第2話

 子供部屋のベッドで眠っていると、ときどき夜中に目が覚める。豆電球にした部屋の照明をぼんやり眺めていると、何だか喉の奥が熱くなった。涙が出る前の、苦しい感覚。何で泣きそうなのか、自分でもよくわからない。悲しいのかも、怖いのかも。ぎゅっと目を瞑って眠ろうとするほど、頭がクリアになった。自分が息を吸って吐く音だけが聞こえる。吸って、吐いて、吸って、吐いて。意識すると上手に息ができなくなる。苦しくなった。喉の奥の熱いかたまりが上がってきて、横になった僕の両目から涙がこぼれる。どうすれば止まるか思いつかない。どうすれば苦しくなくなるのか、わからない。布団を被る。重たい黒色が視界を埋めつくす。どんどん濡れていく枕が冷たかった。

「ナオ」

 そのとき、名前を呼ぶ声が聞こえた。気のせいかと思ったが、何度もナオと呼ばれる。怪訝に思いながら布団を剥ぐと、トントンと誰かが窓を叩く。誰か、というか、誰なのかはわかっていたのだけど。

 僕はベッドから下りて、窓の外を見た。案の定、外からメーがこちらを覗いている。

「メーちゃん、どうしたの」

「寒いから入れてー」

 窓を開けると、彼女は窓枠に手をかけて軽々と部屋の中に入ってくる。

「ねむたーい」

 と言いながら、まっすぐに僕のベッドに入った。

「えっ、ちょっ、待って待って」

「なあにー? 寝ないの?」

 慌てる僕にまったく構うことなく、彼女は僕の分のスペースを空ける。

「ええ……」

 情けない声が漏れたが、いつまでも立ち尽くしているわけにもいかない。僕は観念してベッドに戻るが、真夜中に女の子と同じベッドにいるなんて状況に対応できるわけがない。心臓がばくばく言っている。涙なんか一瞬で止まったし、呼吸の仕方がわからなくなってたことも忘れた。

「ナオ、どうしたの?」

「どうもしないけど……」

 メーは一度、不思議そうに首を傾げ、それから僕に背中を向けて、いつものように丸くなった。僕も背を向け、そっと彼女の方を伺う。規則正しく肩が上下しているのが分かった。寝付きの良いメーのことだ。もう寝てしまったんだろう。そう思って、僕も目を閉じる。そのときだった。

「泣いてたの?」

 ぽつりとメーが言った。その問いかけにぎくりとして、僕は彼女の方を振り返る。メーはいつの間にか、こちらを向いていた。

「なんで泣いてたの?」

 青い目にじっと見つめられ、恥ずかしくなって視線を逸らす。

「わかんない。けど、」

 ときどきこうなるんだ。

 自分でも聞き取るのがやっとなほど、小さな声で僕は続けた。

「へいきだよ、ナオ」

 彼女は僕の手を握って、「んふふ」といつものように笑った。

「めーがいつも一緒にいるからね。めーちゃん、さっきナオの夢を見てたの。だから会いたくなったの」

 つられるように、僕も笑った。

「おれもよく、メーちゃんが夢に出てくる」

「いっしょだねえ。一緒にいるからね」

 彼女の手はあたたかかった。僕はうん、と頷いて、左手で彼女の手を包み込んで目を閉じた。

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