20/追憶

 気が付くと僕は自宅にいた。


 ──あぁ、またこの夢か。


 見えるのは母さんと、知らない男性──いや、この人は父さんだ。


「はぁーい、ママですよー! ユウくーん、笑って笑ってー!」


 いつものように、母さんが僕の名を呼ぶ。


 ──そういえば母さん、手紙読んでくれたかな。


 テーブルに書き残した【徹と遊んでくる】のメモ。

 なかなか帰ってこなくて、きっと──心配させてしまっているに違いない。


「あぁー、ああー」


 やはり、僕の声は母音しか発せられなかった。


 ──夢の中では幼児だから仕方ない、か。


「ユウくーん、ほら、今日はパパもいますよぉ!」


 ──そうだ、父さんの顔。


 相変わらず、父さんの顔は黒マジックで塗りつぶされていた。

 ただ、いつもと違うことが一つだけあった。

 それは──夢の中の自分が〝現在の記憶〟を覚えているということ。

 そして、いつものように鳴る携帯の電子音。


 ──たしか、次の父さんのセリフはこうだ。


「──呼び出しだ」


 ──ほら、やっぱり。


「……うん。気をつけてね? ちゃんとご飯とか食べなきゃダメだよ?」

「──すまん。帰ってきたばかりなのに……」


 母さんは微笑みながら、無言で首を振る。


「ああー! ああー!」


 幼い僕は、必死になって父さんを呼んだ。


「ほらー、ユウくーん。泣き止んでよぉー」


 母さんは頬ずりしながら僕を抱きあげ、揺りかごのようにゆっくりと揺らした。


「パパにいってらっしゃい、しようねー」


 母さんは僕の小さな手を握り、玄関先にいる父さんに一緒になって手を振った。

 そして、父さんは立ち止まる。


 ──ここから先は、僕も見たことがない会話だ。


「──ユウ、どんなことがあっても、決して人を恨んではいけないよ。憎しみは繰り返してはいけない」


 そう言って、父さんは僕の頭を撫でる。


「パパはこれから、それを止めるお仕事に行くからね」


 それは温かくて大きい、母さんと同じ優しい手だった。


「……小さいお前にこんなことを言うのは残酷かもしれない。だけど──これだけは……これだけは忘れないでほしい」


 母さんの腕から優しく僕を抱き寄せ、父さんは言った。


「……パパは────ちゃんとお前のことを見ているから」


 強く、けれども優しく──しっかりと僕を抱きしめてくれた。


 ──あぁ、そうか。僕は……。


 僕は愛されていたんだ。──そう実感した瞬間だった。


 母さんの腕の中に戻ると家の扉が閉まり、世界が黒にフェードアウトする。

 頬を伝う涙が、ひどく温かく感じた。

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