、商品の納入が遅れてしまい、商社マンの休日が返上になり、部品納入にやきもきしていたメーカーの現場担当がかなりの迷惑を被ったらしいが、まぁ一番の被害者は俺なわけで、それはまた別の機会に述べる事とする。


「誠に申し訳ありません。こちらに些細なミスがありトラックの通行時間とあなたが移動する時間がかちあってしまいました。管理ミス以外の何物でもありません。誠に申し訳ございませんでした!」


 九十度と言っていいほどに礼をする神様の一人と思しき存在。確かに荘厳というか人間でない何か、というのは直感でわかるのだが、なんというかこう頭を下げられては神様という感じがしない。しかも女性なので強く出るのも気が引ける。

 それだけではなくその隣にもう一人の女性、こちらも神様だとは思うのだが半泣きで頭を下げている。


「すみません!すみません!」


 人にここまで頭を下げられる経験なんて初めてだったので狼狽えていると、最初に頭を下げていた方の神様が続けて口を開く。


「今回の顛末書、改善案報告書は別途お渡しさせていただきます!始末書は私の方で受け取りましたので早急にお渡し…」


「え…と。報告書とかあっても…困る…というかいらないし。俺はこれからどうしたらいいの?それになんで二人もいるの?」


「はい、事情だけお話しさせていただきますと、隣の者はこの部署に配属されたばかりの新人なのです。私も注意して都度確認しておくべきだったのですが、申し訳ございません!」


 よくわからないが神様もあんまり人間社会と変わらないらしい。しかもよくドラマで見るようなサラリーマンが頭を下げるシーンじゃないか。やっぱり社会なんか出るもんじゃない。きっとこの新人も滅茶苦茶に怒られたんだろうなぁ…。


 あんまり神様の社会なんて知りたくなかったかもな…。幻想を抱いたままの方がよかったかもしれない。


「私どもにはお亡くなりになってしまったあなたを元の世界に戻す事はどうあってもできないのです。ですので新しい世界にお送りさせて頂きます。無論それ相応の配慮はさせて頂きますので、何卒ご容赦いただけませんか」


「新しい世界…か。悪くないかもな」


 よくよく振り返ってみる。いまは高校二年生なのでアニメや漫画ならば不思議な主人公として活躍している時期だろうが、実際はそうもいかないわけで。

 代り映えのしない毎日、うるさい親と教師、学校が終われば世間体(クラスから見ての)を保つために入っている部活や予備校。たまに土日に大会や模試があるので休みが潰れたりする。クラスには友達はいるものの、ギャーギャーうるさいだけの奴がクラスを仕切り辟易していた所でもある。


「せめて…っつーか…チート特典…あるよな?だったら…」


 それを述べた瞬間、唐突に体に力がみなぎってくる感じがする。生まれて初めて栄養ドリンクを飲んだ時に感じたものと近しいものだ。万能感に満ち、何でもできるような心持になってきた。 

 

「いまサンプルとして身体能力向上をお渡しさせていただきました、ご確認いただいてもよろしいでしょうか」


「確認ってどうすればいいの?」


 そう言うと、新人と呼ばれた方の神様が手元から用紙を一枚取り出し、たたた…と走ってきて俺にそれを手渡した。


「お…お渡しさせて頂いた能力の報告書です!自社工場で分析しまして結果を出しております!場合によっては…第三機関に依頼して数値を客観的に数字をお出しする事も可能です!」


 第三機関に依頼、という言葉が出たあたりで隣の神様が渋い顔をしたような気がする。


「誠実さは相手に伝わると思うけど、費用はこっち持ちになるんだからあんまり言いすぎたらダメ」


 上司と思しき方の神様がそっと新人に耳打ちした。何を言っているんだろう?まぁいいか。そう思いながら用紙に目を通してみる。


 9998.98。


 攻撃、防御、魔法攻撃、魔法防御、体力…素晴らしい数字が並んでいる。向こうの世界に一万以上がなければいい…というか、なんで9999じゃないんだ?最後の98って何。


「9999じゃないの?」


「9999は完全なる数値です。あなたの状況によって9999にならない場合もございます。私どもは責任がございますので9999と断定することはできないのです。ただ、実際に使っていただければ、今では考えられないほどの能力上昇が確認できると思います」


 そう言うと、神様が指を振った。目の前に十五センチ以上の厚さはあるだろうという鉄板が姿を現した。


「こちらの鉄板がサンプルになります。軽く蹴ってお試しいただけますか」


「お、おう…」


 突き指を恐れずにサッカーボールを蹴る要領でその鉄板を…。

 その瞬間、ぱぁん!と弾けるような音がして目の前でぱらぱらと鉄板が砕け散る。


 いける。砕けた鉄板の一部が自分の頭に振ってきて直撃したが綿が触れたような感覚だった。逆に鉄板が砕け散る。


「もちろん、向こうの方と接する場合には加減ができるよう調整してあります。向こうの世界で謳歌していただけますよう」


「わかった!よし、送ってくれ!」


 みなぎるパワーに身を任せて思わず叫んだ。


「承知いたしました。この度は誠に申し訳ありませんでした!目が覚めれば美しい森の中にいらっしゃると思います。近くに街もございます!ゴブリンやスライムに悩まされておりますのでまずはそれを討伐してください!」


 頭を下げる上司の隣で新人が呪文を唱える。それに伴い自分の体が徐々に透明になり、眠る直前のような気持ちよさになっていく。


 やった!やった!やった!

 

─ちょっと!その数値じゃない!座標が違う!あぁ…。クレームもできないだろうから今回はもういいけど次からは気を付けてよ?本当に。


 一瞬不吉な声が聞こえたような聞こえなかったような。


 ◇


 素晴らしい夢から醒めたような気がする。非常に鮮明で何よりいつものように睡眠を五分延長…などということはなく、即座に頭が覚醒した。


 ここは森…ではなかった。


 周囲は銀色。きぃーきぃー…とドアが開くような音が響いている。足元は灰色。立つことはできるがなんとなく不安になるような感触。ここが外なのか部屋なのかも分からない。


 ぼぉー…ぼぉー…と低い笛のような音が響き、同時にかぁーん、かぁーん…と鐘がなるような音もする。幾重もの音が合わさって段々気分が悪くなってくる。それと同時に呼吸が乱れ、凄まじい不安感が呼び起こされ、目を見開いて空を見上げた。


 空などない。


 いや、これが空なのか?


 左右が非対称な万華鏡。しかし美しく純粋な赤と青ではない。非常に濃く黒に近い赤紫、ビリジアン、黄土色、灰色、黒、灰色、黒、灰色、灰色、黒、灰色、黒…灰灰灰灰灰黒黒黒黒黒。それが空一面に「並んでいる」。がしゃがしゃと動きながら。音もなく。


「いやだ…いやだ…いやだああああああっ!!」


 その声に反応したのか銀色の「おそらくは生き物であろう物体」が動き出した事に俺は気づかなかった。


【続】

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