第三十四話 魔剣の能力と爆炎の威力・後編(ラビエス、パラの冒険記)

   

 冒険旅行、二日目の夜。

 俺――ラビエス・ラ・ブド――は、一日目の夜には凄く緊張したものだったが、二日目ともなると、かなり緊張も弱まっていた。これが『慣れ』なのか、あるいは、一度だけとはいえ戦闘をこなしたので心地よい疲れもあったのか。もちろん、まだ緊張ゼロではなかったが、少なくとも普通に眠りにつくことが出来た。


 結局、夕方の戦闘は、その後も日課となった。

 三日目も四日目も、相手はランスゴブリンの集団だった。もちろん、苦戦することなく撃破。

 五日目は、緑ウィスプが出現した。イスト村のダンジョンで、何度も見ているモンスターだ。一応、緑ウィスプは青ウィスプの上位互換であり、イスト村のダンジョンなら強敵の部類に入るかもしれないが、

「はっ!」

 マールが炎魔剣フレイム・デモン・ソードから斬撃と炎を飛ばしただけで、緑ウィスプは逃げ出してしまった。

「なんだ、あっけない……」

「仕方ないですよ、リッサ。それだけ私たちが強くなった証ですから」

「前にもあったわね、こんなこと」

 パラとマールの説明によると、『ヒルデ山の洞窟』でも、一撃を食らわせただけでモンスターが逃げ出したのだという。

 なるほど、いつのまにか俺たちは、かなりレベルアップしていたらしい。


 六日目と七日目の敵は、普通のゴブリンだった。ランスゴブリンとも戦った後では、とても雑魚敵に思えてしまうモンスターだ。

 ウィスプとは違って、一撃で逃げるほどではなかったが……。

 六日目のゴブリンたちは、五匹で出てきて、三匹が倒された時点で残り二匹は逃走。

 七日目は六匹だったが、やはり三匹が倒されると残りは逃走。

 どうやら、弱小モンスターに恐れられる程度まで俺たちが強くなったのは、間違いない事実のようだ。


 そして今日は八日目。

 出発した日と同じ、土曜日になった。冒険旅行中、曜日感覚は薄くなるので、しっかり自分で覚えておくことが大切になる。

 ここまで馬車は、ひたすら西へ向かって進んできた。途中、街道には何度か南への分岐もあったのだが、当然のように全て無視してきた。

 その甲斐あって、昼食後。午後の旅を始めてすぐに、リッサの叫び声が聞こえた。

「見えてきたぞ!」

 キャビンの中の俺たちにまで聞こえるくらいの大声だ。

 一瞬「目的の山が?」と思ったが、そうではなかった。窓から顔を出すと、かろうじて視界に入るくらいの距離に、岩場地帯の存在が確認できた。

 それでも。

「いよいよ、ここまで来たのね。目指すガイキン山は、もうすぐだわ」

 マールの言う通り、かなり目的地に近づいたことは、確実だった。


 夕方になる前に、馬車は岩場地帯に突入した。ここから先は、街道が敷設されていない。

 冒険者組合で地図を確認した時は、ここまで来れば山が見えるだろうと思ったから「岩場地帯に入って街道がなくなったら山に向かって進む」という方針だったが、それは没案になった。

「とりあえず、山が見えるまでは、真西に進みましょう」

 マールが御者台に移り、リッサの隣で、方位磁針コンパスを確認することになった。

 さいわい、少し進むだけで、前方にガイキン山が見えてきた。ちょうどそこで、リッサは馬車を止める。

「今日は、ここまでにしよう」

 そして、いつも通りのテント設営。地面が硬いので、今までより力を入れないとペグが刺さらないが、違いはそれだけだった。

 テントを組み立てながら、マールが呟く。

「それにしても……。ガイキン山が、真西でよかったわ。わかりやすい方角でないと、帰りに困っちゃう」

「帰り……ですか?」

「そう。往路は、とにかく山を見ながら進めばいいけど、帰りは、そうもいかない。山は後ろだから、前方には目印となるものはないでしょう? でも少しでも帰り道の方位がずれたら、岩場地帯を抜けたところで、うまく街道に出られないかもしれない」

「ああ、そういえば……」

 なるほど。

 パラだけでなく、俺も、そこまで考えていなかった。以前にチラッと思ったように、やはりマールは、俺が感じている以上に色々と考えている女なのかもしれない。

「私は、馬を操るだけで精一杯だからな。方向指示ナビに関する話は、三人に任せたぞ」

「リッサ、本当ですか? もう後ろ向いたり、話したりする余裕もあるくらい、御者役も身についているのに……」

 パラは、リッサが『馬を操るだけで精一杯』という言葉に甘えている、と指摘したいらしい。ただし本気ではなく冗談のようで、パラは笑っている。

「まあ、これ以上リッサの負担を増やす必要はないわね。方向指示ナビは私たちに任せて、リッサは御者に専念してちょうだい。そもそも、これは帰りのことだから、まだまだ先の話ね」

 マールが、リッサの肩を持って、話をまとめた。


 テント設営の後、俺たちは、西へ向かって歩き始めた。方角の目印となるガイキン山はあるが、一応、マールが方位磁針コンパスを手にしている。

 テントと馬車から離れるのは、もはや日課となった戦闘のためだが、岩場地帯に入ったので、今日はパラの『封印されし禁断の秘奥義』を試すという意味もある。

「パラ、具体的には何をするつもりだ?」

「それは見てのお楽しみですよ、リッサ」

 最初の戦闘以来、野外フィールドでは、特に前衛後衛を考えなくなった。それでも、今日も自然と、リッサとパラの二人が前を歩き、俺とマールが二人並んで後ろから追う形になっている。

 しばらく進んだところで、俺はモンスターの気配を遠くに感じた。マールも同様らしい。二人同時に、左を向く。

「来たわね」

「ああ」

 マールと俺の声は、前を歩く二人にも聞こえたようだ。

「モンスターですか?」

「そうよ。おそらくウィスプ系ね」

 振り向いたパラの言葉に、マールが簡潔に答えた。

 俺とマールが視線を向ける先には、南側の台地があった。丘というほどではないが、少しだけ岩場が盛り上がっている一帯。ちょうどその辺りに、何か浮かんでいるのが見えてきた。

「一つ、二つ……。ああ、全部で七匹。結構いますね」

「今日はパラの魔法を試すのだろう? 何匹だろうと、一掃してしまえ」

 パラとリッサがモンスターの数を確認している間に、俺とマールは、その種族について言葉を交わす。

「遠いから紛らわしいが……。青ウィスプ、いや緑ウィスプかな? でも二匹ほど、明らかに色違いが混じっているな」

「ええ。あれって黒ウィスプじゃないかしら? 見るのは初めてね」

 俺もマールも、知識としては理解している。黒ウィスプは、ウィスプ系モンスターの最上位クラス。他のウィスプ系と同じく、物理攻撃ではダメージをあまり受けない。それに加えて、魔法攻撃にも少し耐性があるため、強力な魔法を連続で叩き込まないと倒せないという。

「でも、ちょうどいいんじゃないか? パラの魔法の威力を試す相手としては」

「そうね」

 マールが頷いたのを見て、俺はパラに呼びかける。

「さあ、パラ! 出番だぞ!」


――――――――――――


「はい!」

 私――パラ・ミクソ――は元気よく、ラビエスさんに答えました。

 さあ、いよいよです。

 私の『封印されし禁断の秘奥義』を、さらにパワーアップするための、ちょっとしたアイデア。それを実践する機会が訪れたのです。

 相手がゴブリンのようなヒト型ではなく、ウィスプ系だというのも、好都合です。これならば、何の躊躇もなく、全力全開でいけるはずです。

「初めて試すので、どれだけ効果があるか、自分でもわからないのですが……」

 これだけお膳立てしてもらって、上手く出来なかったら恥ずかしいので、言い訳じみた言葉が口から出てしまいました。

「気にしなくていい。実験というものは、失敗がつきものだからな」

 優しい言葉をかけてくれたラビエスさんに続いて、

「パラなら、きっと大丈夫だ! 自信を持て!」

「そうよ。気負っちゃダメよ」

 リッサとマールさんも、そう言って励ましてくれます。

「ありがとうございます」

 礼を述べてから、私は一つ、深呼吸しました。

 これで、気持ちが落ち着きました。

 まだ遠くにいるモンスターを見据えて……。

 私は副次詠唱を始めました。


「おお神よ 炎の神よ

 すべてを燃やす 業火の神よ

 我はなんじに すべてを捧ぐ

 我が命 魔力に変えて

 我が魔力 炎に変えて

 眼下の敵を 燃やし尽くせ

 唯一無二の 神の爆炎」


https://img1.mitemin.net/9k/qj/2yrc6co02jv2e8mleul4hqbgsx6_4iy_vy_le_37al.jpg


 言葉そのものは同じですが、今までとは違って、今回は『音』がついています。

 そうです。

 私は、副次詠唱を単なる『詠唱』ではなく『歌』にしたのです。

 もう『副次詠唱』とは別物であり、これは『副次歌唱』とでも呼ぶべきものでしょう。


 もともと副次詠唱は――特に私の場合は――、自分自身の気分を向上させるためのものでした。魔法はイメージに左右される部分もあるので、魔法士の気持ち次第で効力も変わる、という理屈です。今までは、副次詠唱の呪文語句が、私の中の十二病的な琴線に触れて、魔法の威力を高めてくれていたのです。

 しかし、考えてみれば、私の十二病的な感覚センスは、あくまでも元々の『パラ』の影響によるものです。借り物に過ぎないのです。ならば、本当の私の気分を高めてくれるものは別にあるはず……。

 そう思った時に行き着いたものが『歌』でした。あちらの世界では、人付き合いが苦手だったにもかかわらず、合唱部に属していた私です。さらに、高校の合唱部が自分に合わないと判断して、学外の市民合唱団にも入っていた私です。それくらい歌うことが好きだったのですから……。私の場合、歌うことが一番のはずです!

 もちろん、あちらの世界では「歌う」だけであって、作曲なんて経験はありません。今、私が副次詠唱につけた曲も、和音とか転調とか、作曲の作法みたいなものにはのっとっていないでしょう。

 でも、それでも構わないのです。これは、あくまでも『自分自身の気分を向上させるため』なのですから。

 そして。

 副次歌唱の効果で、明らかに、私は高揚してきました。

 かつてないレベルです。

 これならば、自分史上最大の魔法を放つことが出来そうです。

 そんな気分を極大の火炎のイメージに乗せて、私は、超炎魔法カリディガを唱えました。

「アルデント・イーニェ・フォルティシマム!」


――――――――――――


「おお!」

 俺――ラビエス・ラ・ブド――の口から、思わず感嘆の声が飛び出した。

 あれは歌だったのだろうか。それとも、民謡とか詩吟とか、そんな感じのものだったのだろうか。音感などない俺には、聞き慣れた『歌』とは異なる種類の音楽に聞こえたが、とにかく明らかに音とふしをつけた副次詠唱だった。そして、それに続いて放たれた爆炎は、恐るべき威力を発揮した。

「これは……。『炎の精霊』を滅ぼした時とは、明らかに違う魔法のような……」

「リッサは二度目でしょうけど、私たちは三度目だから、断言できるわ。魔法そのものは、同じ魔法よ。ただし、その破壊力は段違いね。リッサが『違う魔法』と思うのも、無理ないわ」

 リッサとマールが意見を述べているが、まさにその通りだ。

 標的ターゲットとなった、黒ウィスプを含むモンスター集団。それらは当然のように、一瞬で消滅していた。

 だが、パラの爆炎が与えたダメージは、モンスターだけに留まらなかった。その周囲一帯、台地状に盛り上がっていた辺り全てが、爆炎によって吹き飛んでいたのだ。先ほどまで隆起していた部分が、今や逆にえぐれて、クレーター状に陥没している。

「凄いじゃないか! これならば、魔王に対しても効くぞ!」

 今まで少し呆気にとられていた感じのリッサが、我に返って、今度は興奮気味だ。しかし……。

「確かに、これなら魔王でも無傷では済まないでしょうけど……。使いどころを間違えると、私たちまで巻き込まれそうだわ」

 そう。

 俺の頭に浮かんだ問題点を、俺よりも早くマールが指摘してくれた。

 今回は、野外のフィールドで、まだモンスターも遠くに離れていたから問題なかった。なにしろ「青ウィスプかな? 緑ウィスプかな? 黒ウィスプもいるみたいだな?」なんて言っていたくらいの距離だったのだ。だから、その周囲一帯が魔法でごっそり消滅しても、俺たちに被害はなかった。

 だが前回の『炎の精霊』とか、これから先の魔王たちとか、ボス・モンスターと戦う場合は、明らかに状況が異なる。戦士のマールや武闘家のリッサなどが近接攻撃で挑めるくらいの、それくらいの近さとなるはずだ。もちろんパラが魔法を放つ瞬間は、前衛も後衛の位置まで引いて、いくらか敵と距離を取るだろうが、それでも、ある程度の範囲内だ。今回ほど離れた距離ではない。それほど離れるのは、それこそ戦闘ではなく逃走の場合だけだろう。

 つまり。

「このままでは、魔王相手には使えそうもない。敵にダメージを与えるどころか、俺たちの方が巻き添えで消滅してしまう」

「そうね。攻撃力が上がったのはいいけど、攻撃範囲も広くなり過ぎたから……」

 俺とマールがまとめたのを聞いて、リッサも理解したらしい。彼女は、しみじみと呟いた。

「なるほど。今度は、この威力を維持したまま、それを一点に集中するすべを考えないといけないのか……」

 そう。

 この攻撃力を『一点に集中』できるなら、それが理想だ。それこそ切り札にもなり得る。だが、何事も、理想を実現するのは難しい……。

 おそらく、マールやリッサも、似たようなことを考えたのだろう。まるで示し合わせたかのように、俺たちは三人揃って、パラに目を向けた。

 俺たちの視線の先で……。

 一瞬で魔力を使い果たしたパラは、その場に倒れたまま、固い岩の大地をベッドにして熟睡していた。

   

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