第三十六話 山道に出没するもの(ラビエスの冒険記)

   

 翌日。

 冒険旅行としては十二日目、曜日としては水曜日。

 俺――ラビエス・ラ・ブド――たちは、朝早くに宿屋を出て、ガイキン山に向かった。

 馬車と大荷物は宿屋に預けてきたが、一応、テントだけは持参している。ガイキン山は、何もなければ日帰り登山できる規模だが、女将さんは「山道にもモンスターが現れる」と言っていたのだ。ガイキン山そのものを大型のダンジョンだと考えて、途中休憩できるようにしておく必要があった。

 俺たちのテントは、数人用の大きめのテントだが、畳めば何とか持ち運べる、ギリギリのサイズだった。これをマールとリッサが交代で担ぐ形で、俺たちは、山を登り始めた。


 元々が観光地だったというだけあって、山道は、意外と歩きやすく整備されている。しかし、登山道の両側には木も草も生えておらず、岩肌がむき出しだ。本当に、ここが風光明媚と言われていたのだろうか。あるいは、これも魔竜が住み着いた影響で、草木が枯れてしまったのか……。

 そんなことを考えながら歩いていると、何か気配を感じる。

「……来たな」

「ええ。この感じは……。私たちが戦ったことのないモンスターだわ」

 俺と同じタイミングで、マールも気づいたらしい。背負っていたテントを足元に置き、腰から炎魔剣フレイム・デモン・ソードを引き抜いた。

 俺とマールの少し前を歩いていた二人――リッサとパラ――も、俺たちの様子に気づいて立ち止まる。

 やがて。

 ゆっくりと前方から近づくモンスターが見えてきた。同種の三匹組のようだが……。

「何だ、あれは? 初めて見るが……。あれもモンスターなのか?」

「私には、むしろ、ご馳走にしか見えませんが……」

 リッサとパラは困惑している。

 まあ、無理もないだろう。問題のモンスターは、焼き鳥とか加工済みチキンとか、そんな物体にしか見えないのだから。

「ねえ、ラビエス。あれって、図鑑で見たアレよね?」

「ああ、おそらく」

 俺とマールでさえ、この反応だ。

 オリジナルの『ラビエス』の記憶によれば、小さい頃、二人で一緒にモンスターの図鑑を見て、ゲラゲラ笑い転げたらしい。

 しかし、いざ戦うのであれば、見下みくだしてはいけない。

「リッサ! パラ! 注意しろ!」

 後ろから二人に、声をかけておく。

 このモンスターの名前は、燃焼鳥類バーンド・バード

 ゆるキャラのような外見とは裏腹に、火炎魔法を放つという強敵だ。

 一説には、焼き鳥の亡霊が具現化したものであり、自分が燃やされた恨みから、炎を吐くようになったという……。

 そんな俺の説明に続いて、

「図鑑の備考欄に書いてあった情報では、冷気が弱点だったはずよ」

 マールが、一番のポイントを伝えた。

「それなら、私の出番ですね!」

 パラが乗り気だ。ヒト型や動物型のモンスターは少し苦手な彼女だが、鳥型モンスターには、そこまで抵抗感もないのかもしれない。そもそも外見的には、こいつは焼き鳥だから、鳥型というより食べ物タイプと言うべきだろうか。そういえば、最初にパラは「ご馳走にしか見えません」と言っていたくらいだ。

「パラ、どれか一匹ではなく、三匹まとめて狙ってくれ。俺も同時に魔法を放つ。二人の重ねがけなら、三匹とも一度に行動不能にできるだろう」

「はい、ラビエスさん!」

 燃焼鳥類バーンド・バードが強敵と思われるのは、魔法攻撃をしてくるからだ。大ダメージを与えて、動けなくしてしまえば、もう雑魚敵だろう。戦士のマールや武闘家のリッサが近づいても大丈夫のはずだ。

 そう考えて……。

「イアチェラン・グラーチェス・フォルティシマム!」

「イアチェラン・グラーチェス・フォルティテル!」

 パラの超氷魔法フリグガに合わせて、俺は強氷魔法フリグダを唱えた。

 二人の魔法の冷気が重なって、巨大な氷塊となって、三匹の燃焼鳥類バーンド・バードに襲いかかる。

 焼き鳥のようだったモンスターは三匹とも、一瞬のうちに冷凍チキンのように凍りつき、砕け散った。

「これが強敵……? あっけないものだな」

 リッサが、面白くなさそうに呟いた。せっかくガイキン山での初戦闘なのに、出番がなかったからだろう。

「まあ、あくまでも『魔法で攻撃してくる』という意味での、強敵に過ぎないから」

 マールは、まるでリッサを慰めるかのような態度で、フォローの言葉を入れている。

 先ほど述べたように、どうせ最初の一撃で雑魚敵に変わると思っていたのだが……。

 どうやら燃焼鳥類バーンド・バードの防御力――冷気に対する耐久力――は、俺の想像とは比べ物にならないほど、弱かったようだ。


 その後、さらに二回、燃焼鳥類バーンド・バードが現れた。二匹セットと三匹セットだったが、どちらも俺とパラの氷魔法で倒した。ここまでは、マールやリッサの出番はなかったのだが……。

「また、来たわね。でも……」

「ああ。何か変だな」

 四度目に出現したモンスターは、少し事情が異なっていた。

 俺もマールも、モンスターの気配は察知したのだが、どうも何かがおかしい。いつもと違って、どの方角から敵が来るのか、その『気配』が漠然としていた。

「何だ? 特殊なモンスターが来るのか?」

「じゃあ、いつでも魔法が撃てるように、準備しておきますね」

 リッサとパラも、俺たち二人の緊張具合から、異変を察するほどだった。

 そして。

「上だ!」

 最初に気づいて叫んだのは、リッサだった。まだ『気配』でモンスターを探知できない分、目を凝らして全周囲を警戒していたらしい。

 言われて見上げれば、確かに、上空からの攻撃だ。大型の鳥型モンスターが二匹、その鋭いクチバシを向けて、凄い勢いで突進してくる。まずは自分の知識と照らし合わせて、モンスターの種族を特定しようと思ったが、はっきりと姿を視認するのも難しいくらい、素早い動きだ。

「みんな、けて!」

 当たり前の言葉を、大声で口にするマール。それを聞いて、俺は自分の体が止まっていることに気づく。これでは、絶好の的になってしまう。実際、二匹のうちの一匹は、俺を狙っているようにも見えた。

「……くっ!」

 俺は、慌てて回避する。かなりギリギリだった。

 モンスターは、ほんの一瞬前まで俺が立っていた場所の地面をえぐって、また空へと戻っていった。硬い岩の地面に穿たれた跡を見て、俺はゾッとする。こんな攻撃をまともに食らっていたら、大ダメージだったろう。

「ラビエス、大丈夫?」

「ああ。それより、もう一匹は?」

 心配そうなマールの声に応じながら、俺が問いかけると、

「私に向かってきた。だが、カウンターで一撃、入れてやったぞ」

 リッサの頼もしい返事が飛んできた。

 ただし、その『一撃』で倒せたわけではない。二匹とも、また空高く帰っていったのだから。

「でも、とりあえず、今の二匹は逃走したんですよね?」

 状況を確認する意味で言ったパラに対して、俺とマールが同時に、首を横に振った。

「いいえ。まだ気配があるわ」

「おそらく、一撃離脱戦法を得意とする種類のモンスターだろうな」

「大型の鳥モンスターで、この攻撃パターン……。たぶん急降下鳥ダイブ・バードね」

「ああ、俺もそう思う」

 俺とマールは、頭をフル回転させて、図鑑で読んで知識を思い出していた。

 急降下鳥ダイブ・バード

 素早い動きで、いきなり上から急降下で攻撃してくるという。姿を視認するのも難しいが、見た目は、鷲や鷹といった大型猛禽類に近いらしい。

 一撃離脱で空へ逃げていくが、逃走するわけではなく、戦闘終了まで同じ攻撃を繰り返すのが特徴だ。魔法を放つことはなく、クチバシと爪による物理攻撃のみだが、その威力が凄まじい。急降下鳥ダイブ・バードに遭遇した場合は、カウンターで攻撃を当てるか、あるいは攻撃を食らう前に魔法で対処するのが得策だ。

「降りてくる前に、俺とパラで魔法攻撃! 弱ったところを、マールとリッサで、カウンターで仕留めてくれ!」

「了解!」

「わかりました!」

 俺の指示に、リッサとパラが答えた。ほぼ同時に、マールが叫ぶ。

「来るわ!」

 悠長に見ていたら、素早く急降下するモンスター相手には間に合わない。俺は急いで、呪文を詠唱し始める。

「ヴェントス・イクト・フォルティシマム!」

 唱え終わった時には、モンスターの姿は視界に入っていた。だから狙いを外すことはなく、俺の超風魔法ヴェントガは、二匹の急降下鳥ダイブ・バードに直撃した。

 普通、空を飛ぶモンスターには、風魔法は有効だ。魔法攻撃のダメージに加えて、空中での動きを制限できるからだ。実際、急降下鳥ダイブ・バードの動きは今、少し鈍くなっていた。だが『少し』だけだった。急降下鳥ダイブ・バードは、並みの飛行モンスターとは違って、少しだけ速度を落としながらも、風を切り裂いて向かってくる。

 そこに、

「アルデント・イーニェ・フォルティシマム!」

 パラが超炎魔法カリディガで、追い討ちをかけた。二匹ともにダメージを与えたが、一応、パラとしては右側の一匹を狙っていたらしい。そちらは空中で燃やし尽くされて消滅し、もう一匹は翼を焼かれて飛行不能となり、俺たちの足元に落ちてくる。

「ラゴスバット・クロー! ラゴスバット・クロー! ラゴスバット・クロー!」

 もはや『カウンター』でも何でもなく、リッサが普通に鉤爪の連打で、とどめを刺した。


 急降下鳥ダイブ・バードとの戦いの後、少し歩くと、前方にモンスターが見えてきた。

 そう、今回は『見えてきた』なのだ。俺やマールが気配を感じるより先に、モンスターが姿を現したのだ。おそらく気配を殺すことに長けたモンスターなのだろうが、それだけではない。

「おい! あれは何だ? 鳥は鳥だが……」

「でっかいですね!」

 リッサとパラの感想が、全てを物語っていた。

 気配もわからぬくらい遠くからでも見えてしまうというほどに、巨大な怪物だったのだ!

 鳥型モンスターの中で、最大サイズを誇る存在……。そんな言葉を、俺は聞いたことがある。

 マールと顔を見合わせた。おそらく、同じ名前が頭に浮かんでいるのだろう。ひとつ頷いてタイミングを揃えてから、その名前を同時に口にする。

鉄錆吐息ラスト・ブレス!」

 二人の声がハモった。

 鳥類で最大というだけでなく、防御力も高いモンスターだ。

 その名の由来は、金属製の武器や鎧を錆び付かせるブレスを吐くということ。

 だから原則として、接近戦は厳禁だ。ブレスの範囲外から攻撃するのが基本となる。

「ラビエス、今『原則として』と言ったな?」

 俺の説明に、リッサが食いついてきた。

「一応、書物に記されていた対処法は……」

 マールと二人で、さらに解説する。

 厄介なのは、ブレスだ。だからブレス攻撃が来たら、タイミングを合わせて風魔法でブレスそのものを押し返すことが推奨されていた。あるいは、ブレスを吐く前に一撃で倒す。ただし先ほど述べたように、防御力が高いという特性もあるため、その『一撃』には、相当の攻撃力を必要とするが……。

「なるほど。では、私のような連打系には、向かないモンスターか……」

 そう。

 鉄錆吐息ラスト・ブレスは、リッサのように一撃の重さよりも手数の多さで勝負する武闘家では、どうしようもないモンスターだ。

 そこまで説明せずとも理解してくれたならば、ここは大人しく、俺やパラのような魔法士に任せてもらおう……。

 しかしリッサは、俺の思惑を裏切って、

「閃いたぞ!」

 大きな声を上げてから、鉄錆吐息ラスト・ブレスに向かって走り出した。

「リッサ! 危ないですよ!」

 パラが声をかけているが、駆け出したリッサは止まらない。

 低空飛行で向かってくる鉄錆吐息ラスト・ブレスを、真っ向から迎え撃とうとするリッサ。

「パラ、魔法で援護しよう」

「はい!」

 鉄錆吐息ラスト・ブレスは巨体なので、リッサを巻き込まずに、鉄錆吐息ラスト・ブレスだけを魔法で攻撃することも可能なはずだ。ただし、あまり『リッサを巻き込まずに』ということばかり気にかけると、大技は使えない。それでは、防御力の高い鉄錆吐息ラスト・ブレスには、大したダメージは与えられないだろう。

 だから俺は、本当に危なくなったら――鉄錆吐息ラスト・ブレスがリッサに向かってブレスを吐こうとしたら――、リッサを巻き込んでも構わないから超風魔法ヴェントガを打ち込もうと考えていた。

 ところが。

 リッサはリッサで、ちゃんと『危なくなる』ことがないように、戦法を考えた上で立ち向かったらしい。

「ラゴスバット・クロー! ラゴスバット・クロー! ラゴスバット・クロー!」

 リッサは素早く鉄錆吐息ラスト・ブレスの真下に潜り込んで、下からクチバシに連打を叩き込んでいた。鉄錆吐息ラスト・ブレスの口を開けさせない作戦だ。

 なるほど、クチバシに真下から力を加えられて、それを閉じたままの状態では、さすがの鉄錆吐息ラスト・ブレスも自慢のブレス攻撃を封じられてしまう。そもそも、自分の真下に向かってブレスを吐くのは難しいだろう。

「上手く考えたものだわ。そういう戦い方もあるとはねえ」

 感心したように呟くマール。背負っていたテントを置いてから、マールも走り出し……。

「えいっ!」

 鉄錆吐息ラスト・ブレスの胴体部分に、炎魔剣フレイム・デモン・ソードを振り下ろした。鉄錆吐息ラスト・ブレスは、リッサの連打を食らってバタバタしていたので、マールの斬撃をまともに受けてしまう。

 数を重ねることで、リッサの打撃が意外とダメージを与えていたのか。あるいは、いくら鉄錆吐息ラスト・ブレスの防御力が高いとはいえ、炎魔剣フレイム・デモン・ソードに耐えられるほどではなかったのか。

 マールの一振りだけで、あっさりと鉄錆吐息ラスト・ブレスは絶命した。


 その後。

 鉄錆吐息ラスト・ブレスは、二度と現れなかった。

 出てくるモンスターは、ほとんどが燃焼鳥類バーンド・バードの集団で、残りが急降下鳥ダイブ・バードだった。二種類が同時に出現することはなく、必ず、どちらか一方だ。

 二度目の急降下鳥ダイブ・バード戦からは、最初の魔法攻撃の組に、俺とパラだけでなくマールも加わった。マールの場合、厳密には魔法ではないが、炎魔剣フレイム・デモン・ソードから斬撃と炎を飛ばすことで、魔法同様の遠距離攻撃が可能だ。急降下鳥ダイブ・バードの一撃離脱戦法は危険なので、空中にいる間に少しでも多くのダメージを与えたいと考えたのだった。

 基本的には、最初の急降下鳥ダイブ・バード戦と同じで、まずは俺の風魔法。続いて、パラの炎魔法と、マールの炎魔剣フレイム・デモン・ソードによる攻撃。この段階で、やはり一匹は消滅し、残り一匹は手傷を負って落ちてくる。もう『降りてくる』ではなく『落ちてくる』だ。そしてリッサがとどめを刺す。

 急降下鳥ダイブ・バードに対するルーチンが、完全に出来上がったのだった。


 こんな感じで、俺たちは危なげなく山を登っていったが……。

 俺もパラも、魔法の出し惜しみをしている余裕はなかった。俺の超風魔法ヴェントガとかパラの超氷魔法フリグガとか、第三レベルの魔法をバンバン使っているのが、少し心配だった。

 特に、最後に頂上で大黒魔竜と戦うことを考えれば……。

 どこか途中で、テントを張って一眠りして、魔力を回復する必要があるかもしれない。

 しかし、俺がそんなことを考えたところで、

「見えてきたぞ!」

 先頭を歩くリッサが叫ぶ。

 テント設営の場所も見当たらないまま、もう、すぐそこが山頂だった。

   

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