第四十一話 魔の山に吹く風・前編(パラ、ラビエスの冒険記)
「余は、魔王だった。この大陸を支配する、風の魔王だったのだ」
私――パラ・ミクソ――は、驚いてしまいます。モックさんの口から飛び出したのは、とても信じられない言葉だったのですから。穏やかな口調とは裏腹に、衝撃的な内容だったのですから。
普通の人が「私は魔王です」なんて言い出したら、おそらく十二病扱いで、笑われるだけでしょう。
しかし今の状況ならば、話は違ってきます。
モックさんが山に登るのと時を同じくして始まった、イスト村の異変。それに加えて、この山頂に漂う、異様な雰囲気……。
もう納得するしかありません。
でも頭では理解できるとしても、気持ちの上では、とても受け入れられないという人もいるのでしょう。
「ふざけるな!」
激昂したように、リッサが叫びました。
――――――――――――
俺――ラビエス・ラ・ブド――は、リッサが喚くのを聞いて、ため息をつきたくなった。いきなり魔王宣言をされて、彼女は動揺して、黙っていられなかったのだろう。
無理もない。俺だって、とても冷静ではいられなかった。それでも、言われてみれば思い当たる点が、いくつか頭に浮かんでくる。
まず、やけにモックが人々から嫌われていた点だ。それも、特にこの世界で生まれ育った人々から、本能的なレベルで嫌悪されていた。俺やパラのような転生者には、それほど悪感情を持たれなかったのに。
今にして思えば、この違いに意味があったのだろう。俺のような転生者から見れば、この世界は、異常なほどに『神』を崇拝する世界だ。だから『神』と対をなす存在である魔王や悪魔といった概念に対して、非常に強い嫌悪感を持っている。
そんな世界に属する人々だからこそ、正体が魔王である男に対して、理屈を超越した嫌悪があったのだ。もちろんその正体を察していたわけではないが、それでも「本能的に受け付けない」と思えるだけの何かを、感じ取っていたに違いない。
二番目に、モックが「村の外でもモンスターに襲われない」と言っていた点だ。あの時は意味不明だったが、今ならば、その理由を推測できる。モックはモンスターたちの大ボスである魔王だからこそ、野外フィールドのモンスターが近寄ってこなかったのだ!
しょせん村の外をうろつくモンスターなど、風の魔王と比べれば、月とスッポン。先ほどモックは「この大陸を支配する風の魔王」と発言したが、別に俺たち人間は、魔王に支配されているわけではない。ならばモックの言う『支配』とは、この大陸のモンスターを統べるという意味だろう。
だから、モンスターから見たら、恐れ多くて、とても近づけなかったのだ。もちろん、モンスターがモックの正体を理解していたのかどうか定かではないが、それこそ人々が本能的に『魔王』を感じて嫌っていたのと同じく、モンスターたちも何となく「同類で、しかも偉い存在」くらいの感覚は持っていたに違いない。
そういえば。
結局、リッサの冗談が、冗談では済まなくなったわけだ。
イスト村を取り囲む山々に風の魔王がいるかもしれない、とリッサが言い出した時、俺たちは、それを笑い飛ばした。魔王の近くは『魔』の気配が強いはず、というのが根拠だったが……。
あの会話の直後、俺たちは、風の魔王モックと顔を合わせて話したにもかかわらず、彼の『魔』の気配には気づかなかったことになる!
まあ、今考えれば、これも理由は明白だ。当時はモック自身、魔王の自覚がなかったのだから。自分の記憶すら消して人間のふりをしていた頃は、自然に気配も消えていたのだろう。
それが、この山に来て、少しずつ記憶が蘇り始めた。『儀式』とやらが終わるまでは完全な魔王復活ではなかったとしても、最初の時点で、魔王だという認識は始まり『魔』の気配も漏れ出したのだ。それが、山の上の暗雲となり、イスト村にも悪影響を及ぼすことになったのだ。
「モック、ひとつ教えてくれ」
感情的なリッサを抑える意味でも、俺は、努めて冷静に、モックに話しかけた。
「お前は自分の記憶まで消して、人間のつもりで世界を旅して回っていたようだが……。目的は何だ?」
「目的だと? そんなこともわからんのか……」
モックの口調には、俺を
「まあ良い。余は貴様を高く評価しているからな。時間をかけて考えれば、自分でも答えに行き着くだろうが……。余の口から告げてやろう。余の目的は、人間観察だ」
「人間観察? それだけか?」
魔王の行動に対して『それだけ』という表現は、それこそ少し軽く見るような言い方になってしまうかもしれない。だが、つい俺は、そう言ってしまった。
それでもモックは、特に馬鹿にされたとも感じていないようで、
「そうだ。それだけ、だ。ほら、今の言い方ならば……。貴様自身『それくらいならわかっていた』という感じだな?」
いや、そうではないが……。
何だろう、嫌な感じだ。先ほどの『余は貴様を高く評価している』という言葉が、妙に気にかかる。
「考えてもみたまえ。余は、この大陸の支配者だ。そこで暮らす人々を間近で観察することは、大事だと思わんかね?」
「ふざけるな! 私たちは、魔王に支配されてなどいない!」
再びリッサが、怒ったように言葉を挟むが、これをモックは無視して、話を続ける。
「だから余は、自身の認識すら変えて、一人の人間として旅をしたのだ。最後には意識を取り戻せるように、この『儀式の山』へと、人間『モック』を導きながら」
ああ、旅人モックの話に出てきた、頭の中の声というやつか。あれは、旅人モックの深層意識に隠れていた、風の魔王としての声だったわけだ。
「知っているか? この『モック』という言葉には『偽物』とか『擬似』とか、そうした意味があるのだよ。余としては、ヒントを与えたつもりだったのだが……」
魔王モックが、まるで人間の子供のような、
俺は、ギョッとしてしまう。いや、その笑顔のせいではない。『モック』という名前に秘められた意味を聞いたからだ。
その意味の『モック』ならば、英語の『mock』に相当する言葉に違いない。確かに辞書的には『偽物』とか『擬似』とかだろうが、俺にとっては、対照サンプルを示す言葉として、研究論文で頻出する単語だった。まさか風の魔王の口から、研究者だった頃を思い出させるような言葉が飛び出るとは……。
例の『呪いのウイルス』の事件の時にも説明したと思うが、対照サンプルとして一般的なのは――少なくとも俺が研究していた分野では――、生理食塩水だ。リン酸が含まれているので、PBS―― Phosphate Buffered Saline ――と呼ばれる。『Saline』だけでも食塩水という意味になるらしい。発音としては『セリン』が普通かもしれないが『セライン』と読む人もいるらしく、俺は後者だった。
セライン。
食塩水という『水』に関する言葉で、セライン。
ちょうど、旅人モックが語った中に出てきた「水の女神のような娘さん」の名前が、セラインだった。
モックの正体が風の魔王であり、その名前がヒントのつもりだったというならば。
もしかすると……。誇大図書館にいた『セライン』の名前にも意味があって――ヒントになっていて――、その正体は……!
「モックさん、私からも質問して構いませんか?」
俺が色々と考えている間に、パラも何か思うところがあったらしい。
「余は寛大だ。質問ならば、何でも受け付けようではないか。言ってみたまえ」
「では……。山の途中にあった『氷の壁』ですが、あれは『儀式』とやらを邪魔されないように、モックさんが用意したのですか? 風の魔王なのに、なぜ風の障壁ではなく、氷だったのですか?」
パラの口調は、不思議なほど穏やかだった。
彼女は、俺と同じ転生者だ。この世界の人間であるリッサとは異なり、魔王に対する本能的な嫌悪感もないから、比較的冷静なのだろう。
「理由に関しては、肯定だ。完全に消していた意識を回復するには、さすがの余でも、時間を要するのでな。しかし、あれを用意したのは、余ではない」
どうやら魔王モックは、パラの質問を「用意した理由」「用意した者」「風ではなく氷である理由」の三つに分割して、答えようとしているらしい。
「儀式が終わるまで、余は力を取り戻していなかった。だから余では、あれほどの障壁は用意できない。そのため、水の魔王の手を借りたのだ」
おや?
魔王モックが、おかしなことを言い出した。俺たちが『炎の精霊』フランマ・スピリトゥから聞いた話では、風の魔王は他の三魔王から馬鹿にされていたはずだが……。
「貴様らは、何か勘違いしているようだな」
俺の疑念は、顔に出ていたらしい。いや『貴様らは』ということは、仲間も同じ疑問を表情に浮かべていたことになる。
「余は別に、仲間の魔王たちから軽んじられているわけではない。部下の中には、誤解している者もいたようだが……。ああ、貴様らはフランマ・スピリトゥから聞かされたのだな。なるほど、あやつならば、そんな誤解をしても不思議ではないな」
魔王モックは、何やら自分で納得してから、
「教えてやろう。四大魔王の中で、一番険悪なのは、水の魔王と炎の魔王の間柄だ。土の魔王は中立を保っている。余も、そうした諍いには関わらないようにしてきたが、炎の魔王は態度が大きいからな。余を馬鹿にしていたように見えたかもしれん」
何だろう。四大魔王の間での人間関係……。とんでもない話を聞かされている気がする。
風の魔王、土の魔王、水の魔王、炎の魔王。並べると『火の魔王』ではなく『炎の魔王』であることに少し違和感を覚えるが、あえて『炎の魔王』と名乗るところも『態度が大きい』の一例なのかもしれない。
「だが、土の魔王は中立主義だから余にも干渉しなかったし、炎の魔王と対立する水の魔王は、逆に余には友好的だったぞ。だから今回も、水の魔王が余に協力してくれたのだ。そして、水の魔王が作った障壁だからこそ、当然『氷の壁』となったのだ」
こうして説明されると、あの『氷の壁』が強固だった理由も理解できる。魔王が通行を阻む目的で作った壁ならば、俺たち人間の想定を超える頑丈さも納得だ。
しかし、そんなことよりも。
この話の一番のポイントは、風の魔王と水の魔王との関係だろう。
旅人モックの話に出てきたセラインの発言――「故郷にいた頃、仲間内から軽んじられていた友人がいた」とか「それとなく何度も、こっそり手助けしてきた」とか――と、完全に重なるのだ!
先ほど『セライン』という名前から「もしや」と思ったが、もう間違いない。セラインこそ、水の魔王だ。
旅人モックは「セラインが俺を通して昔の『お友だち』を見ている」と嘆いていたが、真相を知ってしまえば、馬鹿みたいな話だ。そもそもモックこそが、その『お友だち』だったのだから。
また、この世界の人々から嫌われていた旅人モックが、セラインには受け入れられたのも、当然の話だろう。旅人モックがセラインに一目惚れしたのも、不思議でも何でもない。二人は、同じ四大魔王という仲間同士だったのだから。
そして。
セラインが水の魔王だというならば。
水の魔王もまた風の魔王のように、この大陸を徘徊していたということになる……。
ああ! 恐ろしい事実を知ってしまった!
だが今は、とりあえず、水の魔王よりも風の魔王だ。目の前にいる魔王こそ、大きな問題だ。水の魔王のことは、イスト村に戻ってから考えるべきだろう。
「許せないわね……」
俺とパラの質問が一段落したところで、今度はマールが発言する。理性的な問いかけではなく、むしろリッサと同じく、感情の発露のようだった。
「……よりによって、聖地を汚すとは!」
「聖地だと?」
「そうよ!」
マールは、魔王モックに対して、ピシッと突きつけるように指を向けながら、
「あなたが『儀式の山』と呼ぶ、このウイデム山は……。かつて風の神様が降臨した、神聖な場所なのよ!」
ああ、マールは、そこに怒っているのか。彼女の日頃の言動には、それほど信心深さを感じさせるものはないと思うが、それでもマールは、この世界の人間だ。やはり俺やパラのような転生者とは比べ物にならないレベルで、神を信仰しているのだろう。
こんなことになるなら、フィロ先生から聞いた話を、仲間に告げるんじゃなかった……。一瞬そう思ってしまったが、それは間違いだ。あの話をしたからこそ、俺たちはウイデム山に来たのだから。もしも神様降臨の伝説がなかったら、この山脈の別の山々を、手近なところから順に巡っていたことだろう。
「神が降臨だと? 愚かだな。貴様は、そんな話を信じているのか」
まるで伝説そのものが嘘であるかのような口ぶりだった。
「貴様は『許せない』と口にしたが……。余を倒すつもりか? そんなことをしたら、貴様らが困るのではないかな?」
途中から魔王モックは、マールではなく、俺とパラを見ながら発言していた。だから最後の『貴様ら』は、俺とパラの二人を示す言葉だったはず。
だが、これに対して反論したのは、指名された俺たち二人ではなく、マールだった。
「困るわけないじゃないの! 私たちは、あなたからは何ももらっていないわ! 私たちに恩恵をくださるのは、魔王とは逆の存在である神様よ! あなたは、その神の聖地を荒らしたのよ!」
「面白い。それが貴様の考えか。いや、確かに、そう考えるのが普通であり、そうでなくては余も困るのだが……」
魔王モックが、微妙な言い方をする。
何だろう? 何を言っているのだろう?
魔王の発言の真意を考えようとした俺の頭の中で、マールの『恩恵をくださるのは、魔王とは逆の存在である神様』という言葉がリフレインする。この言葉は、最後まで聞けば意味も間違えないが、もしも『恩恵をくださるのは、魔王』と途中で区切ったら、逆の意味に誤解される言い方だ……。
そんなことを思った瞬間。
俺の頭の中で、いくつかのパズルのピースがカチッと、上手く収まったような感覚があった。
俺やパラのような魔法士たちは、呪文詠唱を口にすると同時に、神様に自分の魔力を捧げることで、神様から力を借りて魔法を発動させている。その意味では、まさに神の恩恵を受けていると言えよう。だからマールは『恩恵をくださるのは神様』と言ったのだろうが……。
もしも『恩恵をくださるのは魔王』の方が正解だとしたら、どうだろう?
つまり。
この世界の人間が、魔王のことを『神様』だと思って信奉しているのだとしたら……?
その場合。
神様降臨の伝説は、魔王降臨の話にすり替わることになる。先ほど魔王モックが神様降臨に関して「そんな話を信じているのか」と馬鹿にしたのも当然だ。降臨したのは、神ではなく、魔王なのだから。
神聖な山だと思われていたウイデム山も、実は、魔の山だったということになる。
このウイデム山に降り立ったのが風の神様ではなく風の魔王であるならば、その痕跡とか遺物とか残っていたのだろう。人間が見たり触ったり出来るような形のあるものではないにしても、魔王ならば話は別。それを利用するつもりで、魔王モックは、ここを『儀式の山』として選んだのだと考えられる。
また、俺たちが魔法を使う度に、神ではなく魔王に魔力を捧げていたのであれば……。真相を知ったら魔法を使わなくなる者も出てくるだろう。だから風の魔王としては「実は自分が魔力を受け取っていた」というのは、知られない方が好都合なはず。それが先ほどの「そう考えるのが普通であり、そうでなくては余も困る」という言葉の意味だと考えられる。
ああ、そうだ。
こうした考え方は、この世界の常識的な人々にとっては、なんともバチ当たりな考えだ。しかし、この冒険記の最初の頃に記したように、そもそも俺は疑っていたはずではないか。
「実際に魔法が発動する以上、その源となるような、人知を超えた存在がいるのは確実だ。しかし、その『人知を超えた存在』というのは、本当に神様なのだろうか?」
それどころか、「ひょっとしたら神ではなくて悪魔に祈りを捧げているのではないか」という可能性まで、はっきりと書いた覚えがあるのに……。
今の今まで、自分でも忘れていた。いつのまにか、俺もこの世界の常識にとらわれていたのかもしれない。
しかし。
もう一度、頭をまっさらにして、俺たちが祈りを捧げていた相手は四大魔王だったという立場から見てみると……。
あの『炎の精霊』フランマ・スピリトゥの言動にも、色々と思い当たる部分が出てくる。
まず第一に、風魔法も白魔法ではなく黒魔法にしろ、という要求。人々が風を白魔法として扱うせいで風の魔王が馬鹿にされるという話を聞かされて、俺は、理解できなかった。あの場では「風の魔王と風魔法に、それほど関連はないだろう」と思ってしまったからだ。
だが、そもそも俺たち魔法士が魔王から力を借りて魔法を放つシステムであるならば、少しは納得できる。風の魔王と風魔法は、無関係とは言えないからだ。
第二に、フランマ・スピリトゥの「天のいと高きところにおわす、風の魔王様!」という発言だ。『天のいと高きところにおわす』などという表現は、賛美歌で出てくる言葉であり、だから奇妙に感じたのだが……。
そもそも、その賛美歌で崇める『神』の中身が魔王であるならば、何も不思議なことはない。当然の表現ということになるだろう。
第三に、パラの爆炎に対する言葉。あの時フランマ・スピリトゥは、彼女の副次詠唱を聞いて「貴様は炎の魔王の信奉者なのか!」と口にしていた。どう考えても理屈に合わないので、しょせんはモンスターの
これも『神』の中身が魔王であるならば、フランマ・スピリトゥは間違っていなかったことになる。副次詠唱までしてパラが祈りを捧げた相手は、炎の魔王だったのだから。
第四に、フランマ・スピリトゥの最期の瞬間。「これが炎の魔王軍を離反した我に対する仕打ちなのですか!」という怨嗟の声があった。あの場では、俺は「魔王軍の所属を変えたゆえの結果と考えているらしい」と解釈してしまったが……。
これも今なら、違う受け取り方になる。もっとストレートな意味だったのだ。フランマ・スピリトゥを葬り去った魔法は、炎の魔王の力を借りた爆炎であり、だからこそフランマ・スピリトゥは炎の魔王を恨んで、死んでいったのだ。
フランマ・スピリトゥの話だけではない。気づいてみれば、賛美歌の中にもヒントがあった。
パラの示唆によれば、あれはラテン語っぽい言語らしいが、残念ながら俺はラテン語は知らない。しかし西洋の言語は、違う言語でも似通った単語が多い気がする。だからラテン語も、英語あるいは他の言語から、類推できる部分があると思うのだ。
日本に溢れる和製英語みたいなカタカナ語だって、実は英語ではなく西洋の他の言語由来の場合があり、だから俺たち日本人は、自分で思っている以上に『西洋の他の言語』に精通している可能性がある。
例えば。
この世界の賛美歌で頻出する『ディアボリ』という言葉だ。
ラテン語に、これと近い単語があるのだとしても、それを俺は知らない。でも、他の西洋言語で、似たような響きの単語を目にしたことがある。
ディアボロ。
洋画や海外ドラマの中で『悪魔』を示す言葉として、出てきたものだ。
英語ならば『デーモン』だろうし、英語ではないと思った。ただ最初の『デ』が共通するのは、先ほどの「西洋の言語は、違う言語でも似通ってくる」の一例なのだろうと勝手に納得していた。そして『ディアボロ』という言葉の響きが、ドイツ語っぽくもフランス語っぽくも聞こえないから、勝手にイタリア語あたりだと想像していた。
まあ、そこまでの想像が正解だろうと不正解だろうと、その点は構わない。問題は、『ディアボリ』が『ディアボロ』と酷似しているということだ。
だから。
今この瞬間の俺は、この世界の賛美歌の『ディアボリ』も悪魔を意味する言葉だったのだろう、と考えている。
つまり。
賛美歌の中でも、この世界の人間は、知らないうちに魔王への祈りを直接的な言葉で歌わされていたのだ!
――――――――――――
私――パラ・ミクソ――の質問が終わると、今度はマールさんとモックさんの問答が始まりました。
しかし、
「面白い。それが貴様の考えか。いや、確かに、そう考えるのが普通であり、そうでなくては余も困るのだが……」
モックさんのこの言葉で、この会話も一区切りついたようです。ちょっと意味がわかりにくい発言でしたが、他の人には難しくなかったのでしょうか。私は、わかった人に解説してもらいたいくらいです。
そう思って、ラビエスさんの方を見ると……。
ラビエスさんの顔にも、疑問の色が浮かんでいます。しかしすぐに、愕然とした表情に変わりました。とんでもない真実を悟った、という感じです。
ラビエスさんは、いったい何に気づいたのでしょうか?
さらに興味をそそられて、詳しく彼の表情を観察するうちに……。
ああ!
私は、直感的に悟りました。
ラビエスさんが何を知ってしまったのか、ということを。
この世界の全員が今まで騙されていたのだ、ということを。
モックさんの「誤解していてもらわないと困る」という意味……。
そうです。
私たちは今まで、魔王に魔力を与えて、魔王の力で、魔法を放っていたのです!
そう考えれば、色々と、しっくりくる気がします。
以前に考察したように、この世界の賛美歌には、あちらの世界のミサやレクイエムに出てくる『神様』に相当する言葉は見つかりませんでした。その理由として「あちらの世界の宗教曲では神はキリストであり、こちらの世界の神とは違うから当然」と納得していました。そして消去法的に、こちらの世界の『神様』を示す単語は『ディアボリ』だろう、という推測もしていました。
なぜ、あの時、私はもう一歩その考えを押し進めなかったのでしょう。その『ディアボリ』が、善きものではなく悪しきものであるという可能性……。それが頭に浮かんでも不思議ではなかったのに。
今度こそ私は、論理を飛躍させて、思いっきり想像します。
この世界の人々が、知らず知らずのうちに、神ではなく魔王を崇拝していたのだとしたら……。
その場合、この世界の人間に魔王は倒せないでしょう。
自分の信仰の対象に戦意を向けることなど出来るはずもないですし、宗旨替えしたところで、それまでの信仰心が足を引っ張って、躊躇してしまうはずです。
真実を知った上でなお魔王と戦える者は、信心深いこの世界の人間ではなく、別の世界から来た、信仰に疎い人間だけということになります。
つまり、私たち転生者です。
そう考えると……。
そもそも私たち転生者は、魔王を倒すためにこそ、この世界へ呼ばれたのではないでしょうか!
魔法は六系統あります。風・土・水・火・光・闇の六系統です。しかし魔王たちは『四大魔王』であり、少なくとも知られている限りでは、光の魔王とか闇の魔王とか呼ばれる存在は、いないはずです。もちろん、伝説や噂にすら出てこないだけで、実は裏ボスのような形で存在するのかもしれませんが……。
とりあえず今は、いないものと仮定しましょう。少なくとも私は、魔王ではなく、光の神様と闇の神様が――その両方あるいは片方が――存在すると信じたいのです。
そして。
そんな神様がいるのであれば、魔王の存在には心を痛めておられるに違いありません。そんな神様によって、魔王に対する刺客として、私たちは転生させられたのではないでしょうか。
ならば。
私やラビエスさんのような転生者にとっては、魔王討伐こそが使命なのです! 転生してきた意味なのです!
ああ、ついに私は、オリジナルの『パラ』と一体化したのかもしれません。
昔の私ならば、そんな「神に与えられた使命」なんて考え方は、妄想だと一笑に付すでしょう。十二病だと笑うでしょう。
でも、今、この瞬間。
私は心から、この考えを信じてしまったのです。
だから私は、声を大にして宣言しました。
「わかりました。ならば、モックさん! いいえ、風の魔王モック! あなたを倒すことは、私たちの使命です!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます