第22話 死ななくてよかったぁ……。

 『感性は、人によって違う。夜空の星に例えよう』というのは、第14話でやりました。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054889090217/episodes/1177354054890229289


 なので今回は、『感性は、時とともに変わる』、という話をしたいと思います。


※ 注意!!

※ 本エピソードには、映画『ラ・ラ・ランド』のネタバレがあります!


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 はるかな昔、中学生の時に修学旅行に行った。東北地方を旅し、中尊寺金色堂の鮮やかさに息を飲んだ。そして、小岩井農場を訪ね、牧羊犬が羊たちを追いかける姿に心躍った。


 その小岩井農場で食べたソフトクリーム。一口食べた時、あまりの美味しさに頭の中が真っ白になり、一瞬、気を失った。


 時は過ぎ、社会人となりお金に余裕が出来た頃、かつての修学旅行で訪れた場所を、少年時代を思い出しながら再訪した。変わらぬ金色堂の美しさに心打たれ、心躍らせて訪れたのは小岩井農場。かつての感動を再びと、ソフトクリームを口にした。


 ……。


 普通に美味しい。


 まずくはない、いや、間違いなく美味しい。


 美味しいんだよ、美味しいんだけど、頭の中が真っ白にはならなかった……。


 目をつぶって食べて、マクドナルドのソフトクリームと、はたして違いがわかるだろうか? 自信ないなぁ―。ビールと発泡酒の違いもわからないし。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 郊外にある映画館。平日は人がいない。ガラガラの貸切状態で、『ラ・ラ・ランド』を観た。序盤の長回しのダンスシーンは、まぁ、こんなもんかと高を括っていた。


 ストーリーが進む。舞台を夢見るヒロインが努力をしてもしても、むくわれない。そんなヒロインが一人の男と出会う。


 少しずつ心拍が上がる。


 更にストーリーが進む。最後のチャンスを掴むため、ヒロインが自分の力をすべて出し切り、渾身の思いを込めて、審査員の前で歌う。


 全身がこわばり、喉がからからになる。精神的に不安定になり、感情の波が抑えられない。


 クライマックス。ヒロインが選ばなかった、もう一つの人生。叶わなかった、もう一つの人生。幸せと引き換えに失った、もう一つの人生。


 周りに人がいる場所で、生まれて初めて号泣した。声が漏れないように必死に口を抑えた。涙でスクリーンが見えなくなった。もちろん、感動して泣いたことはある。しかし、心臓が止まるほどの感動に包まれたのは、かつて一度も経験したことのない感情だった。


 スタッフロールが流れる間も泣き崩れた。


 劇場にライトが灯り、やっとのことで立ち上がり、泣いている姿を見られないようトイレへと駆け込み顔を洗った。


 数年後、テレビで『ラ・ラ・ランド』が放映された。


 ……。


 エマ・ストーンは、かわいい。本作は、間違いなく代表作だ。


 しまった! 途中で寝てしまった! でも、ストーリーはわかってるから、全然問題なし!


 やっぱり、映画は映画館で観ないと駄目だな。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 純情だったあの頃、同じ会社にいた一人の女性に恋をした。


 だが、相手には婚約者がいた。


 結婚祝いの飲み会をセッティングし、会社の皆で祝った。


 しかし、結婚した女性は、何年も経たぬうちに離婚した。


 そして、フリーになった女性は、僕の同期と再婚した。


 夜中、一人ベッドの中で泣いた。


 死にたくなった。


 電車を待つプラットフォームに、吸い込まれそうになった。



 数年後、もとい、十数年後、彼女を見かけた。


 ……。


 死ななくてよかったー!


 いや、人を容姿で判断するのは良くないと思ってます。


 はっきり言って、サイテーです。


 やっぱり若いほうが……、とか言ったら、世の中、全ての女性を敵に回すでしょう。


 でもね。


 やっぱり、死ななくてよかったよ!



  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 感性は、時とともに変わる。


 昔、感動したことに、今も感動するとは限らない。


 今、感動したことに、将来も感動するとは限らない。


 だから、今の感動を大切にしよう。




 感性は、時とともに変わる。


 昔、死にたいと思ったことでも、今は生きてて良かったと思う。


 今、死にたいと思ったことでも、将来きっと生きてて良かったと思うだろう。


 だから、死んじゃ駄目だ。




 感性は、時とともに変わる。


 それは、昔のあなたと、今のあなたが違っているからだ。


 きっと、今のあなたと、将来のあなたも違っているだろう。


 だから、自分の価値を認めよう。




 過去の思い出も、今の感情も、大切にしよう。


 たとえ将来変わるとしても、未来のあなたを作るのに、全て必要なのだから。

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