友達になる?
二学年一学期中間テスト結果。
上位三十名の名前が教室後方の壁に貼り出された。
一位・柴崎秋人
二位・六条苑珠
三位 ……
四位 ……
(あの人、私より上……?)
今までは常に苑珠がトップだった。学力テストというもので他人に負けたのは初めてだ。
彼に対してより一層興味が湧いた。
「秋人君、教えて欲しい問題があるんだけど」
彼の席の方へ目を向けると、一人の女子が勉強を教わろうとしていた。
「いいよ。どれ?」
「これ」
「ああ。これはね……」
「あっ、次私も教えて欲しい!」
そう言って別の女子が彼に近付いていく。
彼は頭が良いだけでなく人当たりも良いので、普段から彼に勉強を教わりに行く生徒は多かった。友人との付き合い方を知らない自分とは大違いだ。
彼の周りに集まるのは同じクラスの生徒ばかりではなかった。他のクラスの生徒たちも、彼と話すためによく教室へやってきていた。
「秋人君、しゃべろー」
「宮里さん、また来たのか……」
やってきたのは茶髪で胸の大きな女子生徒だ。彼女は休み時間などによくこの教室へ来るので、顔を知っている。名前は宮里愛梨というらしい。
彼女も人当たりの良い性格らしく、苑珠にも朝や帰りに声を掛けてくることがある。
といっても、廊下などで彼女が友人たちに挨拶するついでに苑珠を見つけて『あ、六条さんもおはよー』と声を掛けてくる程度。それに対し、苑珠も『おはようございます』と返すだけだ。
それ以外ではあまり関わることはないが、一度だけ話したのを覚えている。
以前彼女がこの教室へやってきて、わいわい友人たちと『救済者』について話していたことがあった。
『昨日もあったんだって? 記憶喪失事件』
『そうそう。殺人未遂だって』
『ほんとすげえな』
『てか【救済者】って知ってる? ネットで色々噂あるじゃん』
『知ってるも何もうちのお母さんマジ信者だから』
『マジー? やばー』
彼女たちがそんな会話をしていたときのことだ。
『六条さんは? 【救済者】って信じる?』
『えっ?』
突然彼女が、たまたま近くにいた苑珠に笑顔を向け、そんなことを尋ねてきたのだ。いつもの挨拶と同じように、彼女はきまぐれで話し掛けてきたのだと思う。
『えっと……私は、危ないところを助けられたことがあるので……信じてます』
『えっ!?』
『うそっ、マジ? 何があったの?』
苑珠が答えると、近くにいた周りの生徒たちも驚いていた。
『あ、いえ。そんなに大したことではありませんので……』
『不良に絡まれたとか?』
『襲われそうになったとか?』
『……そんな感じです』
さすがに武装グループに誘拐されたなどと言うと変な注目を集めると思い誤魔化した。
『マジかよ。助かって良かったじゃん』
『すげー。やっぱ助かった人って実際にいるんだな』
彼女は『本当に良かったね』と適当に会話を終わらせた。
クラスメイトと話すのが久しぶりだったので、少し新鮮な気がした。
彼らと『救済者』について話したのは、そのときだけだった。
今日もやってきた愛梨は秋人のそばの机に腰掛け、周りにいる男女数人の生徒たちの輪に交じってわいわいと話し始めた。
教室の端の方にいる苑珠にも、彼女たちの楽しげな声が聞こえてきた。
「秋人君また一番だったんだ。ほんと凄いね」
「そんなことないよ。二位の六条さんとは僅差だったし」
「いや、それでも一番取り続けてるってのがすげーんだって」
「てか秋人君、今度私に勉強教えてよ。私マジやばいから。特に数学」
「あんた赤点取って補習させられたんだっけ?」
「う……」
「まあいいけど。数学なら幸介かカレンに教えて貰えばいいと思うよ。俺より出来るから」
「えっ? 幸介君も自分で得意とか言ってたけど、それは言い過ぎでしょ?」
「いや、マジだって」
秋人の言葉を聞いて彼女は驚いていた。
カレンというのは最近突然編入してきた彼の妹のことだ。どんな関係かわからないが、外国人で同い年の義妹らしい。周りで噂話をされているのがよく聞こえてきたので、苑珠もそのことは知っている。
「へー。カレンも頭良いんだ。さすが秋人君の義妹!」
「いや、義妹は関係ないじゃん」
「幸介って? 剣道部との試合で秋人君と交代してた人?」
「C組の奥山君って人じゃん? 佐原さんと付き合ってるって噂の」
「ああ。幸介はあの子とは付き合ってないよ」
「え、そうなの? めっちゃ噂されてるのにガセネタだったんだ」
「良かったー。俺あの子のことちょっといいなって思ってたんだよ」
「あんたじゃどうせ無理だって」
「うるせーよ」
何やら彼の友人の話になっている。彼が名前で呼ぶのは珍しいので、仲の良い友人なのだと思う。
「そう言えば、秋人君って全然彼女作らないよね」
愛梨が思い出したように言う。
「そうそう。めっちゃモテてんのに。勿体ねえ」
「かと言って遊び回ってるわけでもないし」
「それ亮太の奴に見習わせたいわ」
「私ならいつでもOKなのにー」
「私もー」
「マジで一人くらい分けてくれよお」
「あんたそんなこと言ってるからモテないのよ」
話題は彼の恋愛話へと移り、わいわいと会話が続いた。
彼は他の生徒たちとは違っていた。
まず成績は学年トップ。同年代で苑珠より学力が高い人物を初めて見た。
そして誰にでも愛想良く話す人気者。今までの学生生活の中でも似たような連中はいたが、彼はその誰よりも光を放っている。
容姿端麗でいつも女子に囲まれているが恋人がいるわけではなく、浮いた噂も聞いたことがない。
スポーツも万能で現在は剣道部の指導をしているが、以前入っていたサッカー部でもエースだったらしい。
あまりに完璧過ぎる。どこを見ても非の打ち所がない。
だからといって彼が『救済者』だということにはならないが、現時点では最も気になる人物だ。
彼と少し話してみようと思った。
※※※
午後の授業が一つ終わっての休み時間。
「あの、柴崎君。放課後お時間ありますか?」
苑珠は彼の席へ近付き、声を掛けた。
途端に周りが騒がしくなった。
「おい、六条さんが話し掛けてるぞ」
「本当だ。珍し過ぎる!」
「あの氷の令嬢が!」
そんな声が聞こえてきた。
(氷の令嬢? 私のこと?)
普段他人と関わることがあまりないので知らなかったが、いつの間にか変なあだ名が付いていたようだ。苑珠は自分でも気付かないうちに威圧的な雰囲気を出していることもあるらしく、そのせいか何やら冷たく悪そうなネーミングだ。
「どうしたの?」
「良ければ、少し勉強を教えて頂きたいのですが」
訊き返してきた彼にそう答えた。とりあえず名目を作り、二人で話す時間を作ろうと思った。
「六条さんに? 教えることなんてあるかな」
「はい。一応、テストでもあなたは一番で私は二番だったわけですし」
「わかった。今日の放課後なら大丈夫だよ」
普段話すことのない苑珠にも、彼は心良く了承してくれた。少しほっとした。
「ありがとうございます。それではよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げ、その場を離れた。
自席へ戻るまでの間にも、周りから視線が集まっていた。どうやら苑珠が他人に話し掛けるのが余程珍しかったらしい。
放課後。
早速彼に勉強を教わることになった。
彼の席の隣が空いていたので、机をくっつけて並んで座った。
普段彼の周りにいる女子たちも学年一位と二位の勉強の中には入りづらいのか、もしくは苑珠のことが苦手なのか、邪魔をしないようにと早々に帰宅していった。
「それで、どこかわからないところがあるの?」
「あ、えっと、まずはこの問題なんですけど……」
「ああ。これはちょっと難しいよね」
苑珠が数学のテストで間違えたところを適当に指定すると、彼はそう言って微笑んだ。
「なるほど。こうやって解くんですね」
「うん。もう大丈夫?」
気付くと、教室には二人の他に誰もいなくなっていた。
「あ、この問題もいいですか?」
「いいよ。これはね……」
彼は苑珠が尋ねたことを丁寧に教えてくれた。
「わかりやすいですね……」
「そうかな。六条さんが元々出来る子なんだと思うよ」
「出来る子……」
「うん」
微妙に子供っぽい褒められ方だ。大人っぽい容姿のせいか、同学年の男子にそんな扱いをされたのは初めてだと思う。
「あの、柴崎君は何故恋人を作らないのですか?」
「え……?」
手を止め、何となく思い浮かんだ質問をしてみた。
彼は一瞬驚いたような表情でこちらを見たが、すぐにまた机の上に視線を落とした。
「急に何?」
「あ、いえ。少し興味が出たので、聞いてみたくて。柴崎君のことを好きな女子も多いみたいですし」
「そう」
彼は何か考えているのか、少しの間沈黙が訪れた。そして微笑みながら言う。
「誰にも言わない?」
「はい、もちろんです」
どうやら周りの友人たちには秘密にしているらしいが、そもそも苑珠には気軽に話す友人などはいないので、誰かに話すことはない。
「好きな子がいるんだ」
彼は少し俯いてそう言った。
「……みんなに内緒で、付き合ってる恋人がいるってことですか?」
ふと有名人と付き合っているという可能性が頭に過ぎった。彼なら普通にあり得そうだ。現役女優の平峰沙也加もこの学校にいるらしいので、相手が彼女だという可能性もある。
「いや、片想いなんだ。それも小学生のときからずっと」
「そうなんですか……意外ですね」
「そんなことないよ」
「……」
彼が少し悲しげな表情で微笑むので驚いた。
恋愛に関してはほとんど思い通りになりそうな彼がずっと片想いをしている。それは多分、何らかの理由で恋人にはなれない女性だからだと思う。相手にはすでに恋人でもいるのかもしれない。
「でも、それってみんなに秘密にするようなことですか?」
好きな相手がいるから他の子とは付き合えないというのは、結構よくある話だと思う。
「うん。あまり聞かれたくない相手もいるから」
彼の噂話はすぐに広まる。サッカー部を辞めただけで事件になっていた程だ。恋愛絡みだとすればそこら中で噂され、聞かれたくない相手とやらの耳にも入るだろう。
「そういうことですか。でも、それなら何故私に?」
「んー、訊かれたから?」
「それはそうですが……」
多分同じような質問をされたことが今までにもあったはずだ。訊かれたから答えたというのでは秘密にならない。
「俺も誰かに言ってみたかったのかも。六条さんなら友達があまりいなさそうだから安心だし?」
彼はクスッと笑いながらそう言った。
「むぅ……そんな、酷いです」
「あはは。ごめんね」
「別にいいですけど。その通りですし」
彼が少し意地悪だということがわかったが、特に不快には思わなかった。
彼はにこっと微笑む。
「友達になる?」
「え……?」
戸惑ってしまった。
彼と話してみたいとは思ったが、友達になるというのはどうだろう。
「秘密を知られちゃったしね」
「そこまで秘密という程のことでもなさそうですが」
「まあ、そうだけど」
彼の言ったことはよくある話だし、仮に噂が広まったところで本心だという証拠はない。後でいくらでも誤魔化せる。それに苑珠がクラスメイトたちに秘密にしていることと比べると、全然大した内容ではない。
(どうしよう……)
彼の申し出は少し嬉しかった。自分に友人が出来るなどとはここ数年は考えたこともなかった。自分は彼らとは違うと思っていた。
しかし答えるのを躊躇った。苑珠は友人と呼べる者が一人もいない「ぼっち」と言われる人種。対する彼は学園一の人気者と言っても過言ではない。
そもそも自分は友人というものを必要としているのだろうか。自由に遊ぶことも出来ず、何となく諦めてしまってから、クラスメイトとすら話すことはほとんどなくなっている。
「……では、考えておきます」
彼にはそう答えた。
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