第5章
占術師
倉科市東部にある高級タワーマンション。最上階ワンフロアは全て六条家所有のものだ。
その一室のソファに腰掛け、紅茶を飲みながら寛いでいるのは、六条グループ社長の一人娘、六条
リビングはだだっ広く、壁の一面はガラス張り。ただしカーテンは締め切っている。置いてあるのはブランド物の大きなソファとテーブル、大型テレビのみというシンプルな部屋だ。
ガチャリと音がして扉が開くと、一人の女性が部屋へ入ってきた。苑珠のマネージャー兼世話係の女性だ。名前は伊織。
「お嬢様、片岡社長がお見えになられました」
「そう。すぐに行くから客室へ通しておいて」
「承知致しました。あとは二十時に坂本代議士の予定が入っております」
「わかってるわ」
「では、失礼致します」
伊織はそう言って部屋を出ていった。
これから会うのは大手企業の社長だ。そしてその後には衆議院議員。二人とも今までに何度か会ったことがある。忙しい彼らがわざわざ時間を作って会いに来るのは、苑珠に未来を占って貰う為だ。
苑珠には幼い頃から不思議な能力があった。それは占術。
能力は万能なものではなく、常に彼らが知りたいと思う情報を得られるわけではない。苑珠が人に触れた際、ぱっと頭に思い浮かんだことを口にする程度だ。
それがことごとく当たるので、様々な企業の社長、役員、政治家などの有力者たちが大金を払って苑珠の元を訪れる。
その金と苑珠の能力のおかげで、父親の会社は今や最大手のグループ企業となった。
幼い頃はわけもわからず、父親に言われるがままに能力を使用し、予言を繰り返してきた。
父親は欲しいものを何でも買い与えてくれたが、代わりに行動を制限された。学校へは通わせてくれたが、一歩外へ出ると常に護衛をつけられた。自由に遊びに行くことはほとんど許されず、友人も出来なかった。
悲しく思うこともあったが「お前を守るためだ」と言われ、それを納得したので大人しく従った。
そのうち、仕方がないと諦めるようになった。
成長するにつれてわかったことがある。
父親が苑珠を守り、機嫌を取ろうとするのは、彼が苑珠を愛しているからではなく、自分の能力を利用する為だということ。
そしてもう一つは、苑珠が彼の本当の娘ではないこと。
父親とは顔も似ていないし、彼は未婚だと聞いたことがある。母親も当然いないし会ったこともない。〇歳から二歳辺りまでの自分の写真を見たことがない。
しかしそれを父親に問い詰める気にはなれなかった。どうせしらを切られるだけだと思ったし、自分の目的を叶えるために、無駄に警戒されるのを避けたかった。
それよりも、逆に彼を利用することを考えた。彼の意のままに行動し、有力者たちを占う代わりに、こちらの希望も出来る限り娘のわがままとして聞いて貰うことにした。
苑珠が転校したいと言ったときも父親は二つ返事でOKを出し、希望の学園へ通うために倉科市内にこのマンションを用意してくれた。
もちろんマンションの警備は万全。苑珠の部屋の外には警備員が二人とスーツ姿の護衛が二人。一階ロビーにも数人の警備員が常駐している。これも苑珠の安全の為に父親が手配したものだ。
同フロアの他の部屋には、苑珠の世話係や家政婦も数人暮らしている。
「客」を応対する部屋も同フロアにある。客が来た際は護衛の男が客室へ連れて来て、客室で苑珠が占う際にも彼らが同行する。
「どうなんでしょう……?」
テーブルを挟んで向かいのソファに座った片岡社長が恐る恐る尋ねてきた。髭を生やした、貫禄のある大人の男性だ。
普段偉そうな雰囲気を醸し出しているはずの彼は、不安げな表情で助けを求めるように苑珠を見ている。
彼の手に触れて十数秒後、苑珠は口を開く。
「近いうちに海外へ行く予定がありますね?」
「……! あります! 一週間後に仕事でメキシコシティへ……」
苑珠が尋ねると、片岡社長ははっとしたような、焦ったような表情でそう答えた。
「行くのを止めた方がいいでしょう。現地で事故に巻き込まれて重傷を負います」
「えっ……!? 本当ですか……!?」
「はい。疑うのなら行けばわかりますよ」
「いえ、そんな……! 信じます! すぐにキャンセルします!」
「それがいいと思います。それから……」
苑珠はいくつか頭に浮かんできたことを話した。
「……! わ、わかりました……!」
占いが終わると、片岡社長は「ありがとうございました!」と丁寧に頭を下げ、清々しい表情で護衛の男に同行されて部屋を出て行った。
「ふう」
小さく溜め息をついて立ち上がる。
彼らの相手をしているうちに、自分の能力がどんなに価値があるのかを理解した。国に影響を及ぼす程の有力者たちでさえ、苑珠には頭が上がらないのだ。
しかし価値があることは必ずしもいいことばかりではない。
その証拠に、苑珠は今までに未遂を含めて五度の誘拐被害に遭った。
特に危なかったのは一度目と五度目。
一度目はまだかなり幼かった頃だ。そのときはある刑事に助けられた。
当時の記憶はあまりないが、その刑事が自分を助け出してくれた際に、きつく抱きかかえてくれたときの温もりを覚えている。
五度目はつい数カ月前のことだ。そのときは『救済者』に助けられた。監禁場所で拘束されていたが、突然次々と犯人たちが意識を失い、倒れていった。後に彼らが記憶を失っていることがわかった。
記憶喪失事件は単なる怪奇現象ではない。自分と同じ能力者の仕業だということはわかっている。占術能力のある自分が確信を持ったときは、証拠などが何もなくてもそれが真実だ。
苑珠には目的がある。本当の意味で自由になること。そして本当の両親を探すこと。
その手掛かりが同じ異能力者である『救済者』だ。単なる予感でしかないが、確信がある。
苑珠は『救済者』を探すことにした。
自分に対する占術は自由に出来ない。ごく稀に頭に浮かぶ程度なので、それを期待して待つしかない。
世話係の女性たちなど、周りの人間に『救済者』のことを尋ねてみたが、結局何もわからなかった。能力者の仕業だなどとは微塵も思っていない人達もいた。
ネットの掲示板などを見ると、『救済者』に関する情報が山のようにあったが、当然それが誰かを示す信憑性のありそうな情報はなかった。
しばらくして、能力で『救済者』がとある学園の関係者だと知った。
このことは父親を含め誰にも話さなかった。
苑珠は父親に頼み、すぐにその学園へ編入した。進学校だったが、学業の成績は良かったので、問題なく編入出来た。
それが私立倉科学園。
わかっているのは『救済者』が同じ学校の誰かだということ。教師なのか生徒なのかすらもわからないが、同じ学校にいるというだけで僅かな希望が持てた。
しかしその後約二カ月間、『救済者』を見つけることは出来なかった。
『救済者』がこの学園にいることはわかっているが、誰なのかはわからない。生徒の数もかなり多く、探し出すのは困難だった。
苑珠は違和感のある生徒、目立つ生徒に注目してみた。
周囲を観察しながら過ごしていると、同じクラスのある男子生徒が目についた。名前は柴崎秋人。学園の生徒の中では最も目を惹く存在だった。
目立つ容姿だけでなく、人気者らしい彼の周りにはいつも人がいた。
苑珠は自然と彼を目で追うようになった。
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