第四十三話 魔の山に吹く風・後編(パラ、ラビエス、リッサの冒険記)

   

「冒険者は、魔王の部下になったりはしない!」

 私――パラ・ミクソ――は、安心しました。

 ラビエスさんが、きっぱりと拒絶の言葉を口にしたからです。

 今のラビエスさんは、輝いて見えます。これまでで一番カッコよく見える、と言っても過言ではありません。

 ただし、その後で、過大評価されるのが嫌いだとか、過大評価されて失望された場合の末路とか、クドクド言い出したのは少し蛇足ですが。

 ラビエスさんにしては饒舌に語っているようにも見えます。もしかしたら『過大評価』に関して、何かトラウマがあるのかもしれません。

 ともかく。

 ラビエスさんが魔王の誘いをはねのけた以上、もう話すことは何もないでしょう。

 ならば戦闘開始です。

 先手必勝です。

「よくぞ言ったわ! それでこそ、私のラビエスね!」

 マールさんがラビエスさんに駆け寄るところまで見届けてから、私は魔王の方に向き直り、呪文を詠唱しました。

「アルデント・イーニェ・フォルティシマム!」


――――――――――――


「よくぞ言ったわ! それでこそ、私のラビエスね!」

 俺――ラビエス・ラ・ブド――のところに走ってきたマールは、炎魔剣フレイム・デモン・ソードを手にしていた。背負っていた大荷物も既に地面に置いてあって、戦う気満々といった感じだ。彼女の意図を理解して、俺はマールの代わりに、剣に魔力を注ぎ込む。

 冒険旅行の途中で「炎魔剣フレイム・デモン・ソードの魔力チャージ係は俺」と決めたはずだったが、結局その後「いちいち戦闘の度に俺がチャージする」なんて状況にはならなかった。途中でモンスターと出くわした場合、すぐに戦闘状態に突入してしまい、結局マールが自分で魔力を込めていたからだ。

 しかし、今回の相手は、風の魔王だ。万全を期す意味でも、戦士のマールではなく、魔法士である俺の魔力を炎魔剣フレイム・デモン・ソードに注いでおいた方がいいのだろう。

「アルデント・イーニェ・フォルティシマム!」

 その間に、早速パラが、超炎魔法カリディガを唱えていた。さすがに、いきなり切り札の爆炎を放つわけにはいかないとしても、得意の火系統の第三レベルから始めたのは「それくらいでないと魔王には通じない」と考えたからだろう。

 しかし。

 風の魔王が軽く手を振ると、魔王の体を取り巻くように、分厚い風の障壁バリアが発生する。パラの放った炎は、その風の渦に飲まれて、左右に散らされてしまった。

「そんな……」

 思わず呻くパラ。

 まるで、そんなパラのカタキを取るかのように、

「そんな壁、私が切り裂いてやるわ! 私のためにラビエスが拾ってくれた、この剣で! 私のためにラビエスが注いでくれた、この魔力で!」

 魔力チャージを終えた剣を携えて、マールが、魔王に向かって斬りかかっていく。

 いや、別にマールのために炎魔剣フレイム・デモン・ソードを手に入れたわけではないのだが……。それでマールの気合が入るというなら、そう思わせておこう。

「そうか、ラビエス。貴様は結局、余と戦う道を選んだのか。残念だ」

 魔王は余裕の態度で、残った二本の風魔剣ウインデモン・ソードを、左右の手で一本ずつ引き抜いた。

 今まで、三本の剣の刺さっていた辺りを中心に、小さな竜巻のような風の渦があったわけだが、今この瞬間それは消失した。まるでその竜巻の力を吸収したかのように、二本の風魔剣ウインデモン・ソードは、刀身に風を纏っている。炎魔剣フレイム・デモン・ソードの『炎のやいば』と同じく、風魔剣ウインデモン・ソードなので『風のやいば』だ。

 同時に。

 魔王の体から、恐ろしいほどの『魔』の気配が、噴き出し始めた。

 この山頂に近づくにつれて嫌な感じは増していたが、それとは比べ物にならないレベルだ。ただでさえ不穏な空気が立ち込めていた山頂一帯が、高濃度の魔気に包まれる。

 さらに。

 それまで『モック』という人間ヒトの姿をしていた魔王が、明らかに異形の存在へと変貌していく。

 まず、肌の色が青くなり、着ていた衣服と見分けがつかなくなった。いや『見分け』云々ではなく、皮膚と服とが一体化したようだった。

 体の各部分も、少し変形する。肘や膝、手首や指の関節など、人間の体には、微妙にゴツゴツしているところがあるが、それら全てが妙に滑らかになっていくのだ。目鼻口といった顔の凹凸も、かろうじてわかる程度の、のっぺりとしたものになった。

 それでいて、髪だけは人間の姿の時と変わらず、短い銀髪のままだ。色も長さも材質も、一切変化していないように見える。もはや人間ではなく、完全にヒト型モンスターなのに、髪の部分だけ人間らしさを強く残しているというのは、かえって気持ち悪かった。

 ともあれ。

 これこそが、風の魔王の、真の姿なのだ……。俺は、直感的に理解した。

 それでも。

 マールは、構わず剣を振るう。

「見かけ倒しね! それで怯える私たちじゃないわ!」

「面白い。ならば少し、貴様の剣戟に付き合ってやろう!」

 魔王は、自身を守る風の障壁バリアから左右の腕を出して、風魔剣ウインデモン・ソードで応戦する。

 振り下ろされた炎魔剣フレイム・デモン・ソードを、魔王は右手の風魔剣ウインデモン・ソードで受け止めて、左手の同じ剣でマールに斬りつけた。

「くっ!」

 彼女は呻き声を上げている。俺の位置からでは、上手くマールが避けたように見えたのだが……。どうやら少しだけ、攻撃がかすったらしい。

 警戒するように、マールが大きく飛び退いた。体勢を立て直して再び斬りかかるのかと思いきや、そのまま、俺の近くまで後退してくる。

「おい、マール……」

 声をかけようとした俺は、彼女の右腕を見て愕然とした。

 肘の少し上の部分で、肉が大きくえぐれて、そこから血が滴り落ちているのだ。

「ペルフィチェレ・クラティーオ!」

 慌てて俺は、超回復魔法レメディガでマールを治療する。

 血は止まり、傷も治ったが、

「ありがとう、ラビエス。でも、これじゃ接近戦は危険ね」

 マールは、次の攻撃を躊躇していた。

 そう。

 俺も、これで風魔剣ウインデモン・ソードの凶悪さを理解できた気がする。

 風魔剣ウインデモン・ソードは、刀身に竜巻状の風を纏っている武器だ。つまりやいばを軸として、刃物のように鋭い気流が、渦を巻いているのだ。

 これで斬られるのは、まるで、高速回転するドリルで斬りつけられるようなものなのだろう。

 だから、薄皮一枚で避けたつもりでも、かすり傷でも大怪我となってしまう。風のドリルで斬られるのだから、肉がえぐれて大変な状態になるわけだ。


 俺がマールの治療をする横で、リッサはリッサで、呪文を唱えていた。

「レスピーチェ・インフィルミターテム!」

 解析魔法アナリシだ。

 フランマ・スピリトゥ戦の時と同じく、敵の弱点を探っているのだ。

 しかし、

「ダメだ。風の魔王は、確かに風属性だが……。こいつには、弱点がない。『見えない』のではなく『弱点はない』という解析結果だ」

 リッサは、残念そうに告げる。

 それでもくじけずに、パラが努めて明るく叫んだ。

「だったら、何が通用するのか、全ての系統を試すまでです! まずは水系統!」

 わざわざ使う魔法の宣言をしたのは、俺への合図だろう。

「イアチェラン・グラーチェス・フォルティシマム!」

「イアチェラン・グラーチェス・フォルティテル!」

 パラの超氷魔法フリグガに合わせて、俺も強氷魔法フリグダを――俺が使える最高レベルの氷魔法を――詠唱する。二人分の魔法が重なって、巨大な氷の塊が魔王に襲いかかるが……。

「この程度は、しょせん児戯だな……」

 つまらなそうに魔王が振るった風魔剣ウインデモン・ソードにより、氷塊は粉々に砕け散り、消滅してしまう。

「ラビエスさん! 炎だって、二人分なら!」

 先ほどパラの超炎魔法カリディガは通じなかったが、二人の重ねがけならどうか、ということだ。あまり期待は出来ないが、一応は試してみよう、ということだろう。

「アルデント・イーニェ・フォルティシマム!」

「アルデント・イーニェ・フォルティテル!」

 しかし、やはり結果は、最初の時と同じだった。魔王は、風魔剣ウインデモン・ソードを使うことすらしない。俺たちの炎は、風の障壁バリアに飲まれてしまう。

「まだです!」

 それでもパラは、魔法を撃ち続ける。今度は、俺には使えない系統の攻撃魔法を。

「フルグル・フェリット・フォルティテル!」

 強雷魔法トニトゥダ。

「ラクタ・ラピス・フォルティテル!」

 強礫魔法ストナダ。

 しかしどちらも、風魔剣ウインデモン・ソードによって、あるいは風の障壁バリアによって、阻まれてしまった。

「お願い、少しでも魔王にダメージを与えて。私が攻撃するための、隙を作ってちょうだい」

「マールが行くなら、私も行くぞ。私にだって、ラゴスバット・クローがある。左右から挟撃だ。あの恐ろしい剣も、二人で一本ずつ対処すれば……」

 マールとリッサは、じっと攻撃のタイミングをうかがっている。


 色々な魔法を試すパラだったが、風系統だけは使おうとしなかった。

 当然だろう。

 俺と同じく、パラも理解しているのだから。

 風系統の魔法は、風の魔王の力を借りている、ということを。

 だから、ここで呪文詠唱しても、発動するわけがない。

 風の魔王を倒そうという戦いに、その魔王自身が手を貸すわけがないのだ。

 ここまで、他の三魔王は平気で俺たちに力を貸しているように見える。知っていて貸しているのか、あるいは三魔王は知らずに、自動的に俺たちに魔法を使わせるシステムがあるのか、定かではない。

 たとえ後者のようなシステムだとしても、目の前にいる風の魔王だけは、状況を全てお見通しなのだから、そのシステムを停止して、風の魔法を撃たせないように出来るはずだ。

 ならば、俺の切り札も使えない。俺の攻撃魔法の中で最強は、風魔法をベースに炎魔法を放つオリジナル炎風魔法。あくまでも『風魔法をベース』にした魔法なのだから。

 まあ『切り札』と言っても、パラの『封印されし禁断の秘奥義』には遠く及ばないが……。

 こうなると、魔王に対してダメージを与えられるのは、その『封印されし禁断の秘奥義』つまり爆炎魔法だけだろうか?

 ただし副次バージョンは危険だから、副次バージョンだろう。しかし、どちらにせよ、あれを撃ったら、パラは眠りこけて戦線離脱。それで魔王を倒せなかったら、もう彼女は役立たずどころか、むしろ足手まといになってしまう。


 俺がそんなことを考えていると、

「貴様らの力は、こんなものか? 貴様らは、フランマ・スピリトゥを倒したのではないのか? 余の幹部は、この程度の者たちに滅ぼされたというのか?」

 言葉と同時に、魔王が『風』で攻撃してくる。

 リッサが防御魔法デフェンシオンを唱える暇もなかった。

 俺たち四人全員の体が宙を舞い、それから、地面に叩きつけられた。

「きゃあっ!」

「うっ!」

「……!」

 まるで全身の骨が砕けたかのような衝撃だ。

「ペルフィチェレ・クラティーオ!」

 俺は急いで回復魔法を唱えて、自分と仲間の傷を癒す。

 その間にも、魔王は次々と風を放っていた。魔王の操る風は、ただ一方向に吹くのではなく、角度を変えながら複雑に進む。その風に押し付けられて、もう俺たちは、地面を這うことしか出来なかった。

 そんな中。

 頑張って立ち上がりながら、リッサが叫ぶ。

「ならば! 私の切り札を見せてやる!」


――――――――――――


 私――リッサ・ラゴスバット――は、宣言しながら、魔王を睨みつけた。

 そう。

 私にだって、意地がある。

 攻撃魔法が使えないからといって、この大事な局面で、サポート役に徹するつもりはなかった。


 パラには、あの『炎の精霊』すら消し飛ばした『禁断の秘奥義』、神の爆炎がある。

 マールには、炎魔剣フレイム・デモン・ソードがある。元々は『炎の精霊』の武器だったが、今や同じくらい使いこなしている。

 ならば、私にも何かないだろうか? 魔王クラスの敵とも渡り合えるようなすべがないだろうか?

 私は、ずっと考えてきた。

 そして、一つの可能性に行き着いた。

 今こそ、その考えを試す時だ!


「モコラよ! 私に力を貸してくれ!」

 私は胸元から『モコラの竜鱗』を取り出し、強く握りしめて、天高く掲げた。

 精一杯の想いを込めて、強く念じながら、呪文を詠唱する。

「イアンヌ・マジカ!」


――――――――――――


 俺――ラビエス・ラ・ブド――は、思わず耳を疑った。

 リッサが、転移魔法オネラリを詠唱したからだ。

 あの『炎の精霊』フランマ・スピリトゥとの戦いの最後に、俺たちの命を救ってくれた魔法だ。だが今は、あの時とは違って、俺たちはリッサの体に触れていない。これでは、リッサ一人が逃げる形になってしまうのではないか……。そう思って、俺は驚いたのだった。

 ところが。

 前回とは異なり、俺たちもリッサ自身も、転移の光に包まれることはなかった。

 代わりに……。

 空で異変が起こった。

 リッサの掲げた右手の先、はるか頭上の空間が歪んで、その部分が白い光に包まれたのだ。


――――――――――――


 私――パラ・ミクソ――は、明るくなった空を見上げました。

 まるで、空にもう一つ、太陽が浮かんだような感じです。

 その白い太陽を眺めながら、私は、ラコスバット城でリッサから聞いた話を思い出していました。リッサと二人きりの時に教えてもらった話であり、おそらくラビエスさんもマールさんも知らないであろう話を。


 転移魔法オネラリは、ワープ系の魔法です。

 基本的にはダンジョンからの脱出ワープですが、使用者が熟達すれば、村と村との間の長距離ワープも可能となるそうです。さらに使いこなせれば、遠く離れた場所からモンスターを呼び寄せるという使い方も……。

 最後の使用法に関しては、リッサ自身が、

「……ただ、それにはモンスターを飼いならす能力も必要なのだそうだ。だから私には無理だろうがな」

 とも言っていたのですが……。


 そんな回想をしていた私の耳に、

「まさか! 暗黒竜を召喚したというのか!」

 魔王の驚愕の叫びが聞こえてきました。

 そうです。

 風の魔王ですら驚いたように……。

 今、この瞬間。

 私たちの頭上、空高くに。

 大黒魔竜モコラが出現したのです。

   

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