第三十五話 山麓の村にて(ラビエスの冒険記)

   

 俺――ラビエス・ラ・ブド――たちは、眠ったままのパラを運んで、テントまで戻った。今回はマールでも俺でもなく、

「私に任せてくれ」

「では、お願いするわ」

 自分がやると言い出したリッサが、パラを背負ってくれた。まあリッサは武闘家でもあるから体力はあるし、パラの親友でもあるのだから、一番適任なのだろう。

 パラを彼女の寝袋に押し込んでテントに寝かせた後、俺たちは三人で夕食。その後、俺たちもテントで就寝。

 こうして、八日目の冒険旅行は幕を閉じた。


 九日目。

 パラが昼頃まで目覚めなかったため出発は遅れたが、やはり馬車は、岩場地帯を突き進んだ。

「なるほど、そういう問題点が出てきたのですか……」

 馬車の中で、俺はパラに、彼女が倒れた後の会話――爆炎の威力は凄いが効果範囲が広すぎるという話――について、語って聞かせた。

 岩場地帯に入ってからは、マールも御者台に移った――リッサの隣に座っている――ため、キャビンの中は、俺とパラの二人きりだ。それでも、御者台に面した小窓は開けたままにしてあるので、何かあればすぐにマールたちと連絡し合えるし、逆に、内緒話などは出来ない状態となっている。

 正直、俺には「まだパラと本当の意味で『二人きり』になるのは少し怖い」という気持ちもあった。もしもパラが「実は、私は、向こうの世界からの転生者でして……」などと腹を割った話を始めようものなら、どう対処したら良いのか、わからないからだ。

「ところで、昨日の副次詠唱のことなのですが……。今までと違う点があったのは、ラビエスさんも気づきましたよね?」

「ん? 音とふしがついた、って点以外に、まだ変化があったのか?」

「いや、そのことです!」

 パラは嬉しそうに、

「私は歌うことが好きだったので、副次詠唱を歌にすることで、気分を向上させて、魔法の威力を高めたのです! だから今後、あれは『副次詠唱』ではなく『副次歌唱』と呼んでください!」

 なるほど。

 俺には理解できないこだわりだが、当の本人が言うのであれば。

 俺たちも『副次詠唱』ではなく『副次歌唱』と呼称しよう。『封印されし禁断の秘奥義』歌唱バージョンだ。


 夕方になって、再び、その『封印されし禁断の秘奥義』歌唱バージョンを試すことになった。

「魔法の威力を維持したまま、魔法の範囲を狭くする……。やってみます!」

 イメージとして、自分自身に言い聞かせる意味もあるのだろう。まずパラは、狙いを明確に言葉にしてから、副次歌唱をして魔法を放ったのだが……。

 結果は、失敗だった。

 爆炎自体は小さくなったように見えたが、岩で出来た地面がえぐれる範囲は変わらなかった。

「……余計なイメージを思い浮かべたせいで、気分が乗らなくなったようだな」

「しかも、イメージも失敗ね。攻撃力を保つイメージで、攻撃力ではなく攻撃範囲を保ったみたい」

「それでは逆ではないか! おお、我が親友パラが頑張ったというのに!」

 俺たち三人は、口々に意見を出し合う。

 当然、こうした反省会の間、すでにパラは俺たちの足元に倒れて、眠りこけていた。


 そして翌日。

 目覚めた後で、前日の反省点を俺たちから聞いたパラは、夕方になって、また『封印されし禁断の秘奥義』歌唱バージョンを試す。

「今度こそ……」

 しかし。

 ようやく効果範囲は少し狭くなったが、その威力は、ますます弱くなったようだ。一応、出現したウィスプ系モンスターを一掃するには十分だったが、とても魔王に通じる規模の爆炎には見えなかった。

「これなら……。副次歌唱じゃなくて、副次詠唱でも同じじゃないかしら?」

「俺も、そう思う。わざわざ歌う必要もないだろう」

 やはり倒れて眠っているパラを見下ろしながら、俺はマールに同意した。


 さらに翌日。

 冒険旅行の十一日目。

「パラ、今日も試すつもりか?」

「はい、そのつもりですが……。どうしましょうか? 今のままでは、これ以上は、やっても無駄でしょうかねえ?」

 馬車の中で俺が尋ねると、パラは、逆に俺に相談してきた。

「いや、パラのイメージの問題だから……。俺には、なんとも言えないぞ」

「そうですか。やっぱり余計なことは考えずに、素直に歌うのが、一番威力は出るようですが……」

「それでは、最初の問題に戻るだけだからなあ」

 そんな感じで話していたら、小窓を通して、御者台からマールの叫び声が聞こえてきた。

「見えてきたわ!」

 俺もパラも、キャビン側面の窓から身を乗り出して、急いで前方に視線を送った。

 もちろん、ガイキン山そのものは、三日前から見えている。最初は遠く小さかったガイキン山も、近づいた今では、かなり大きい。それに加えて今、山麓に小さな集落の存在を確認できるようになったのだ。

「今日は久しぶりに、まともな食事が出来そうですね」

 パラが、本当に嬉しそうな声を上げた。


 ガイキン山の麓にある村は、小さな山村だった。村の規模自体は、以前に訪れたネクス村と同じくらいだろう。村の中の通りの道幅なども、ネクス村を思い出させる広さだった。しかしネクス村よりも閑散としており、通りを出歩く村人の数自体、明らかに少ない。しかも、どことなく暗い表情をした者たちが多いようだ。

 ただし、

「思ったほど『魔』の気配は感じられないな」

 リッサが不思議そうに述べたように、俺たちが事前に想定していた「近隣の住民は、毎日『魔』の気配におびやかされている」という状況とは、少し違うような気がする。

「いや、この村の寂れた雰囲気こそ、山から来る『魔』の影響なんじゃないですか?」

 パラは、そんな解釈を口にするが……。

 ともかく。

 いくら活気のない村とはいえ、俺たちの馬車が中に入っていくと、村人が集まってきた。イスト村でも目立つ馬車なのだから、より小さな山村では、ますます場違いな外観なのだろう。好奇の目を向けられて当然だ。しかし、ある意味、好都合だった。

「すいません。ちょっと教えてもらいたいのですが……」

 宿泊できる場所を、野次馬の村人に尋ねて、俺たちは宿屋へと向かう。教えられた道を進むと、白い小洒落た建物に行き当たった。

「ここですよね?」

「ああ。上手くは言えないが……。ひっそりとした村には、似つかわしくない雰囲気だな」

 馬車を降りた俺たちが、いざ宿屋に入っていくと、

「ガイキン村へようこそ!」

 宿屋の女将さんが両手を広げて、満面の笑みで俺たちを出迎えた。


 案内された客室は、少し広めの四人部屋だった。

 左右にベッドが二つずつ並んでおり、右側の二つにリッサとパラが荷物を置いたので、俺とマールが左側の二つを使うことになった。まあ、二人ずつに別れるのであれば、これが自然な形なのだろう。

「食事は、一階の食堂でお願いします」

 女将さんが説明する。こういう宿屋にはありがちな形式だし、ネクス村の時と同じだ。

「何もないなら私は戻りますが、もし何か用事や質問があるようでしたら……」

 さらに彼女は、そう言ってくれたので、こちらとしては話がしやすくなった。

「ああ、ちょっと教えてください。ガイキン山は『魔』の山だ、と聞いて、俺たちは来たのですが……」

「なるほどねえ。お客さんたちは、魔竜退治に来た、ってわけですね」

 女将さんは、俺の質問に対して、少し意外な言葉を返してきた。

 以前に戦った『炎の精霊』フランマ・スピリトゥでさえ、手足の生えたヒト型モンスターだった。だから魔王も当然、二本の腕と二本の脚を持っており、人間によく似た姿をしているはずだと考えていたのだが……。

 いや、もしかしたらフランマ・スピリトゥ云々ではなく、俺が「魔王はヒト型」と思い込んでいた原因は、元の世界で見た漫画やアニメだったのかもしれない。それが証拠に、俺と同じ転生者であるパラが、俺たちの中で一番驚いて、思わず聞き返していた。

「魔竜……ですか? もっとこう、人間っぽい形ではなくて?」

「あら、やだ。あんな大きな翼の生えた人間が、いるもんですか。ええ、山に住み着いたのは、魔竜ですよ。大きくて黒い魔竜……。だからガイキン山は、今じゃ『大黒魔竜の山』と呼ばれています」

 女将さんの言葉に、今度はマールが、パラよりも冷静に対応する。

「私たちが聞いていたのは、あくまでも『魔』に属する存在ってだけだから、まあヒト型でも魔竜でも構わないのだけど……。とりあえず、その大黒魔竜の話を、詳しく聞かせてもらえるかしら?」

「ええ、いいですよ。お安い御用です」

 そして女将さんは、大黒魔竜について語り始めた。


 かつてガイキン山は、風光明媚な山として、観光に訪れる者も多かった。この宿屋も元々は、そうした観光客を見越して建てられたものだったらしい。

 しかし、がらりと事情が変わってしまった。一匹の竜が飛来して、ガイキン山に巣を作ってしまったからだ。

「今から一年くらい前の話です」

 女将さんのその言葉を聞いて、俺は「騙された!」と思ってしまう。いや、実際には騙されたわけではなく、勝手に俺が勘違いしていただけなのだろうが……。

 モックから「『魔』の気配が強い山について、誇大図書館で読んだ」と言われた時には、古い伝承か何かだと思ってしまったのだ。だから「魔王かもしれない!」と考えたのだが、実際には、かなり新しい話だったとは!

 ならば、少なくとも「古くからの魔王の居城」という可能性は消えてしまった。それでも、まだ「魔王は住処を転々としており、今は、ここ」という説は考えられるのだが。

「最初はねえ……。何か巨大なモンスターが、村の上空を横切った、って程度だったんですよ」

 大きくて黒い、鳥とは思えない生物。

 村人たちの最初の認識は、ただ、それだけだった。しかも、村に降り立つわけでもなく、空を『横切った』だけなので、誰も問題視していなかった。

 ところが、直後、ガイキン山に登った観光客が、山頂で魔竜を目撃した。大きくて黒い竜だ。その大黒魔竜は、腹の中に子供か卵を抱えていたようで、山頂に設置した巣の中で産み落とし、数匹の雛竜たちを育てているのだという。

「もう、みんなビックリしましてねえ。しかも、時を同じくして、村そのものにも影響が……。お客さんたちも、気づいたでしょう? 村全体の、どんよりとした空気を」

「ええ、なんとなく」

 率先して返事をするパラ。

 まあ、俺たちが期待していたほど強い『魔』の気配ではないのだが。

「そうでしょう? 今でも、まだこの有様ですが……。あの当時は、もっと酷かったんですよ」

 どうやら大黒魔竜が出産した際に、大量の魔気を吐き出したらしい。そして、それが山からくだってきたらしい。一般の村人には耐えられないほどの『魔』であり、しばらくの間、村は病人で溢れかえったという。

「もう、みんな原因不明の病で、バタバタと倒れて……。幸い、旅の白魔法士さんが治してくれたんですけどねえ」

「おお! ラビエスみたいな冒険者がいたのだな!」

 リッサの言葉に、俺は、ネクス村での経験を思い出す。

 確かに、少し似ている話だ。というよりも……。

 もしかすると、あの時の「最近、隣村で新しい病気が蔓延」という噂は、この村のことだったのではないだろうか?

 そもそも噂なんて微妙に間違って伝わるものだから、本当は「西の方の村」だったのが伝聞の途中で「西隣の村」に変わっても不思議ではない。まあ一年前の話だとしたら、ちょっと『最近』というには古すぎるが、それだって「噂が伝わるのが遅かったから」と考えれば、一応は納得できる……。

 そんなことを俺が考えている間にも、女将さんは話を続けていた。

「その白魔法士さんが、村の魔気も取り払ってくれて……。もちろん完全に取り除けたわけじゃないけど、住むには困らない程度になりました。それでもねえ……」

 女将さんは、眉間に皺を寄せて、

「この村は、観光地としてのガイキン山をアテにして、出来上がった集落です。ガイキン山が『大黒魔竜の山』になったら、もう客だって来やしない。魔竜が住みついた影響なのか、その魔気に引き寄せられたのか、山道にもモンスターが現れるようになって……。こちとら商売あがったりです」

 最後に彼女は、切実な口調で懇願した。

「こんな状況なのに、わざわざ『大黒魔竜の山』に来るくらいだから……。お客さんたち、腕に自信のある冒険者なのでしょう? お願いです。是非、あの魔竜を退治してください! それが無理なら、せめて追い払ってください!」


「なんだか……。魔王とは違う感じね」

 女将さんが立ち去った後で、最初に口を開いたのはマールだった。

「竜の姿をしているからですか?」

「姿形は、どうでもいいんだけど。魔王が撒き散らした『魔』の気配なら、旅の白魔法士が簡単に軽減できたのというのが、ちょっとおかしい気がするの」

 パラの質問に対して、マールが意見を述べる。

 なるほど、納得できる考え方だ。女将さんの話からでは、そこまで凄い冒険者――魔王の『魔』に対処できるレベルの冒険者――という印象は、俺も感じなかった。

「でも、どちらにせよ、山には行くんですよね? 新しいクエスト発生、って感じもありますし」

 またパラは、RPGゲーム的な見方をしているらしい。

 確かに考えようによっては、これは「魔竜退治イベント発生!」なのだろう。ゲームでは、お使いイベントの途中で別のお使いイベントが発生したり、その新しいイベントをクリアすることが最初のイベントのクリア条件になったりすることもあるが……。俺たちの場合、魔竜退治が魔王討伐に必須の条件になるとは、ちょっと考えにくい。

 それでも。

「まあ、正式な依頼ではないから、報酬の話もなかったが……。少なくとも、俺たちが魔竜をガイキン山から排除できたら、宿代を安くしてくれるか、あるいは無料ただにしてくれるだろう」

「ラビエス……。しみったれた話だな」

 こういう発言が出てしまうリッサは、やはり伯爵家のお姫様なのだろう。庶民の冒険者としては、旅費を浮かせる機会は、積極的に利用するべきなのに。

「だが、魔竜退治には私も賛成だぞ」

「ああ、リッサもそう思いますか!」

 どうやら、リッサとパラの二人は、この話に積極的なようだ。

 魔王討伐に一番乗り気なリッサだから、魔竜退治のような寄り道など嫌うかと思ったのに……。

「この辺りはまだ、我がラゴスバット領の範囲内のはずだからな。領民が魔竜で困っているなら、それを解決するのも、領主の娘である私の使命だと思う」

 ああ、そんなことをリッサは考えていたのか。完全に、お忍びで領地を巡る偉い人のノリじゃないか。悪代官が魔竜に置き換わっただけで、基本は時代劇で見慣れたパターンだ。

「私のわがままかもしれないが、出来ればラビエスもマールも、一緒に来てくれ。頼む」

 俺たちに頭を下げるリッサ。俺とマールは、少しだけ顔を見合わせた後、

「ええ、構わないわ。せっかく来たのだから、山には行くべきだと思うし」

「そうだな。俺たちは仲間だからな。こういう仕事は、一つのパーティーとして、四人全員で対処するべきだ」

 こうして。

 ガイキン山の大黒魔竜を退治する――あるいは追い払う――というクエストが勃発したのだった。

   

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