第三十三話 魔剣の能力と爆炎の威力・中編(ラビエスの冒険記)
「迎え撃つぞ!」
俺――ラビエス・ラ・ブド――は、確実に仲間たちに伝わるように、大声で宣言した。
「おう!」
早速リッサが、腰の鉤爪を装着して、
「待って、リッサ」
マールが、それを冷静に止めてくれた。
そう、
だから近接攻撃よりも、魔法のような遠距離攻撃から始めるのが良策な気がする。もちろん戦士や武闘家だって、モンスターの攻撃を避けながら戦えば済む話だが、それだって、あらかじめ魔法でダメージを与えておいた方が、回避しやすくなるだろう。
おそらくマールも同意見のはず。だから彼女はリッサを制止したのだ。俺は、そう思ったのだが、
「まずは、私にやらせて」
「おい、マール?」
マールの言葉を聞いて、俺は驚いて、思わず叫んでしまった。そんな俺の袖を、パラがくいくいっと引っ張る。こんな時に何を、と思いながら振り向くと、わずかにパラは微笑んでいた。
「まあ、見ていてください。ここは、マールさんを信じて」
それに対して俺が応えるより早く、マールが、腰の剣を引き抜いていた。いつもの
「ああ、そういうことか……」
俺は、なんとなく理解した。
これから起こる出来事を予想しながら、マールが手にした
一方、今は、
「……ふんっ!」
気合を入れて、マールが、ぎゅっと剣を握り直した瞬間。
「おお! 凄いな!」
「でしょう? でも、驚くのは、これからですよ」
リッサに対して、パラが説明している。彼女は、一度『ヒルデ山の洞窟』のダンジョンで見ているのだろう。ただし、こういう場合、先に解説されてしまうと、少し興ざめなのだが。
「はっ!」
マールが気合を入れて剣を振るうと、その切っ先から、斬撃と炎が飛び出した。かつて俺たちも体験した、あの遠距離攻撃だ。
その攻撃は、三匹のうち、真ん中の
一匹が大きく傷ついたのを見て、残りの二匹は、一瞬だけ躊躇したものの、構わず俺たちに向かってきた。
「今のうちに!」
叫んで駆け出したマールに続いて、
「では、私は右側を!」
パラが宣言する。ヒト型モンスターと戦うのは抵抗あるはずだが、少しは苦手意識も減ってきたのかもしれない。あの『炎の精霊』の洞窟でも、ブラッドバットが多かったとはいえ、時々ゴブリンも出てきたわけだから。
とりあえず、彼女たちの意図を理解して、俺は左の一匹を狙って呪文を唱える。
「ヴェントス・イクト・フォルティシマム!」
同時に、パラの呪文詠唱も聞こえてきた。
「イアチェラン・グラーチェス・フォルティシマム!」
パラが得意の炎魔法ではなく氷魔法を選択したのは、ヒト型モンスターを燃やしたくない――肉の焦げる匂いが嫌――という配慮なのだろうか。
ともかく。
俺の超風魔法ヴェントガと彼女の超氷魔法フリグガが、それぞれ
これで二匹にダメージを与えつつ、足止めすることになる。その間に、リッサも走り出していた。
そして、先にモンスターの位置まで達したマールが、
「えいっ! えいっ!」
魔法で傷ついた二匹を、それぞれ一刀のもとに斬り捨てる。
こうして見ると、剣の切れ味自体、今までの
続いて、マールより少しだけ遅れてモンスターと対峙したリッサが、最後の一匹に鉤爪の連打を叩き込む。
「ラゴスバット・クロー! ラゴスバット・クロー! ラゴスバット・クロー!」
これで、その
ちゃんと『武器を使えなくなった』一匹をリッサに残したのが、マールの配慮なのだろう。
こうして。
初めて出くわした
「では、戻ろうか」
「……そうだな」
少し物足りないという態度ではあったが、リッサは、俺の言葉に従ってくれた。
リッサとしては、まだまだ戦いたいらしい。それでも『変に欲張らず一回の戦闘で終わりにする』という、昨日の打ち合わせは守ってくれるのだから、地方領主の姫様というより、もう立派な冒険者仲間だ。
俺は、少しリッサを元気づけようと思って、ちょっとした考えを口にする。
「モンスターの出現はランダムだろうからな。馬車から十分離れたら、直ちに襲ってくる、というわけでもあるまい」
「……ん? ラビエスは、何を言いたいのだ?」
まだまだ説明不足でリッサには通じなかったが、これだけでマールにはピンと来たらしい。
「そうね。今この場所が、そのギリギリの距離とは限らない。既に『馬車から十分離れて、モンスターが冒険者を襲える領域』に入ってから、かなり歩いた……。そんな可能性もあるわね」
「そうですよ!」
マールの補足で、パラも理解したようだ。
「ここから馬車まで戻る間に、もう一度くらい、モンスターが出てくる可能性はあるんですよね?」
「そういうことだ。だから、しっかり体力も魔力も残した状態で、馬車やテントのところまで戻る必要がある。うっかり空っぽの状態でモンスターと遭遇したら、大変だからな」
それこそ、元の世界のRPGゲームならば、よくある話だ。安全な村や町まであと一歩のところで強いモンスターと出会って全滅する……。それでもゲームならセーブした場所からやり直せるが、現実の冒険では、そうもいかない。
さすがにゲーム云々は口に出来ないが、俺の説明でリッサにも伝わったようで、
「なるほど! では、帰り道も十分警戒するべきだな!」
周囲を見回しながら、東へ向かって歩き始めた。
口ではリッサに対して、ああ言ったものの……。
俺は実際、テントまで戻る間に再び戦闘があるなどとは考えていなかった。それこそ、モンスターとの遭遇はランダムだ。偶然の出会いが、そうそう頻繁に発生するとは思えないからだ。
だから、比較的気楽に、俺は歩いていた。そして、先ほどの戦闘に関して、マールに質問する。
「なあ、マール。ひとつ教えてくれ」
「何かしら?」
「あの
「ああ、あれね」
マールは、いったんパラの方を向いて、二人で微笑みを交わす。それから俺に対して、
「パラが言ってくれたのよ。魔力を込めるんじゃないですか、って」
「ああ、なるほど」
マールとしては、パラの魔法士ゆえの発想だと思っているだろうが、俺は違うと感じてしまう。
魔法士だからというより、転生者だからこそ、パラは思いついたのだろう。武器に魔力を込めるというのは、いかにも元の世界の漫画やアニメにありそうな考え方だ。それが実際に、思った通りになったということは……。このファンタジー世界は、そういう部分では『漫画やアニメ』に近い、ということなのかもしれない。
そして。
今の話を聞いて、俺の中で、研究者特有の好奇心がムクムクと頭をもたげる。
「その剣、ちょっと貸してくれないか」
「いいけど……。何をするつもり?」
少し心配そうに、マールは
まず、鞘から抜いたばかりでは、
それを確認した上で、
「はっ!」
気合と共に、魔力を込める。
しかも。
「あら……」
マールが思わず呟いたように、彼女が使った時よりも明らかに強く光っている。
「そりゃあ、私は戦士ですからね。こういうことに関しては、魔法士のラビエスの方が、私より上なのも当然かしら」
悔しがっているような言葉だが、口調や表情から判断すると、それほど気にしていない様子。
それよりも、
「では、次は私が!」
パラが飛びついてきた。
そうそう。
こういうことは、複数で検証してこそ面白いのだ。
俺から
「……こうですかね?」
自信なさげに、魔力を注入する。
だが、彼女の態度とは裏腹に、
「これって……」
マールが、いかにも
「……ラビエスよりパラの方が、上手に魔力を込めたってことかしら。あるいは、持っている魔力自体が多いのかしら」
いや、素直に考えたらそうなるのだろうが……。
研究者的には、別の可能性も検討したくなる。
「待て待て。俺とパラとで、魔力の重ねがけになった、という可能性もあるぞ」
「あら、負け惜しみ言っちゃって。ラビエスったら、可愛いわね」
「いや、負け惜しみじゃなくてさ。きちんと検証したいだけだ」
嘘ではない。これが研究者魂だ。
「ならば、試してみましょう」
言いながら、早速パラが、いったん鞘に収めてから――いったん魔力を消してから――、あらためて
「やっぱりラビエスの時より、赤く見えるけど……?」
「わかった。重ねがけ説は撤回する」
俺が納得すると、
「私も試してみよう」
リッサも検証実験に参加してきた。パラと同じように、鞘から
「あら!」
「凄い!」
マールとパラが、同時に声を上げた。それくらい、一目瞭然だった。
リッサが手にすると、
「私が一番だな!」
素直に喜ぶリッサに対して、つい俺は言ってしまった。
「そうだろうな。リッサには『魔力の指輪』もあるからな」
リッサの右手に装備された指輪は、魔力増幅アイテムでもある『魔力の指輪』。それを考慮するべき、と純粋に――研究者的視点から――指摘したつもりだったのだが。
「あらあら、また負け惜しみを……」
マールが、面白そうに笑う。
「では、また『検証』します? リッサの指輪を外してから、もう一度、試してみますか?」
「いやいや。それは、やめておこう」
パラの提案を、俺は即座に否定した。
「『魔力の指輪』は、リッサから外さない方がいいと思う」
「そうだな。これは大切な指輪だからな」
リッサは、自分の右手を見つめながら、俺に同意するが……。
俺が言ったのは、そういう意味ではない。
リッサは、防御魔法と転移魔法を使える白魔法士だ。『炎の精霊』フランマ・スピリトゥと戦った時も、その二つの魔法のおかげで、俺たちは助かったようなものだ。つまり、リッサの魔法こそ、俺たちのパーティーが強敵と遭遇した時の
それを考えると、リッサの魔力は、多いに越したことはない。『魔力の指輪』で誰か一人の魔力を増幅できるなら、当然、リッサということになる。
「まあ、指輪のことより、今は
「私ではなく、ラビエスたちが使った方がいい、ということかしら?」
マールは、俺の言いたいことを先取りしたつもりかもしれない。いつもは『俺の言いたいこと』を先にわかってしまうマールだが、珍しく今回は外れていた。
「いや、それも違うと思う」
否定してから、俺は説明する。
「いったん魔力を込めてしまえば、鞘に入れるまで効果が続くのだろう? それこそ炎の球を飛ばしても、それで魔力が消費されて消えるわけでもなく、剣の輝きは残っていたからな」
その点は、先ほどの戦闘で確認済みだ。
「そうね。途中で魔力を入れ直したわけじゃないのに」
「ならば、使い始める時に、魔法士の誰かが魔力を込めて、それを戦士であるマールが使う……。これが最善手じゃないかな?」
少なくとも、剣術そのものは、マールが一番のはず。これまで戦士として、剣を振るい続けてきたのだから。そこは今さら説明するまでもないだろう。
「つまり、私が魔力を込めるのが一番良いのだろうか?」
先ほどの検証の結果を踏まえて、そうリッサは考えたのだろう。
だが、これに対しても、俺は首を横に振る。それだけで、魔法士のパラには意図が伝わったらしい。
「魔力チャージ係は、私かラビエスさんで十分でしょう。リッサの魔力は、防御魔法や転移魔法のために、残しておいてください」
「そうそう。それを言いたかった」
もしかするとパラは、同じ魔法士だから、というだけでなく、同じ転生者だからこそ、俺の考えを見抜いたのかもしれない。そうであるならば、やはり武器の魔力チャージという考え方自体、元の世界のゲームや漫画の影響なのだろう。
「そういうことなら……」
話をまとめるマール。
彼女は、俺の腕に抱きつきながら、
「なるべく私は、ラビエスの近くを離れないようにして、ラビエスを魔力チャージ役にするのが良さそうね。パラでもリッサでもなく」
「……ん?」
少し戸惑う俺に対して、
「だって、リッサだけでなく、パラにも『封印されし禁断の秘奥義』という切り札があるでしょう? 魔力の無駄遣いは避けるべきよ。……その点あなたには、あなたにしか出来ない魔法なんて、ないわけだから」
あれ? 魔法士としては、俺が一番の役立たず扱いなのか?
「そんなことはないぞ。治療に関しては、ラビエスの白魔法は天下一品だ」
リッサがフォローしてくれたが、
「ええ、『治療師』としてはね」
一言、加えるマール。
話はそれで終わりとなったが……。
マールの口調は「でも『冒険者』としては、ごくごく平凡」と続けているようにも聞こえた。
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