出会った【運命】、横にいた

香野ジャスミン

第1話

それは、突然だった。


今日から社会の一員だっ!と、気合を入れて、混雑する電車に乗り込んだ。

こ、これが大都会の通勤、毎日、続くのか...。

電車に乗り込んで3分。

既に心が折れそうな俺は、同じように深いため息をついている人間の存在に気付いた。

そいつは、俺の横にいて【運命の番】だった。


は?


はい、これを何回も説明してもみんなに言われる言葉。


「は?」「...ふざけてんの?」


ふざけてなどない。

あ、【運命】じゃんっ!って、お互いがビビッて気づいて、すぐに次の駅で降りた。

まるで示し合わせたかのように各々が駅のホームで会社に事情を説明する。


『...すみません。【運命】に出会いました』


新入社員、出社1日目。

まだ、会社に足を踏み入れてない段階で『...とりあえず、今日は休みます』といって会話を終えた。

社内は大混乱。

だって、俺と同じ会社の人間だったからだ。


俺はエリートコースであるアルファ枠で会社に入り、優秀なオメガを望む会社が設けたオメガ枠に彼がいた。

よって、今日、入ってくるはずだった新入社員の2人が【運命】で早速、会社を休み大混乱。

たしかに、俺は新入社員代表に選ばれたけれど、もう、社員だから使っていいよね、番システム。

大きな会社は努力した分、こういう所がいい。

アルファとオメガはいつ、番になるかわからないため、一般社員であるベータより一日入社が早い。

各自、自宅で待機の状態で入社式の概要が説明されて挑んだ今日。

確かに聞いた。

「君たちは今日から我が社の社員です」って。

だから、合同で行われる入社式である今日も、会社に出向いてないけど立派な会社員。



会社に報告して会話を終えた俺たちは、再び顔を見つめあった。

どうしよう...。

今日は、初めてアルファ枠とオメガ枠が出会うため、会社の方針で抑制剤をとるように言われている。

発情期は...来てないようだから理性は保てるけど、噂に聞いていた【運命】は、想像以上に、ヤバかった。


俺は目の前にいる【運命】を観察した。


一見、ベータかなと思ってしまう彼だけれど、俺からするとすべてが愛しいと思える。

ぷっくりとした唇なんて、見ただけでおいしそう。

おなじ空気を吸ってるんだって考えただけでも心が満たされる鼻元。

目元は飴玉みたいに、クルンとして長いまつ毛が重そうに見える。

瞬きするたびに、目元の辺りにそよ風が起きてるのでは?と思うぐらいだ。

髪型はさっぱりとした印象を与えるために短く整えているが、細やかな髪の流れを見ると、身だしなみに気をつけているすぐにわかる。


このまま、見つめあってるだけでもいいけど、もっと彼のことが知りたいと思った。


「...どこか、場所を変えようか?」


俺の提案に、彼も照れながらも小さく頷いたのだった。


もー、それからは、彼が自分の大切な存在だって言う意識が先走って大変だった。

無意識に彼を人混みから守ろうと、肩を抱き寄せながら歩いてるし、彼が気に入ればいいなと、出勤前に朝食を取っただろうに、「...何か食べたい物ある?」って質問してしまう。

どこに行こうかと悩んでいたが、引っ越ししてまだ浅い都会の街。

いきなりはどうかと思ったが口にしていた。


「...うちに来ないか」


驚いた彼も、嬉しそうに頷けば、遠慮なんていらないぜって考えになり、気持ちは自分の部屋の惨状がどうだったかっていう方向に向かっていた。



勢いで家に招き、勢いで二人きりになって気づいた。

あ、何にもまだ始まってないって。


「...俺は、市川いちかわ さとる


まずは、自己紹介からだと思った俺は、切り出していた。


「...僕は、もり 紗々ささ


こ、声まで可愛いんだが。

あー、理性が保てるだけでこんなんじゃ...番う瞬間なんて...と、勝手に思考が暴走し始めていく。


「森君って呼べば「それは嫌だっ!...ハッ...ご、ごめん。...できることなら...紗々って呼んで欲しい」


「...紗々?」


―!

彼の名前を呼んだ瞬間だった。

ブワっと頭の中がとろけるような感覚になる。

紗々は嬉しそうに微笑みながら、蕩けた表情で言ったのだ。


「...僕の【運命】」って。


ブチッと自分の理性がキレた音がしたのを自分でも気づいた。

もっと、知りたいことがたくさんあるのに...、もっと時間をかけてからって思っていたのに...。

アルファとしての本能が出てしまう衝動は、抑えることができなかった。

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