心配
夕方頃に一件接客を終え、すでに時刻は二十時過ぎ。
苑珠は都内の高級レストランで夕食を取っていた。
向かいに座っているのは父、六条義久。細身の黒いジャケットを着こなした、落ち着いた雰囲気の男性だ。
「二週間ぶりかな、こうやって食事するのは」
「そうですね」
一口サイズに切った前菜をフォークで口へ運びながら、そう答えた。
「新しい学校はどうだ? 友達は出来たか?」
「……はい、何人かは」
当たり障りなく答えて置こうと思い、少し嘘をついた。友人と呼べるような者はいないし、秋人の申し出に対してはまだはっきりと答えていない。
「お前を守るためとは言え、自由に遊びに行かせてあげられないことは申し訳なく思っているんだ」
「わかってますよ。私の役目からすれば仕方のないことです。気にしないでください」
「すまんな」
義久は眉尻を下げ、優しい表情で微笑んだ。
彼の優しさは嘘だ。苑珠のことを思うなら、その能力を利用しなければいいだけのことだ。そうすれば苑珠は危険な目に遭うこともなく、友人とも普通に遊びに行くことが出来たはずだ。
彼は一応苑珠に護衛をつけてはいるが、最悪自分が居なくなっても構わないのだと思う。
しかしそれは当然と言えば当然だ。苑珠は彼の本当の娘ではないのだから。出来るだけ利用するために苑珠を養い、守っているのだ。
「いえ。私もわがままを聞いて貰ってますし、転校させてくれたことは感謝していますので」
いつも通り、何食わぬ顔でやり過ごした。
「それなら良かった。何か欲しい物はないか?」
「いえ、今のところは特に」
「これからも何でも言いなさい。出来ることなら聞いてあげるから」
「ありがとうございます」
その後も適当に世間話をしながら、食事は進んだ。
……
……
何カ月か前のことだ。
武装グループに襲撃されて拉致された私は、体を縄で縛られ、どこかの廃屋に監禁されていた。
このような誘拐被害に遭うのはもう五度目だ。
少し慣れてきてはいるが、怖いという気持ちに変わりはない。このまま依頼人に引き渡され、それがタチの悪い輩だと何をされるかわからない恐怖がある。
しかし誘拐される理由を考えてみれば、どうせ依頼人は私の能力を欲しがっている誰かだろう。占術能力の使用を求められれば、自分の身を守るためにも素直に従おうと思っている。そうすれば、無駄に私を傷付けるようなことはしないはずだ。
今頃は警察も捜索してくれているだろうし、私の衣服や鞄には複数の発信機が付けられている。いくつかは壊されたが、一つでも残っていれば助けが来るはずだ。
ちなみにスマホにもGPS機能が付いているが、拉致された直後に取られてどこかに捨てられた。
護衛の男たちはどうなったのだろう。銃で撃たれた者もいたので怪我をしていたり、もしかすると死亡しているかもしれない。
先程から銃を所持した男たちが目の前をうろうろしている。数は五人。外の見張り等を含めれば十人前後はいる。
「残りの金は? …………了解した。では娘の受け渡しの際に残りの五億を」
誰かと携帯電話で話していた男はそういって通話を終えた。
段々とまずい状況になってきた気がする。受け渡されて監禁されたり、もしくは海外にでも連れて行かれたらさすがにやばい。
どうせ誰かに利用されて生きるのであれば、今の生活の方がマシだ。
そう思っていると、少し離れたところで仲間と話していた男が突然その場に倒れた。
「どうした!?」
「いや、こいつが急に倒れて……!」
そしてまた一人倒れた。
様子を見ていると、どうやら外にいる見張りの連中も倒れたらしい。
「どういうことだ……!?」
男たちは焦り始めた。
彼らは次々と意識を失い、倒れていった。
最後に私のそばにいた男が倒れると、後は助けが来るのを待つだけだった。
……
……
一限目の授業中、苑珠は頬杖をつき、ぼーっとしながら過ごしていた。
(柴崎君と友達……嬉しいけど……)
昨日彼と話してから、そのことばかり考えている。
昨日の「接客」はいつものように行ったし、父親との夕食も当たり障りなく過ごした。しかしそれ以外の時間はほとんど彼のことを考えていた。
「次の文章を訳してください……えー、六条さん」
「へ?」
名前を呼ばれたので反射的に顔を上げると、教卓に立つ女性教師がこちらを見ていた。
現在は一限目の古文の授業中だ。ここまでほとんど聞いていなかった。
「……どこのことでしょうか?」
立ち上がって尋ねると、女性教師は「え?」と意外そうな表情になった。
「珍しいわね。あなたが上の空なんて」
「すみません……」
苑珠が少ししゅんとしながら謝ると、女性教師は「はあ」と溜め息をついた。
「三十四ページ。十行目からよ」
「はい」
苑珠は少し焦りつつ教科書のページをぱらぱらと開き、文章を訳して読み上げた。
「よろしい」
そう言われたので腰を下ろす。
再び授業が進み始めた。
なるべく授業に集中しようとするが、やはり彼のことが頭から離れなかった。
そのまま、いつの間にか授業が終わった。
(私、何やってんだろ……)
休み時間になったので、机に顔を伏せ、しばらくの時間を過ごした。
「六条さん」
「……ん」
不意に声を掛けられたので顔を上げる。
そばには秋人が立っていた。
「柴崎君……どうしたんですか?」
「次の授業は特別教室だよ」
「えっ、そうなんですか」
周りを見回すと、教室内の生徒たちの数が三分の一程になっていた。
「一緒に行く?」
「は、はい」
苑珠は素早く教科書を用意して立ち上がる。
教室を出て、秋人と並んで廊下を歩いた。突き当たりまで来ると階段を上っていく。
「何か考え事でもしてるの?」
「えっ……あ、そうです……」
秋人に尋ねられ、思わずそう答えた。
どうやら彼は授業中のことや今の苑珠の表情を見て、気に掛けてくれたらしい。
「ふーん。何を?」
「えっと、あなたのことを……」
「え?」
秋人がきょとんと苑珠を見た直後のことだった。上の方から騒ぐような声が聞こえてきた。
「おい、ちょっと待て!」
「うるせー! 今急いでるんだよ!」
二人の男子生徒がばたばたと階段を駆け下りてきた。
男子生徒は振り返って後ろから追い掛けてくる男子生徒の方を見ており、踊り場を曲がってきた瞬間に苑珠にぶつかった。
「うおっ!?」
「きゃあぁ!」
苑珠はバランスを崩し、階段を踏み外した。そのままフワッと上半身が傾き、背中から落下していく。
これはまずい、と大怪我も覚悟したそのときだ。
「おっと」
背中が何かに支えられ、体の落下が止まった。苑珠の体は、いつの間にか少し下にいた秋人に受け止められていた。
「大丈夫?」
「は、はい!」
そう答えて受け止めてくれた秋人の顔を見上げると、彼は「なら良かった」と安心したように微笑んだ。
「す、すみません! ちょっと余所見してて!」
「大丈夫ですか!?」
苑珠にぶつかってきた男子生徒たちが慌てて駆け寄ってきた。
「彼のおかげで大丈夫です。次から気を付けて下さい」
苑珠は秋人から少し離れ、顔を顰めてそう言った。
今はたまたま秋人がそばにいたから大事には至らなかったが、彼がいなければ確実に怪我をしていただろう。
「は、はい!」
「すみませんでした!」
二人の男子生徒は頭を下げて謝り、階段を下りていった。
秋人の方に向き直る。
「あの……ありがとうございました」
「ああ、別にどうってことないよ」
苑珠がぺこっと頭を下げると、秋人はまた微笑む。そして苑珠の横を通り過ぎ、階段を上っていった。
苑珠も後を追おうと足を踏み出す。
その瞬間、ある光景が頭の中に映し出された。彼に抱きとめられたときに触れたせいで能力が発動したらしい。
思わず足を止め、呆然となった。
(えっ……? 今のは、何……!?)
どのくらい先の未来なのかわからないが、苑珠が見たのは柴崎秋人が政府機関に逮捕された瞬間の光景。しかも逮捕したのは……
(FBI……?)
彼に手錠を掛けた男たちのジャケットの背中に『FBI』と書かれていたのだ。
わけがわからず、その場に立ち尽くした。
「どうしたの?」
少し上で立ち止まった秋人が怪訝な表情で尋ねてきた。
「あ……えっと……」
あまりにも不穏な光景だったので、彼のことが心配になった。しかし未来を見たとは言えない。
秋人が立ち止まって待っているので、苑珠は急ぎ足で階段を上った。そしてまた二人で特別教室へと歩き出す。
「あの、柴崎君」
「ん?」
「今後アメリカへ行く予定とかってあります?」
「いや、全然ないけど。何? 突然」
「あ、いえ……何でもないです」
確かに見えた未来は近いものではなかったような気がする。だとすれば、まだ彼の予定にはないことなのだろう。
特別教室へ着き、しばらくすると授業が始まった。
授業に集中することは出来なかった。先程見えてしまった光景が頭から離れなかった。
彼は何かの罪を犯すのだろうか。それもアメリカでだ。
間違いであって欲しいという気持ちがあるが、苑珠の占術能力は何もしなければほぼ百パーセントの確率で的中する。
彼が罪を犯すのであれば止めたい。逮捕されることが確定しているし、彼に刑務所暮らしなどさせたくない。
それ以外では冤罪などの可能性だ。どちらにしろ、アメリカへ行かせてはいけない。
今から前もって止めておくにはどうすればいいか? いくら考えても能力のことを伝えるしかないと思うが、少し迷いがある。
その日は、昨日とは別の理由で、一日中彼のことを考えるはめになった。
『救済者』についての予知が降りてきたのは、その日の夜のことだった。
秘密の落ちこぼれクラスメイトと妹たち k @reinnab
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